#137 My sky Red sky(僕の空、紅い空)

 告げられた言葉ソレは正に、青天の霹靂へきれきと呼ぶに相応しい衝撃の事実だ。もっと俗っぽく今風に言うならばバズり確定のスキャンダラスな案件である。


 僕はこれまで新山ニイヤマ一幸イッコウが過去に醜聞をしたという前提の元で思考し行動してきたが、それを支えるが間違いで勘違いだったのだ。これは流石に予想できなかったというのが正直な所である。


 混乱と羞恥を帯びると同時に考えたのが、恋人である彩夏アヤカの心的外傷の原因。男性恐怖症で男性不信。

 予め前提として設定した条件が崩れた今、それらの予想や前条件は再び深い井戸の底に敢え無くj落ちていく。掬ったはずの手から離れて、重力に従って。沈んで。


 ふらふらと敢え無く堕ちていく。


 そうなるともう。

 何物全てが結びつかなくて、因果とイコールが捩れる頭と心。


 静かに激しく揺らぐのは僕の矮小な頭か足を就けている地面か。

 それとも取り巻く別の何かか。


 反射的に右手で頭を抱え込む。

 自身の過ちを抱き締める様に強く強く。

 内面に灯る思いを何度も反芻はんすうする。


 僕は一体何の為にこの場所に立っているんだ?

 決まってる愛しい女性の為だ。


 その心に巣食う腫瘍ガンを取り除くヒントを求めて来た。


 それがこのザマか?

 結果がこの有様か?


 解答に辿り着く前の――出題すらを無様に取り違えて――初対面の人間の最低限持つべき尊厳を軽視して得たのがこんなロクでも無い結果だと?


 なんだよそれ、言い様が無く喩え様も無い…正にクソにも劣る人間性と帰結だ。

 有神論? 帰納法?

 そんな下等な存在である僕がっ、汚泥から連鎖して湧き出す感情を恥ずかしげも無く歌にして、不特定多数に聞かせようとしてるのか? 恥を知れ!


「だ、大丈夫か? 宮元ミヤモト君…?」


 深く独善的な自閉探索に陥る僕を見かねた下手人は心配そうな声を掛けてくれた。利己的なカルマにまみれた身体には汐水しおみずの様に鈍い痛みを注がれたみたいで、地獄の業火に巻かれるよりも生温くて相応しく感じる。


「あ、え、えぇ…その、聞いていた話とあーっと、喰い違う部分が。なんて言うか、余りにも大きくて」


 何とか最低限の礼を持って返せていたと思うが、相対する新山氏が薄く――奇妙にも顔を綻ばせるものだから尚更訳がわからない。場にそぐわない表情。


「君は私の浮気スキャンダラスな過去を、蒼く純粋に信じていた訳だ?」


 茶目っ気混じりの声色でそう尋ねられると返答にきゅうする。

 彼の言う通り、僕は世界的な文豪に隠された黒歴史――或いはそれを知る特殊性と得意性に浮かれて、醜く舞い上がっていたのか?


 違う。


「信じていた…と言うよりは、というのが本当な気がします。別に…貴方の真偽を問いたい訳では無いですし――と聞かされていて。別段、疑う理由も必要も無かった」


 僕の愛する新山彩夏には過去に起因する傷があって、それは父親である新山氏がかつて為した浮気という家族への裏切りを端とする。


 僕はそう聞いて、その上でどうするべきかを考えた。

 だから、信じるも何も無い。ただそうである様に捉えて思考した。それだけだ。


 もし仮に、それ自体は浮気じゃなくてもいい。

 家族を裏切る行為ならば痴漢でも殺人でも、脱税でも構わなかった。犯した所業によって、やり方の根本自体は特に変化しない。

 置き去りにした悪行の種類が何であれ――それから波及する原因や遠因を受けた上で――彼女の抱える痛みの解消や解放に向けて動いただろう。


「そうだね。君は恐らく思った。なるほど、娘達はなかなか慧眼だ。審美眼のある二人だと思う。駄目な父親だが、それでも誇らしく感じるよ」


 自らに打ちひしがれる僕に向けたのか、それとも自己との対話が声に載ったのかは判別出来無いが、新山氏は満足そうに頷いた。


 それでも僕は全然意味が分かりません。


「だが、宮元君。年長者の一人として、君の様な前途ある若者に助言を与えるならば――、」

「えっ?」


 勝手に会話の路線が切り替わる。その岐路ポイントは何処にあったのか、見当もつかないし予想すら出来無い。


「信じることは確かに美徳だが、疑うことも別段悪徳では無いよ? 人の言葉の裏を読む必要は無い、ただその可能性の存在を頭の隅に隠しておく事も非常に大切だ」


 年長者であり、恋人の父親でもある文豪の有り難いお言葉だが、僕の耳を掠めて通り過ぎて行ってしまった。


 人生に役立つ曖昧な格言よりも今はただ、かつて起こった事実の概要を簡潔に知りたかったから。

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