#140 No Name Love Song(名も無き愛の歌)
ぼんやりした頭脳で適当に――今後の段取りなんかをアバウトに取り留めなく思考しながらふらふら歩けば、間もなく駅に着く運び。
ブリーチ過剰で不透明な頭が指揮する不確かな足取りでも目的地に向かえるとは、全く…日本の治安が平和で良かったぜ。
祖国が保持する治安について個人的かつ漠然とした想いを巡らせながらコインロッカーから荷物を回収。何時間ぶりのトイレの個室に戻ってデフォルトの服装に換装し直す。
心的緊張のおかげで強張り固まった身体をゴリゴリと
これだけ聞くとまるで僕は優雅に二股を掛けている要領の良い
ディジタル的な文の宛先は、恋人とその妹の二人…あれ? ひょっとして、いつか聞いたソロレート婚なんかを狙ってるのかな?
不吉な知識の滅却に努めながら駐輪場に歩を進める。雪がチラついているが積もる事は無いだろう。日中から降り出して交通に障害が出るほどの積雪は殆ど無いから。
僕が送ったメッセージの片翼。
恋人の妹からはそうそうに返事が来たが、相変わらず頓珍漢な文面な癖に妙に核心めいている文脈なのが面白い。
少しばかり心が暖を得た所で再び歩き出す。本命で本題の返事―――恋人からの返信はいつ頃になるだろうか?
大事な話があるから、時間がある時に電話してくれと電子の手紙に記載したが、フラフラ自由な僕とは違って仕事中は無理だろうし、返る文は夜になるかな?
彼女の職場環境は知らないが、就労中ってスマホの確認とかどの位の頻度で出来るもんなんだろうなぁ…休憩時間とかにはイジったり出来るのかなぁ?
社会人未経験者の僕は思索を深めながらバイクのキーを弄ぶ。手癖の様な習慣。
鍵を差し込んでメットルームを開け、ヘルメットを取り出してから手荷物を空いたスペースに叩き込む。
「はてさて、想い人から返事は気長に待つとしますか。待てば待つ程、それに比例して想いは募るのさ…」
二分後に事故で死ぬかもしれない癖に何処かの歌人みたいな台詞を寒空にひとりごちる。待てば海路の日和ありですよ。
そして、まさかそれに呼応した訳でも無いだろうが、震える携帯デバイス。着信のお相手は勿論―――
「早いね…てっきり夜まで待つことになると思っていたよ、
こんなに早く連絡を貰えるとは、全く嬉しい誤算だ。意外とフレックスで理解ある職場なのかもね。会社とか良く分からんけど。
「だ、だって…その大事な話があるって……その」
「うん?」
彼女の声を聞くだけで緊張に帯びた身体が愛に弛緩する。もう、彼女の声を収録した催眠導入音源とか出せば良いと思う…個人的な欲求に基づく私的なものではあるけれど。
と言うか、何だか…ダーティで曖昧な雰囲気が漂う会話だけど、ひっそりヒソヒソ人目を忍んでの通話なんだろうか?
「あ、あのひょっとして―――その…もしかして。別れ…話、だったりするのかなって思って。ほらっ、家でのこととか、あったし」
「えっ? いやちょっと待って。仕切り直させて。何で? マジで! どうしてそうなった?」
深刻そうな声の原因はそれか…そんな奇想天外な事を深読して誤解を与える様な文面だっただろうか?
僕としては一体何処をどう絡めて解釈をすればそういう結末になるのかてんで見当が付かないけれど―――今後彼女とお喋りする際や―――もっと言うと作詞の際なんかには気を付けようと思う。
自戒の僕と震える声の彼女。
どちらの立場がよりマシか…それは人によりけりだろうね。
「だ、だって大事な話ってアラタくんは言うから…その、そういう」
「分かった。ゴメン! 誤解させる表現で本当に申し訳ない。謝る。だから僕の話を聞いて欲しい。別れ話以上に大事な話があるんだ」
「どういうこと?」
多少なりとも平静を取り戻した彼女にどう言葉を掛けて良いものか、些か悩む。
まさかこの場で、このタイミングで―――伝え聞いたありのままをそっくりそのまま告げる訳には行かないし、それでもなるべく偽りたくない。困った。
その結果として概略と概要だけをふわっとぼんやり曖昧な言葉に載せて伝えた。
なにやらぼやっとチグハグな感じになるけれど僕が一番熱を込めたのは、決して別れ話の類では無いという部分というのが何ともアレである。
「…って訳でちょっとゆっくりと、じっくり腰を据えて話したいんだけど明日の夜とかどうかな? 僕としてはなるべく早い方が望ましい」
「う、うん…多分大丈夫だと思うけど、時間まではちょっと確定できないかも」
「構わないよ。それと入り浸るみたいで気が引けるけれど、場所は彩夏の家が良いんだよね…どうかな…?」
その数秒後、二つ返事に近い了承を得て何とか交渉終了。ふぅ…タフなネゴシエーションだった。
「それじゃあまた明日。お仕事頑張って…でも無理しないで」
「うん、ありがとう。また明日」
灯りの落ちたスマホをポケットに帰宅させ、自分自身も帰路に着く。
帰ったら今日聞いた話を
事の真実が彼女にきちんと伝わる様に。父親の感情がきちんと伝えられる様に。
何度も繰り返して。
聖夜直前の浮ついた街並みをバイクで通り過ぎながら、そんなことを密やかに思う。
アスファルトの道路が僕を連れて行く様に、僕の決意は翌日へと続く。
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