#175 Stella(星光)

 という訳で、はい!


 業界人らしくマスメディア媒体を支えてくださる裏方に優しい上に、実に自然な編集点をナチュラルに作成し、なんとも華麗に場面転換を果たした元・童貞ギターヴォーカルこと僕です。アラタです。


 恋人の妹という達人の完全監修に支えられた、成人男性のはじめてのおつかい。


 況や、なんとも言えず屈辱的なミッションを無事終えた僕は一人フラフラとヒビ割れたレンガ道を歩いている。


 左手は寒さに負けてデニムのポケットに。

 もう片方は寒さに抗いながら外界にある。金属製の指輪が皮膚に貼り付いたりしないだろうな?


 つまりは愛しき女性に向けたクリスマスプレゼントが収納された紙袋をプラプラとぶら下げている訳である。


 ちなみになんだが、僕の名誉を守る為と言うつもりは毛頭無いけれど、独りで買い求めた品を堂々たる風格を以て誇らしげにぶら下げているんだ。


 歪んだシスコンである義妹の付き添いを頼る事無く自分一人で。僕は恋人へのプレゼントを入手したんだよ。マジで。遂にようやく成し遂げたんだ。

  

 生まれたての雛鳥の様な有様でありながら、母親みたく僕を──というか、その向こう側に位置する実姉を――健気に気遣う彩乃いもうとをなんとか振り切ってのヴァーチャスミッション。これはいずれ僕にも何か大仰な異名が付くかも知らんと適当な事を思う。


 取り敢えず、これで供物は手に入った。後はこれを渡す場所と状況シチュエーションを設定して作らなければならない。


 だが、愛しい人と過ごす事に対して歴の浅い僕は恥も外聞もないのでまたもや他人を頼る事にする。出来る男は専門家にアウトソーシングするもんだと何処かで聞いた気がするしね。


 思い付いてからは早いもので。

 手軽なベンチに腰掛けて、スマホを取り出す。電話を掛ける先は勿論――、


「ん? どしたよアラタ」


 竹馬の友にして浮名を流すことに定評と実績のある我が親友であり相棒。

 互いを補完し合うと昨日改めて誓ったばかりの男の声がする。その声からは昨晩の青春の残滓は感じられない。早々に切替えたのか、今尚引き摺りながらも隠しているのかは分からないし、敢えて触れたいとも思わない。


 なので、僕も努めていつも通り。ひょっとしたら嘘発見器的には心拍や声音に『揺らぎ』みたいなものがあったのかも知れないけれど、それでもいつも通り。


「頼む悠一ユーイチ知恵と助力チカラを貸してくれ」

「いやお前さ、昨日の今日で…いや、まあいいわ。どうせ愛しい新山ニイヤマさんガラみだろ?」

「流石! 陽キャと色男は同性にも優しいぜ!」

「褒めてんのかそれ?」


 電話の向こうからは溜息が漏れたが、こっちはこっちで驚きが喉から出そうだった。普通に昨日の件を話題に出すんだな。


 またもや流石と思わざるを得ないよ。僕がその立場なら三ヶ月くらいはモジモジと引きずるし、その後も事あるごとにフラッシュバックしそうなものだが、やっぱり人生経験の差はデカいね。


 ともあれ、僕と彼の格差は今更――本当に今更なので――建設的に会話を前に進めようと思う。


「さて、悠一。明日ディナーを予約したいんだけど、何か今からでもイケる都合と雰囲気が良い店知らない?」

「察するに新山さんと行きたいんだろうけどイヴだぞ? 普通に無理だろそんなん」

「だからお前に頼んでるんだ。無理を承知で頼む!」


 そうなんだよね。

 明日は日本中の恋人達がひとときのロマンスを謳歌するクリスマスイヴ。

 生憎、僕はこれまでその陽だまりを囲む輪の中に加わった事は無いけれど、今年は違うんだ。初めて異性と過ごせる可能性がある。


 他のカップル達は事前に準備してから前もってムード抜群のリストランテやトラットリアを抑えているのだろうけど、僕は違う。と言うか場合は違う。

 くっついたのがそもそも数日前だし、明後日からは遠距離恋愛が確定している。


 うーむ、改めて考えるとなかなか難易度ナイトメアって感じの関係性だが、冷静に考えてきちんと持続可能なのかな? 当然僕の方は全然イケると踏んでいるけど、彼女は大丈夫だろうか?

