#126 Suspicious Eyes(疑惑の目)

 目下、会合予定先である文豪の次女。

 愛しき女性の妹の助言に従って―――尤も、彩乃さんカノジョのファンキーでイカしたエモエモなジョークでない限り、僕は滞り無く目論見通りに旧川フルカワ幸恵ユキエの好物を手に入れた訳だ。手土産は人間関係を円滑にする非常に便利な手段ツールである。カネさえ払えばそこに込めた感情を包み込んでくれる。


 そんな感じで僕は、今尚拭い切れ無い若干の疑心暗鬼と手土産の栗まんじゅうを持って、その邸宅の立派な門扉もんぴの眼前に立っていた。何ならデカイ門が僕の眼前に立ちはだかったと言い換えても良いかも知れない。


 かつて見た鎌倉の武家屋敷を彷彿とさせる頑強なゲートを前に逡巡しゅんじゅんして立ち竦まなかったと言えば嘘になる。


 何度も言うけれど、恋人カノジョの父親に会うというのに何も思わない彼氏オトコがいるかよ? そんなの心臓が剛毛の毛深い人だけだろそれ。最早アウストラロピテクスな原始人だけだろうが!


 そもそも童貞かつマルもバツもゼロの僕にとっては全くもって初めての経験だし、身に余る状況と言うのが情けない本音だ。

 顔も知らない不特定多数の観衆を前にしたステージ上に立つのとは明らかに異なる緊張感が僕を包む。


「どうだろう…これが全部夢で、ドッキリって可能性は如何程いかほどだろうか?」


 勿論、そんな可能性など皆無なのは理解しているが何だろう…十日前までは予想だに出来無かった現状に身を置く僕が、そんなエスケープの為の夢想をすることは罪だろうか?


 別に断定してくれても良いけれど、だったらお前代わってみろよと声を大にして言いたい…いや、言いたくない。誰にも僕のポジションは渡さない。これは僕だけのものだ。


 かなり散らかりつつある思考を無理矢理に断ち切る。目を閉じて大きく深呼吸。酸素が足りない脳味噌には活路も勝機も無い。いつか読んだ新書によると、最強のプロ棋士も確かそんな類の言葉を発していた。


「よしっ! 頑張るか」


 誰にも聞こえない様に小さく呟いて、備え付けのインターフォンをプッシュ。無機質な呼び出し音が上品に響く。

 それと同時に門扉の上に設置された監視カメラが一斉に僕の方を向いた気がするけれど見間違いだろうか?


『どちら様でしょうか?』


 聞こえてきたのは壮年女性の落ち着いた声。

 実家ウチのそれとは違って、くっきりクリアな音質…ってか、マジでどなただろうか?


 それに僕がプッシュしてから応答までに十秒は経っていない。屋敷の規模から考えれば早過ぎるレスポンス。母親かそれともお手伝いさん?


「あの、宮元ミヤモトと申しますが、ご主人はおられますでしょうか?」


 我ながら不格好な敬語だと内心で泣き叫ぶ。

 これはマジで課題なので、その内練習しよう…。


 そんな出来損ないの言葉遣いが不審を招いたのか、少々訝いぶかしむ様な声音を含んだアンサーが返ってくる。


『大変失礼ですが、事前にお約束などはされていますか? セールスでしたらお断りしているのですが……』

「えっと、そちらの御息女を通じてアポイントメントは取っている筈なので、お手数おかけしますけど、ご主人に直接確認して頂ければ……」

『…少々お待ち下さい』


 ヤバい。会話の事ばかり考えていたけど、そもそも敷地内に入る事すら無理ゲーなのか?

 まぁ招かれざる客と言えばその通りだし、どうすっかなぁ…?


 ポツンと一人、必死にこれからの策を考え始めた頃、再び女性の声が石柱から発せられた。


『失礼致しました。宮元様…宮元アラタ様ですね。伺っております、どうぞお入り下さい』

「はぁ…どうも」


 会話終了。

 ピーという無機質な音がして門が自動で開いた。入れと言う事でよろしいか?


 おっかなびっくりな足取りで敷地の中へ入ると、後ろで門が逆回しの様に閉じて行く。


 これはアレだな。任侠モノの映画なら僕は殺されるやつだな。多分、多数のマシンガンを持った有象無象に蹂躙されること必須…され、これは一体どうしたものか?


 一抹どころでは済まない不安と漠然とした恐怖を抱えた僕は、形容し難い豪奢な石をおっかなびっくり踏み締める。

 じゃりっとした感触を革靴の外界に感じながら、スロウな足取りで身体を前に進める。

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