#118 Dancing With A Wolf(狼と踊る)

 オーダーした飲み物と料理の幾つかがテーブルに並び、再び三度――座席の向こう側で何度かシャッター音が鳴る。


 そんなに何枚も同じ構図で写真を撮らずとも良くないか?

 行き逢った出来事を思い出に刻んで、記憶の隅に留めるだけじゃ駄目なのか?

 まぁ駄目なんだろうな多分。何らかの思想的な宗教上の教義とかに反するんだろう。


 そんなことをつらつらと思考していたら、新山彩乃が何気ない口調で話題を提供した。


「それにしてもアレですよね。アラタさん、よく会いますよね私達。なんなら姉よりもデート回数多いんじゃ無いですか?」

「おぶふぉっ?」


 手にして口に含んだ黒ビールを噴き出し吐き出しそうになるのを懸命にこらえる。またかこれ。彩乃さんの前で何回せるんだよ僕。


「そ、そう…かな? 確かに良く会うけど回数までは…ってデートなの? これ?」


 反射的に反証してみたものの、思えば彼女の言う通りかも知れないが、それでも深く考えたら負けな気もする。つーか駄目だろそれ。


「まあ私は楽しいんで良いですけど、彼氏オトコとしてはちょっと減点ですし、嫌ですよねぇ…自分カノジョよりも妹と仲の良い恋人って」

「反論の余地が無くその通りかも…」


 やけに色っぽい仕草でマッコリを口にする恋人の妹に渋々同意した。

 恋愛経験不足の僕だけど、人間として倫理観が欠如している訳じゃないし、想像力だって人並みにはあると思う。

 その上で判断するならば、僕の行動が恋人にとって必ずしも快いものでは無いことは容易に予想出来る。


「それに、これが続く様なら私としてはアラタさんが『ソロレート婚』狙いじゃ無いかと、変に邪推したくもなりますよ」

「ソロレ…え、なに? ゴメン、知らない単語でマジで聞き取れなかった」

「ソロレート婚。日本語だと確か…そう、順縁婚じゅんえんこんですね」


 じゅんえんこん?

 あいも変わらず耳馴染みが皆無で漢字に変換すら出来ないぞ。

 なにそれ? 純粋な怨恨ピュア・アングリーってことか? 何か無駄に格好良い響きの能力っぽいが多分…いや絶対違うな、うん。


 香味豊かなアヒージョを摘みながら「そうですねぇ…」と前置きして言葉を探す彼女。


「貴方に分かりやすく説明するならば、そう…『恋人の寝てる間にその妹と…』モノみたいな感じですかね? ちょっと逸れる気はしますがそんな認識です」

「ええ~」

「あれ? 分かりにくかったですか?」


 僕のドン引きな視線など意に介さない彼女は可愛らしく小首を傾げやがる。

 ぷるんと瑞々みずみずしい唇に添えた人差し指は小悪魔の印である。


「いや大変分かりやすかったけれど」

「けれど?」

「妙齢の女性がそういうことを言うのは正直めて欲しい…」


 ああ、くそ。格好悪いなあ僕。なんて女々しくて独善的な主張だろうか。

 その証拠に目の前に座る女性の表情が変わる。ゆがむ。

 それは変異的な醜くさでは無い。むしろより美しく変貌する変身。


「アラタさんは女は猥談するなと仰りたい訳ですか? 女は下ネタを言ってはいけないと?」

「別に。そういう訳じゃない」


 ならなんですか?


 女性経験の少ない僕の持つ凝り固まった思想と理想と。

 或いは閉じてしまった価値観を暴く様な設問。


 それに対しての答えは、先の言葉以上に浅慮で個人的で、閉じた価値観を基にした閉鎖的な言葉。


「否定はしないし…別にしても良いけど、僕の前ではしないで欲しい」


 それを受けて、新山彩乃は喉を鳴らして小さく笑う。わらう。嘲笑わらう。


「んん…なんとも潔癖ですねぇ…それも非道ひどく身勝手で自分勝手な『潔癖』です。いや、そもそも潔癖自体が自分本位をたんにする自己思想なのでしょうか?」

「そんなの知らないよ」


 ぶっきらぼうに対応した僕の惨めな姿を見て、笑って、あらかた満足したのか、モテカワ女子大生は姿勢を変える。組んだ両手を顎の下に設置して総司令のポーズ。傍聴の準備は万端と言った装い。


「さて、場も十分暖まったことですし、貴方のお話を聞かせて頂けますか? 貴方と姉の話を――」


 僕とは『温度』の概念が違うらしい。


 纏う場の空気は重く冷たい。その重力が僕の心に静かにのしかかる。

 僕は大きく息を吐きだしてから、概要と詳細を氷製の危うい場所にひらいて行く。

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