第12話 水橋⑶
ふぅー……
私は深く大きく息を吐く。これから本番だけど、ここに来るまでに、誰にも見られぬようにって意識してきたから疲れてる。最近起きてるゴミ箱連続爆破事件のせいで、警察の人が見回りしてたりするから、変に外出してると補導されかねない。
でも……腕時計で時間を確認する。8時30分だから、まだ時間的には大丈夫だろうけど、目をつけられるのは避けたい。
何かしらの成果は挙げて帰りたい。だって、とりあえず両親には「塾の体験授業に行きたいんだけど」と嘘をついて来たんだから。その上、「お前の口からそんな言葉が……」とお父さんに驚かれて、「真剣に考えてくれるようになったのね」とお母さんに泣かれちゃった。今まで見たことない光景に、凄く複雑な気持ちになったけど、それを踏みにじってでも私には盗撮犯を捕まえるっていう大事な使命が、誰に頼まれたわけじゃないけど、恩田先生には変ことするなって言われたけど、ある。それに受験はまだ1年あるから大丈夫!
とりあえず、今目の前のことに集中しよう。虚空を見てた顔を改めて正面に向ける。当然だけど、門は閉められている。しかも、内側からしか開かないように施錠されている。
私は学校内にある僅かな街灯を頼りに中を確認する。
左手には奥に長く伸びてる校舎があり、手前にはボロい屋根のある駐輪場が。右手前には最近新しくした体育館がある。右手奥側は広々とした校庭があり、そこまでには大きな木やら色とりどりの花やら先生たちが乗ってきた車を止める駐車場やらがある。ただ辺りが暗いだけで、いつもの光景。
大丈夫……かな。
とりあえず人がいないことを確認して、私は軽く跳ねて校門に手をかける。その瞬間、普段感じない緊張感が全身を包み、一瞬ためらう。それを顔を振って払って、そのまま一気に体を押し上げる。制服と違ってスカートじゃなく、何より動きやすい服だったから、楽々と持ち上げられた。またぐようにして体を中に入れ、飛び降りる。
ドスッ
着地した時に、靴がコンクリートと擦れる音が立つ。膝を曲げたまま、思わず硬直。恐る恐る辺りを見てみる。とりあえず大丈夫みたい。とは言っても校門から地面までそこまで高さはないはずだけど……
ふと恐ろしい疑念が頭をよぎった。もしかして私、太った?
自分のお腹辺りを見る。見た目は変わりない。あんなに運動してるのに……っていやいや、今そんなこと考えてる暇じゃない。早くしないと。見つかったら大変——
「やっぱりね」
ギクッ
恐る恐る顔を上げる。
「ど、どうもー」
立ち上がりながら私は、腕を組んで直立してる恩田先生に挨拶する。
終わったぁー……
「まあ来るんじゃないかなーとは思ってたけど」
「な、なんでそう思ったんですか?」
「だって、あの話をしてる時の水橋さんさ、『捕まえてやる!』みたいな怖ーい表情してたもん」
潜入前に終わってたぁー……
「すいませんでした……」私は頭を下げて謝る。
「でも嫌いじゃないよ、そういうの」
「えっ?」怒られるとばかり思っていた私は素っ頓狂な返事をしてしまう。
「私の言うことは必ず守ること。約束できる?」
「い、いいんですか?」
「約束してくれるなら、ね」
「はいっ!」もちろんです、のニュアンスを含んで返事をする。自分の顔が自然と明るくなっていくのを感じた。
「じゃ、ついて来て」
先生は踵を返し、学校の敷地奥へと歩いていく。私はその後を、コバンザメ顔負けぐらいにそばに近づく。だって、これ以上心強い味方はいないもん。最悪見つかっても怒られるのは軽くで済む。目には目を、歯には歯を、先生には先生を、だね。
「ちなみになんだけど、学校の正門はさっきみたいに飛び越えれば入れるじゃない?」
「まあ……そうですね、はい」
見られてたんだ……恥ずかし——ていうか普通に聞かれたからなんの疑いもなく普通に答えちゃったけど、これってなかなかにマズい会話だよね。生徒とはいえ、不法侵入だからね、これ。
「てことは誰でも中に入れるのねー」先生は確認が取れたかのように頷く。
誰でも、か……
「で、水橋さんはこの先はどうしようと思ってたの?」
「先?」
「どう校舎に入ろうと思ってたの?」
あぁ……
「いつも使ってる学生玄関から入ろうかと。先生用の玄関からだと帰ろうとしてた先生と鉢合わせる可能性があるので」
「でも、学生玄関って鍵閉められてるわよ?」すぐさまリターンが来て、私は思わず「えっ……」と声を漏らし、「そうなんですか?」と尋ねた。
「うん。防犯上の理由からね」
こんな時間に学校来たことなかったから全然知らなかった……けど、まだ策はある!
「じゃ、じゃあっ、先生用の玄関から入ります。この時期は先生が残業してるって聞いたことがあるので!」
卒業生や新入生の手続きや在校生の進学のための事務仕事が山ほどあるからって前に担任の先生が言ってた、ような気がする。
「でも、生徒は入れないんだ」
「……そうなんですか?」
「うん。そっちも防犯上の理由から」
先生用の玄関口に着いた。
「外から入るには、これをこうやって」と、先生は首から下げていた教職員カードを緑の点になって光ってる四角形の白い機械にかざす。
ピピッ——ガチャ。近代的な音を立てながら扉が小さく開いた。
「どやー」満面の笑みの先生。ウチの高校って、こんなに進化してたんですね。知らなかったです……はい。
「先生がいてくれて、あの、ホントに助かりました……」
先生は「でしょ~」と言うと、扉を開けて一言。
「ようこそ、夜の学校へ」
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