 …なんて恋人の愛を疑う旨の思考をしてみるけど、その実そんなに心配してないってのが本音かな。或いは願望かも知れないけど。


 長年空いたままだった空虚を埋めるのが彼女だけであるように、彼女の抱いていた絶望を打ち消すのはきっと僕だけだから。


「おーい、聞いてんのか〜?」


 恥ずかしくて言葉には決して出せない独白は電波の揺らぎで打ち切られて埋もれて行く。おっと、そういえば通話中だった。


「はいほい、もちろん聞いてるよ。絶対にそうさ」

「クソほど信じらんねぇけど、まあいいや…で、何の話だっけ?」

「おいおい忘れる要素ゼロだろ? 僕と彩夏の為に最高級ホテルでのディナークルーズを抑えてくれるって話だったじゃないか…」


 ここぞとばかりに誇張モリモリで無闇に吹いてみた。一体その行為に何の意味があるかはよく分からない。

 自分で言っておいてなんだけど、高級ホテルでクルーズってとこが既にちょっと意味不明で矛盾している感じがしなくもない。タイタニック的な大型豪華客船のことを言いたかったのかな?


「なにそれホテルでクルージングってどういうことだ?」


 至極まともで僕のまとまらない思考をそのままトレースしたみたいな返事があった。うん、僕も普通にそう思う…とは流石に言えないので、それなりにそこそこ言葉を選ぶ。


「すまん、それは忘れてくれ。普通にお洒落で凄まじく雰囲気の良いディナーを楽しめる陸続きの飲食店があればそれで満足だ」

「なんだか控え目風に言ってるけど、無理難題のレベルは大して変わってねぇぞ?」

「それでも僕は屏風から虎を出したいんだ」

「いつもいつも、意味深なトンチで誤魔化せると思うなよ」

「それこそ誤解で曲解だ。いつだって橋を渡る時はハシでも真ん中でも、好きなルートをその時の気分で歩く」

「だな。それは選ばれし者だけに許された傲慢だ」


 いや、それは。だからさ――、


 言い訳と懺悔を含んだ微細な感情。

 そういうものを女々しい言葉に載せて放とうと、打算的な精神が声帯を震わす前に先読みした論理が先を塞ぐ。


「一応言っとくけど、これは補完じゃなくて、普通にだからな」

「…全く、愛はお安くねぇなぁ……」


 なんて映画みたいに小洒落てて、スマートかつダイレクトにイケてるお洒落な問答は所詮僕の手に余るものだった…そんなこと僕以外の誰かにはきっと明白なもので。


 故に続く言葉を持たない僕はみっともないまでに思いっ切り頭を下げた。


「よろしくお願いします」


 4Gの電話回線に映像が添付されたはずも無いが、通話相手はまるで全知全能の指導者みたく全てを見通す千里眼的な閃きを有してるらしい。


「空っぽな頭を上げてしばらく待ってろ。掛け直すわ」

「おう、頼むぜ!」


 頭についた慣用句が気になる程度には頭蓋の中にはモノが詰まっているので些か引っ掛からないでも無いが、当然スルーだ。

 こっちはお願いする立場だし、これくらいの嫌味は駄賃代わりに受け取っておこう。


 そんな余裕ある思考をするなんて僕も随分大人になったもんだ。

 やはり運命の恋は人を変えて、宿命の愛は心を成長させるね。彩夏カノジョにはホント感謝しかないよ。


 もしも人目がなければ彼女のいそうな方角に跪いて、祈りの言葉と共に頭を深々と垂れる所だ。


 うん、成長してて良かったぜ…!

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