#120 Falling Apart(崩れ落ちる)

「…ってな感じで、お酒を交えて楽しく鍋パをしてて、その中で過去の話とかもちょっと聞いたりしてた訳よ」


 先程の会話をリバース、ドローフォー、スキップして。


 その上で何事も無かったかの様に仕切り直して、語り聞かせる。


 思えばこの新山ニイヤマ彩乃アヤノと言う最も親しい一人の女性いもうとに――何でもかんでもつまびらかにし過ぎでは無かろうか?


 薄々勘付いてはいたけどそれは――まあ、追々…僕も恋人もそういう依存から脱却して、いずれはして行きたいね。


「それでもって、彩夏アヤカがキスしてきたから応えた。彩乃さんも知っての通り――僕は童貞ぼくだから――決して上手くは無かっただろうけど、熱意を持って好意に応えたつもりだ」

「おうイエーイ、サラッとチューしたことを織り混ぜましたね…まあ、別にいいですけど」 


 こんな風に軽蔑混じりでジト目でにらまれるのもね…なんなら最早何も感じないわ。かつての僕なら性的な快楽に結び付けたはずの事象すらこうして受け流せる。

 うん、これは確実に男としての階段を着実に登っているのを実感するね。


「で、そこから先に進もうとしたら拒否された訳なんだけど、何が悪かったのかな? ってか、悪かったのかな?」


 得意の責任転嫁の言い訳めいた物言いが四方八方に炸裂した。

 

 でもマジに本音なんだよなぁ。


 僕に原因があるなら謝罪したり、改善したりの諸々の余地があるけれど。

 もし仮に彼女に起因する何かが核ならば? 或いはそれ以外の可能性は間違い無くゼロか?


「そうですね…知らんがなと言う気持ちも確かにありますが…。恐らくアラタさんの想像通りか、類するものである気がします」


 あくまで個人的な推測ですけどと締めた新山彩乃。


 僕の想像通りだとすれば、それは――、


「彼女の抱える『男性恐怖症』は完治しておらず、それによる防衛反応…?」

「恐らくは」


 冷たくそう言い残して席を立つ。注文か或いは厠か。見限った上でのエスケープか。


 僕には判別出来無いが、暫しの間一人で考える。


 始めて出来た恋人である女性、新山彩夏が抱える精神の傷トラウマ――それが男性恐怖症。


 けれど、僕は…僕達は超えたからこそ現在の関係に至ったはず。


 だからその前提条件がほころびを見せ始めた現状は、そっくりそのまま二人の関係の破綻を予感させる。


 喪失の予兆に冷や汗を流す僕に肉体的な追い討ち――背中に触れる冷たい何か。


「うぉっお??」


 何だ、チャカか?

 反射的に刺激部位に手を当てて振り向く。そこに立っていたのは勿論、想像通りに恋人の妹。


「何? 今の?」

「グラスですよ。ウォッカベースのカクテルがお好きだと聞いたので…」


 殊も無さげに左手を掲げて微笑んだ。その小さく白い手に握られた硝子ガラスの中は陽気なオレンジ色…スクリュードライバーか。ってか好みとか伝えたっけ? SNSで発信したかな? そんな陽キャツール使ったことないけど。


 僕に飲み物を手渡して、自分の分に口を付けながら席に戻った。


「少しは考えがまとまりました? 今後の指針や予定について」


 まるで理想の中の姉の様な…そんな慈悲深い顔を作るものだから、再び…あの日以来の弱気な自分が表層に浮かんで来る。


「僕に…今更、何か出来る事なんてあるのかな?」


 彼女の抱える痛ましい過去は、もう既に終わってしまった体験かこに由来する。

 それは決定的に決まってしまった事で、今更くつがえし様の無い現実だ。


 ならば確定的に詰んでいて、現状の僕に何かをする余地なんて――もう一欠片だって残されていないんじゃないか? 


 あの時程じゃないが、あの日みたいに取り乱したりはしないけれど。

 さりとて、僕はグラスを握り締めて、奥歯で無力感を噛み締める。


 僕には愛する女性は救えないのだろうか?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る