#128 Odd Eyes(不揃いの色)

 意に沿わない不祥事で職員室に呼び出された生徒の様みたいな声色で、とある人物のホームに入室を告げた僕。


 そんな問題児を待ち受けていたのは細身な体躯たいくを上品な和装で彩った白髪の男――僕としては事前にインターネットを通じて一方的に見知った有名人。画像検索の写真そのままの文豪。


 外見から察するに、年の頃は六十歳前後か?

 けれど、若々しい様にも見えるし、大樹の様な重厚な年輪も同じ様に感じる気がする。


 そんな、ともすれば地主の様な風体の男が豪奢なソファに浅く腰掛けていた。


 その名は旧川フルカワ幸恵ユキエ――本名は新山ニイヤマ一幸イッコウだったかな?

 ジャンル違いとは言えミュージシャン的に言うなら『新山一幸 aka. 旧川幸恵』みたいな感じ。ほら一気に親近感が滲み出て来たろ? 自由なスタイルのダンジョンにいそうな感じになった。


 僕の軽薄過ぎる内心が漏れ出たわけでは無いだろうが、白髪の男は文豪的なゆったりとした所作を絡めて口を開いた。


「君が宮元ミヤモト君か…、彩乃アヤノから聞いた話とは随分印象が違うな」


 吹き替えみたいなバリトンサックスの音域。

 遠くまで通る声で何やら意味深な台詞を口にした後に「たまえ」と右手を広げる。

 権威と圧力に負け、その言に従うが――あの義妹いもうとが僕をどんな風に評したのか大変気になるんですがねぇ…正負のどちらに振り切れたものだったかだけでも教えて欲しい。


 疑問を多分に含んだやりきれない気持ちを何となく飲み込んで彼の言葉に従って座す。うおっ? 想像以上にふかふかで気持ちいい…。


旧川フルカワ先生、今日は忙しい中お時間を頂いてありがとうございます」


 まずは定型めいた挨拶ジャブから入る。いきなり間合いと核心に入れる程に僕は話術や交渉術にけてはいない。


「おいおい、君は娘の恋人なのだろう? 次女とも仲良くして貰っている様だし、この場は完全にプライベートだ。筆名はやめてくれよ」

「わ、分かりました。では…その、新山さんとお呼びしても?」

「ああ、構わないよ」


 意外と良い人なのか?

 落ち着いた雰囲気と喋り方…正直かなり話しやすい人だ。

 僕が敬語に不慣れなのがアレだけど、娘二人と親しい男――加えて金髪で得体の知れない男――に対してもこの懐の深さ…ナイスな感じだ。マジナイスミドルでガイ!


「それっで……」

「失礼致します」


 僕の決意と出鼻をくじく一声。先程僕を連れてきた案内人ナビゲーターの女性だ。


 彼女は手早く僕と新山氏の前に湯気の昇る湯呑みとお茶菓子を置いて立ち去っていった。まさに風のように。プロの犯行だね。僕じゃなければ見逃しているよ。


「彼女…小百合さんと言うんだが、日常生活の手伝いを頼んでいてね。男やもめでは行き届かない所も補填してくれるんだよ」

「そう…なんですか」


 熱い茶に息を吹きかけながら丁寧に説明してくれるのは嬉しいが、意図が読めない。どうしてそこまで?


 解明出来ぬ部分が増えて来て、小さい頭もそろそろパンクしそうだよ。一つ解決するたびに二つ増えたんじゃあ意味が無いからな。


「それで? 彩夏の恋人が一体何の用事かな? 結婚の報告では無い様だが」


 脚を組み替えて深く座り直した新山氏は眼鏡を指で触る。なかなかの圧を感じるぜ。


 着慣れぬ衣装に舌に合わない口調が何処までも違和を生む。平常には程遠い心持ちではあるが、頑張れ僕!


「まずはご挨拶をしたいと思っています。ぼ、私は彩夏さんとお付き合いさせて頂いていますし、ご存知の通り、ご承知の通り? 彩乃さんとも仲良くさせて貰っています」

「それは重畳ちょうじょう。なかなか両極端な娘達だが仲良くしてやって欲しい」


 結構勇気とか決意とか覚悟を含んでの言葉だったが、あっさりと流される。それとも許容されたのか?


 思いの外で予想外に拍子抜けの応対の数々に緩みそうになる精神を締め上げる。更なるメンタルが必要だと感じるから。


 穏やかに肩を揺らす新山一幸の眼鏡の奥。

 美人姉妹と同じ色をした瞳が――歳相応に――彼女達とは違った形で油断ならない光を放ちながら不穏当に揺れている様に思えたからだ。


 その鈍くて重たい光は、真っ直ぐに僕を突き刺す。

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