#98 Tail Lamp(尾を引く光)
無味乾燥にも程がある予想範囲を超えない小規模なハッピーエンドを迎えて。
ここから先は何か良い感じにしっとりした洋楽が流れてエンドロール――そんな予感をしっぽりと胸に懐いていた僕。
予期しない──予定してない乱入者たる親類者に僕達一同(二人)は驚きと動揺を隠せない。
先程までの甘い感情と空気を早急に返して欲しいものだが、如何せん彼女に対して強くそう言うことは出来ない。
恋人の肉親たる
「どうしました? ああ、おお…おおう。おうおう、お? おうおう? アラタさん! すっかり我が物顔で姉のソファを占領していますね。流石はロックスター、見た目麗しく可愛い顔してもう――なんだよ、なかなかどうして、かなりの破天荒だわぁ…!」
「え? え、えな…なっ……は? なあっ?」
開幕早々、搭乗早々。
なかなか愉快に存在感示しながら。
初っ端から反論しづらい痛い所を突いた毒がその牙を向く。
なんとなく曖昧に寝転がった状態から慌てて居住まいを正して、半ば日常回かつお得意のルーティンと化した感じのある釈明タイムへの移行を余儀無くされる。
ハプニングに対する経験値は多少上がった気もするが、何というかレベルが下がった気がしなくもない。
絶妙な感情を引き摺らないように混乱を適当にアドリブで口に出す。
「いや、たまたまだよ。うん。ちょっと丁度! 気を抜いてソファで横になっていたタイミングで急に来るもんだから…もう勘弁してくれよ」
「おやおや? 元来ソファは腰掛けるものですよ?用途を無視して、寝転がる時点で相当に
覗き込む様な仕草で僕に近付く美人大学生の顔は大層低俗な悦にひたひたに入っていて、これは先程の仕返しであることを確信した。
存外彼女は、結構根に持つタイプらしいな。もしも、これからがあるのならば、最大限留意して気を付けることにしよう…。
「あ、あのね
実の妹に責られる彼氏を見かねた
その直前の対応には失敗したらしいが妹と僕に挟まれ、はわわと慌てる姿が可愛いので僕的には全然オッケーだ…と言うか。
出来たばかりの恋人に対しては大変申し訳無いが、そもそもこの姉が経験豊富な妹に人間的な
だからこそ僕の言葉は情けなくて、揺るがない。
「良いよ…あ~何ていうかもう、仕方無い。この事態と現状は新山さんのせいじゃない」
諦めの気持ちと共に吐いた迂闊な台詞が闖入者の琴線だか逆鱗だかに触れたらしく事態は悪化の一途を辿る。
左手の人差し指を口元に当てた彩乃さんはわざとらしく媚びた声で僕達二人に恫喝に似た言葉をぶん投げたのだ。
「あらら? あれ? 宮元君に新山さん…ですか……? お二人は晴れて恋人になられたとお聞きしたのですが、未だに苗字呼びとはこれ如何に? もっと二人の関係性に適した呼び名でお互いを呼ぶべきでは無いでしょうか?」
クソ腹立つ顔で正論風の嫌がらせを言ってのけたリア充はかつて無いほどに生き生きとした雰囲気。
確信する。
間違い無い。これは同性に敵を作るわ…異性ながら生理的にムカつくわこれ!
無意識ならまだしも『天然』とか『純真』で飲み込める部分を――なんとも恣意的かつ効果的に執り行う彼女は――そりゃあまあ普通にコミュニティの住民から煙たがれるよ…。普通以上に厄介者だわ。
界隈に馴染めない僕的には――何ならば同調して、同情して然るべき――そんな彼女が拳を握り怒りに打ち震える僕を見逃す筈も無い。
女子の半分は敵だと豪語するモテガールは僕に寄って来た。どうしよう…全然嬉しくない…!
「男女平等の御時世ですが、やっぱりこういうのは男性からですよね! ヘイガイズ! リピートアフタミー!」
「Ah-ha? Just a moment.... Sorry, What do you want to say?」
「え? 何? ちょっと、些か本気で発音が
理解出来ない返答を受けて、質問の勢いそのままに聞き返して来る彼女のメンタリティには素直に敬服するが、このまま英語で会話し続けたらどんな反応を見せてくれんのかなと思う自分も確かに存在する。
たけど、それら何やらとても面倒な気がするので適当な日本語訳を改めて口にする。
「いやゴメンちょっと――聞いてなかったって言ったんだ」
「もう…アラタさんってば、もう…うっかりさんですね。良いですか? もう一度行きますよ? 言いますよ?」
「あいよ。委細承知」
謂れ無き失態と無実の罪を一身に背負いながら続きを待つ。
コレが守るものがある人間の重圧か…いや恐らく違うな。
「彩夏…死んでも君を救ってみせる」
精一杯低く出した声で謎の発言を場に開いた彩乃さん。
まあ女性的な高温で色気のあるイケボと言えばそうなんだろうが、如何せん発言が意味不明過ぎて、何と言うか本当普通にサッパリマジで意味不明だわ。好きな映画の名場面再現バトルかな? 僕も結構得意だけど続ける?
てかなにそれ、僕にそれを言えっていうのか? 意味分かんない厨二全開の恥ずかしいセリフを? 偏差値が限りなくゼロに近しい少女漫画の様な台詞を僕に?
