第10話 語らずともわかる
夜の帳が下りる頃。
廃社となった神社の敷地に三人の人物がいた。
我らが主人公の神代千歳、メイドロボのアリア、そして吸血鬼の少女。
「で、千歳様。神社の見回りにいったはずなのになぜ女性を連れ込んでいるのですか?」
アリアは感情のない瞳で千歳に問いかける。本気なのかどうかはその瞳から伺えない。
「ち、違うよ! 彼女は最初からここにいたんだよ」
「最初からここにいることをいいことに、襲ったのですね」
「襲ってないよ!」
「でも、アリアにはまるで抱き合うような近さに見えましたが」
「えっと」
ちらりと吸血鬼の少女を見て。
「多分だけど血を吸おうとしたんじゃないかなぁ」
「血をですか?」
「うん。彼女、吸血鬼さんらしいよ」
「先程もそのようなことを言ってましたね。世迷い言かと思いました。本当なのですか?」
「本当っぽいよ。本人も肯定していたし、目の色が変わったからね、青から赤に」
「ふむ。ならば心臓に杭をさして確かめてみましょう」
「なんで杭なの?」
「吸血鬼の心臓に杭を打ち込めば死亡するのですよ」
「殺しちゃ駄目だよ! それ普通の人でも死ぬからね!」
「千歳様なら大丈夫そうですが」
「さらっと人外扱いしないでくれる……」
「で、さっきから黙っていますが、吸血鬼様の言い分はどうなのです?」
「……………え?」
吸血鬼の少女は二人の漫談を考えもなく聞いていた。思考停止し、何も出来なくなった今、現実で起こっていることがテレビを見ているかのように感じられたのだった。
二人、正確には一人とメイドロボなのだが、両者に見つめられて現実の舞台に引きずり込まれる。
のほほんとしている少年からは自然体に、メイドロボの少女からは射抜くような瞳で見つめられた。メイドロボは機械のはずなのに、その少女からは感情の気配が感じられた。
「聞こえませんでしたか? 千歳様に危害を加えようとしていましたが…………貴方は何をするつもりでしたのでしょうか?」
自分は間違ってなかった。少女は思った。
このメイドロボは怒っている。自分の主人を危険にさらした自分を。機械に感情はないと理性はストップをかけるが、現に感じるのだ。理性を信じるか、自分の感覚を信じるか。
吸血鬼の少女は一旦、目を閉じた。そして考える。
自分はどうすればいいのか。ありのままに正直に言うのか、それともあれは悪ふざけが過ぎただけと保身に走るのか。リスクとリターンを考え、そして彼女はその計算途中でその考えを放棄した。
彼女は目を開けて、少年とメイドロボの少女を見つめる。
「ええ、わたくしは彼の血を吸おうとしましたわ」
毅然した態度で彼女は言った。それは、彼女の矜持であり、また強がりでもあった。
敗者である自分は敗者らしく、全てを話そう。
ただし、みすぼらしくならないようにしよう。吸血鬼としての自分を保ちたかった。
「千歳様やりましたね。これで正当防衛として襲うことができますよ。大義名分を得ました」
「え"っ……」
彼女はすぐに後悔した。恐る恐る少年を見る。平和そうに見える彼がまさかそんなことをするとは到底思えない。だが、メイドロボが繰り返し言うので、段々と本当ではないかと怖くなってきた。
「やらないからね! それに犯罪だよ!」
「残念です」
ほっと人知れず安堵の息が漏れ出る。だが、それも一瞬だった。
「では、いかなる理由で千歳様の血を奪おうとしたのですか?」
メイドロボは今までにない強い調子で吸血鬼の少女に詰問する。
「それは……」
チラッと少年を見る。彼も気になっているようだ。瞳には好奇の色が見て取れる。
幾ばくかの逡巡。全てを話すと決めたが、自身の恥を晒す行為に恥ずかしさと情けなさが体中を駆け巡ったのだ。それは鎖のようであり、身動きを封じるものだった。
「それは……」
再度口を開くが、そこから先を言うことが出来なかった。
彼女自身の力ではその鎖を解き放つことは出来なかった。だが、彼女の内なるものが力を貸した。
それは、腹の音である。
ぐぅと彼女の胃が鳴ったのだ。それも大きな音で。当然、その音は全員の耳に入った。
彼女の顔は月よりも吸血鬼の瞳よりも赤く染まった。
「お腹すいたの?」
少年は無残にも少女に問いかける。少年としては善意で聞いたのだが。
吸血鬼の少女は、その問いについに耳まで赤くして……………頷いた。
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