#138 Wash Brain(再起動)
無根拠で確証を持ち合わせない空虚な自信は、無鉄砲な若者のみが有する事の出来る数少ない特権である。
かつてしたり顔でそう言ったのは果たして誰だったか、目の前に座る壮年男性の文豪だったっけ…?
誰のものかも曖昧なその言に従って、金言で心理であると捉えて――実に若者らしく無根拠に無策で挑んだ
僕が窮する現状を分析すればせいぜいそんな所だろうな。そんな程度。
散々踊らされて、勝手に踊った後に糸が切れてしまったパペット。敢え無く舞台に放置されて賛辞は勿論、罵倒や溜息すら与えられない何か――それが僕。
「まあ落ち着き
日頃はそこまで年長者を敬う事の少ない僕ではあるし、先程は言に従って手痛い失敗をしているしで尚更反抗的な気分ではあったけれど、彼に喋って貰わなければにっちもさっちも行かない手詰まりな現状だ。
素直に
ほのかに濁った茶を口に含んで胃に落とす。苦味混じりの香りが鼻孔を通り抜けて――含まれるカテキンのおかげか少しスーッとして――それなりにフラットに近い気分になった。
その辺の空気が汚れた肺に入り、細胞のフィルターで
もう一度大きく息を出し入れして恋人の父親に向き直る。しっかりと目を見て僕は尋ねた。
「僕としてはもう、何が何やら…混乱しているので、錯乱したという体で―――体良く都合の良い感じに。直接的にお聞きしてもよろしいでしょうか?」
大人はアルコールや紫煙を言い訳に建前を捨てて、本音を出す事が出来るという。
僕も年齢的にはそのカテゴリに位置するはずだが、多分ここで言う『大人』とは擦り切れた社会人を指すので場外ということになるかも知れない。
ミュージシャンの僕同様、これまた厳密に会社勤めの社会人とは定義しにくい立場の文筆家は構わないと首肯した。僕はその仕草をそう解釈した。
「貴方はかつて妻と娘達に背を向けて、他の女性の関係を持ったのでしょうか?」
ああ、言ってしまった。
遂にと言うかようやくと言うべきか。
どちらにしても、何にしても…ここまで持って来るのに随分遠回りをして来た気がする。早く着くことだけが全てじゃないけど、流石に鈍足だな僕は。
素敵で心地の良い弾力を持った椅子に深く身体を預けて溜息を零す。
娘の恋人の情けない所作を見て、新山氏は殊更満足そうに頬を緩めた。嗜虐趣味が有るのかも知れないね。
「また一層君を混乱させてしまいそうで大変心苦しいが、私の持つ答えはこうなるよ。是であり否であると。それが私の愚行の全てだ」
そこから彼が語った事実は本丸に導くものであった。
過去への最適解であり、間違えようのない正答。
今まで外周をぐるぐる回っていた僕がやっと辿り着いた内面。
本来は新山彩夏に語って聞かせるべき、本当の真実だよ。
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