そんなの普通に嫌だよ…。
そんなクソみたいなセリフを口にするくらいなら僕はみっともなくも自発的に動いて、その挙句地獄に落ちるのを選ぶよ。
「あ、
この段で僕は恋人の名前を面と向かって初めて口にする。
そして、その後の展開は西暦前より決まっている…。
僕の役割が本音ただ漏れな最低なセリフを吐くのみだ。
「ねえ彩夏…ちょいと相談なんだけど、このモテ系女子大生の
「え?」
当事者にも関わらず素っ頓狂な声を上げる恋人のレスポンスなどお構い無しに僕は続ける。
「なんつーか、もう…『これ』は色々あれで、その…諸々色々に手遅れだろ? 僕達が、僕達の手で処理するのが
「あれいえ~~~~。いやいやアラタさん…いえ、
義妹候補の全く堪えていない様子なのがアレなので。
何というか本能的に凄まじくムカついて。これから先は全部の発言をイングリッシュで行こうかと迷っていた時だ。てんやわんやの状況の姉が意を決して口を開いた。
「ああああ、あの…アラタくん? その、あのね? あんまり、彩乃ちゃんを責めないで?」
「Ah-? …Oh.Yes, Ah……All right, But I know...」
不意に名前で呼ばれテンパった挙句英国被れの態度が表に出てしまった。
こういうのは無闇矢鱈に意識高い感じがして、個人的には好みじゃないが、反射的に出てしまったものはしょうがない。
混乱故に先走った発言を生まれ育ったり母国の言葉で再編纂して、愛しい人に声をかける。
「ん~ああ、別に責めてはないよ。ただ少し…何となく無性に腹が立つだけ。生理的な嫌悪感なんて大したことじゃない。こんなの彩夏が心配することじゃないよ…」
「アラタくん…」
先程までとは違って僕の右隣に腰掛けた新山さんがしなだれかかったせいで、冷静とは言い難い僕は例によって虚勢を張る。
この直情的な性格は僕にとって吉なのか凶なのか…その答えはしばらく先に思えた。
「え? いや、結構普通に大したことですよ? 半端なく大それた大事件ですよ? お姉ちゃん騙されないで! その人私を雪が吹き荒ぶ屋外に放り出そうとしてるよ?」
「ええぇっ?」
なんて呑気で平和な光景だろう…。
眩しくて微笑ましい姉妹のやりとりを眺めた後に僕は立ち上がった。
「…さて、そろそろ僕はお暇させて貰うよ。彩乃さんがこのタイミングで来たってことは――姉妹で何やら、話があるんだろう?」
まさか本当に冷やかしを目的に悪天候の中足を運んだ訳でもあるまいし…だよな?
多少わだかまりの様なものがある二人だけに積もる話があってもおかしくない。
気を遣ったつもりの僕ではあるが、呆気に取られた顔をしている彩乃さんがその余韻をぶち壊した。
「アラタさん…本当に、感心する程に女心を理解し始めていますね。しかも脅威のスピードで…」
それは普通に暴言だと思う。
と言うか、そんなに驚く事なのか? 僕が言ったらそんなに変なのか? 童貞が女心をたまに理解する位良いだろ!
他者から受ける絶望的な自身の評価に沈む僕。彩乃さんは死体蹴りに似た追い打ちの言葉を繋いだ。
「どうやら私達はとんだ逸材を生み出してしまったのかも知れません。もしも、私達の様な美人姉妹と貴方が中学時代に出会っていれば――貴方、は
「え~それは無いだろ。僕は君のよく知るアイツみたいに利口で器用には振る舞えないよ」
モテまくる幼馴染の様に気遣い大王になれれば良いけど、それは僕には無理だ。根本的な頭も足りないし、何よりも人道的な配慮に欠ける。
今も昔も僕に出来るのは僕を押し付けるだけだ…あ~っと、そうだな。精進しよう。
「まあ後は姉妹水入らずってことで…」
そう言い残して玄関に向かう。その後を着いて二人が追い掛けてきた。美人姉妹の見送りとは豪勢な話だ。
「また連絡するし、連絡してよ?」
「…うん」
初めての恋人とそんな他愛の無いやり取りをしながら靴を履き、ドアノブに手を掛けた瞬間閃く様に思い出す。「あ、そうだ」と前置きをして彼女に向き直る。
「出逢いを偽ったと君は泣いたけど、その代わりに僕は出逢いを取り違えた。それで差し引きゼロって事にならないかな?」
去り際の僕が置き土産とばかりに提案した画期的な思考変換を受けた恋人はポカンとした表情。しまった滑ったか?
「アラタさん…その理屈はおかしいです」
訝しみの顔を作ったのはその妹で至極真っ当な意見を口にした。尤もです。
だがまあ、三人の間に笑いが起きたので良しとしよう。では改めて別れの挨拶をば…。
「じゃあ…これからよろしくね。その、彩夏」
「よろしくお願いします…アラタくん」
慣れぬ会話と冷やかしの声を堪能し、帰路につく。その足取りはかつて無いほど軽く、楽しいものだった。
自分を取り巻く見知った風景の美しさを知る。
少し勢いを落とした牡丹雪すら歓喜のシャワーに見えて困る位だ。
愛というフィルターを通して見る世界は鮮明に息づいていて、光に溢れている。未経験の感情に踊る僕の姿は多分酷く滑稽で、マリオネットの様に不自由だったかも知れない。
けどね、アイツ僕の女なんですよ。
更ける夜の空よりも、童貞の抱える闇は深い…。
多分、水深としては洗面器くらいのものなのが、玉に瑕だよね。
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