#90 Hidden View(隠れた視界)

 飲み物を吸い尽くした彩乃アヤノさんが席に戻ってくるのを待ってから再開。

 彼女が紅茶を片手に着席したのは離席してすぐ。迅速過ぎて考えを纏める暇も無かった。


「これで姉の短期留学の話は大体…って、肝心のアラタさん貴方に会ってませんね。ここまでの話だと。いやはや、肝心な所を失念していました」

「実際にも…恐らく面と向かっては出逢ってないけどね…記憶によると」


 とう言うのも、どうやら楽器遊びに夢中だった僕は違うクラスに一瞬在籍していたはずの運命カノジョに見向きもしなかったらしいからな。

 特殊な感じで転校してきた見た目麗しい魅力的な女性――その噂の一片だって欠片も聞いたことなかったし――何かアレだな。当時の僕の特性や人間関係が忍ばれるな。別に現在だって大して変わらねぇけどな。まるで成長していない!


「そう、ソコです! 姉の関心を引いたのは、貴方達が熱心に音楽活動に打ち込んでいたからこそなのです」


 ちょっとナチュラルに心の中を読んで来たな…。モノローグめいた地の文を拾うのはなかなかに驚くので辞めて欲しい。

 ってか佐奈サナさんと言い、僕の近隣に生息している女子は全般的にやば過ぎだろ。能力値が高すぎて軽く超常現象ミュータントに入ってない?

これが眩く輝く女子力って奴か……。


 本当に読心されているとしたら上手くないので、この辺りで思考を中断し、話の傾聴に意識を向けた。


「姉は三ヶ月間孤独でした。絡んでくるのは下心丸出しの男子と色恋それに伴う同性のやっかみ多めの低評価。まあ姉も姉ですのでその後打ち解ける事も無く、孤独の観測者として共学の雰囲気を遠巻きに眺めていたそうです」


 孤独の観測者…。

 上っ面の響きは大変かっこいいが、その実名前程いいモノでない事は明らかで。何よりも新山ニイヤマ彩夏アヤカの現状がを静かながも、誰よりも雄弁に物語っている。黙した態度の裏腹で声高に叫んでいる。


「輪の外から内側を眺める姉はある時、同じ様にコミニュティの外にいる存在に気付きます。凄い男前とギターを抱えた程々の男前がいる事を発見しました」

「いやさあ、程々の男前って…」


 いや、いいんだよ?

 そりゃあ俳優顔負けのルックスとスタイルを持つ完全無欠の幼馴染に比べれば外見や内面において僕が劣っているのは確定的に明らかな現実だし、まあちょっと周りから浮いていたのも間違い無く僕の青春なんだけど。でもさぁ…。


 現実と難易度に対して不満に暮れる僕に構わずに彼女は更なる発言を重ねる。


「常にコミュニティの中心にいた私には想像すらまともに出来ませんが、貴方ならばその時の姉の気持ちが少なからず推し量れるのでは無いですか?」


 縁遠い――過去から現在まで連なるリア充とか陽キャにカテゴライズされる勇者のみが持つ、傲慢で煽る感じの物言いに今更腹を立てても仕方が無いので――僕とは程遠い気苦労と栄光を舐めてきたはずの彼女の言葉に従って。かつてニアミスして通り過ぎて気付かなかった孤独な少女の気持ちを想像する。


 自分と同じ様に輪から外れた存在があって、そいつらは結構楽しそうにやっている。果て無い嫉妬の後に凄まじい羨望。そして安堵。自分も案外大丈夫なのでは無いかと軽く楽観。

 隣にいつも理解者で賛同者、オマケに協力者の役すら背負って立つ悠一ユーイチがいた僕には完全には合致しにくいが、間抜けながらも結構楽しそうな奴らを見ることで存外救われた気分になるんじゃないか?


「貴方がどうイメージしたかは聞きませんが、姉にとって貴方達の存在は非常に勇気付けられる何かであったそうです。そんなに大したものではなくとも、何となく目で追って、自分もいつかはあんな風にと元気付けてくれる存在だったそうです」


 やるじゃないか当時の僕!

 無意識で誰かのポジティブの素になるなんてなかなか出来ることじゃないからなと自画自賛。なんとも悲しいなぁ。


「そして、姉は女の社会に戻ったのです。深い傷と二人の存在を淡い思い出として胸に秘めて、闘いの日々に逆戻りです」


 ここで彩乃さんのスマホがバックの中で振動。

 彼女は「失礼」と述べて取り出した画面を確認して、そのまま鞄に戻した。


「遠慮しなくていいよ? 何かしらの連絡だったんだろ?」


 これは僕の本心。

 どうせ暫くは何も手に付かない上に元々フラフラしている身の上だ。返事をする時間位は誤差みたいなものだから。


「いえ、緊急性の無いものでしたし問題ありません。お気遣いどうも」


 これが彼女の本心かどうかは分からない。


 仕切り直しの合図とばかり短い咳払いを零してから女子大生は話始めた。


「さて、こうして姉は再び闘争剣戟の荒んだ世界に身を浸す事になりました。友達がいない代わりなのか、不器用な人間性でもそれなりに上手くやっていった姉ですが――大学生の頃に一度と言わず定期的に――流石にちょっと、ヤバい精神状態に陥りました」


 いや待て、闘争剣戟の荒んだ世界に身を置く女子大生がヤバいと思う状況って何だよ? 無理筋の理不尽な参勤交代か? もっと近代的で大規模な感じで冷戦状態の核戦争の危機か?

 常軌を逸した比喩を受けて果てしない夢想に耽る僕。その内に空想に身を浸す僕の気を最大限に引く単語が現役女子大生の口から発された。


「そしてその頃です。デビュー間もない『ハンマーヘッズ』に疲弊した姉が出会ったのは…」


 またしても僕の知らない所で彼女が僕を見つけたらしい。

 そう考えると人生って凄く数奇だけど、その果てに僕は失恋した訳で。

 それらの因果がどれほどなのかは知る所では無いけど、人生に分岐はそんなに要らない気もする。


 雪が強く降り始めた窓の外にぼんやり視線を向けて、自分勝手にそう結論付けた。

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