#17 Tiny Soul(小さな心)

 男同士の嫌に長い――の間に――なかなか恥ずかしい対話を終えた僕達。


 そんな感じに何処か遅れ馳せた青春めいた、実にこっ恥ずかしい青春活動後の幼馴染二人を待ち受けていたのは謎のどんちゃん騒ぎ。

 なんだこの大狂乱で偏差値ゼロを下回るみたいな騒ぎ様、四年に一度のW杯予選を巻き込んだ渋谷のスクランブルなの? ポリスがDJになったりすんの?


「なになに、盛り上がってんね。ねぇねぇ仲間に入れてよ何の話?」


 未知なる境遇に立ちすくみ、遭遇した故に状況判断に努める僕を置き去りにして、社交性抜群の悠一は自然にそう切り込みながら空いている席に適当に腰掛ける。


 マジかと動揺し、有するコミュ力に一抹どころか万全の不安を抱える僕も同様に、彼に習う様に目についた近場の所に着席しようと思ったのだが――、


「あ、アラタくん遅い~。ホラ、こっちこっち!」


 僕の曖昧で漠然とした他人ありきの進路は、経験値稼ぎに専ら最適と目されることでお馴染みの美人DJのアルトな声に進路と退路を遮られ、その進退を絶望的に絶たれたりもした。


 その際にラブ師匠をすかさずに一瞥、こくりと頷いた。

 これはなかなか想定外で予想外にいきなりだけど頑張るしか無いのかな?


「随分長かったね。ナニしてたの?」


 奇しくも再び隣に座ることになってしまったし、相変わらずの質問攻めも当たり前に継続されるのだろう。

 あーもう、人生は思い通りは行かないし、諦めが肝心だと言っていたのは一体何処の誰だったか…。

 誰が言ったにせよ、クソ食らえで唾棄すべき信念かんがえで吐き捨てる程に素敵な名言ことばだね。


 そんな下劣な想いを抱えた僕は近くにいた店員さんに先程と同じ飲み物をオーダー。そして男としてのスキル上げに努める。


「ええ、まあ。少しばかり河原と厠で殴り合いをね」

「なにそれ意味分かんな~い」


 ケラケラ笑う佐奈さんに限りなく同意し曖昧に笑みを流す。

 なんなら僕自身としても何言ってんだかイマイチ分かりかねる所存であるが故のしょっぱい処世術。


「それで何の話題で盛り上がってたんですか?」


 迅速に届けられた琥珀の入ったグラスを口下に持っていきながらの質問。或いは露骨な話題変換。インド人を右に曲がるような唐突な言葉。


 僕を弾き出した後の外界は、どうやら大変な盛況ぶりを見せたようだったし、さぞかしドッカンドッカン面白い話題だったのだろう。

 

 受注を貰った佐奈さんは気持ち顔を綻ばせながら解答提示。


「どうして宮元新青年はモテないのだろうって話」

「ぶうううううううううううううう」


 折角デリバリーされたばかりのバーボンを全て吐き出し、吹き出した。

 え? なんだって?


「だから、アラタくんはどうして女性と縁遠いんだろうかって各々が意見を出し合ってたの」


 あれだ。最近良く思うのが、世界って僕に対してだけ辛辣すぎない? 切り取られた代償の割に獲得出来る見返りが皆無過ぎるでしょう?


 ってか放っておけよ! 余計なお世話の有難迷惑極まりない。


 帰ろうかなという考えが過ぎったのは、この数時間でもう何度目だ? いい加減そろそろそれも許される気がしてくる。


 が、乙女学の修行中の身として退却は死を意味する。いやしないな。盛り過ぎだし、言い過ぎだろ。


 しかしまあ、女心の履修者かつ恋愛初心者としてはこの地獄を後学に活かすべきなのだろうと、間違った形で奮起した。


「…でっ、で。ですね。ち、ちなみに…参考までに! 佐奈さん的には…その。所謂あれは、ど…どうしてだと思います?」


 結果、典型的なテンプレ童貞野郎の物言いになってしまった。


 ついさっきまでは普通に喋れていたのに、意識しだすと途端にこのザマだよ。これが所謂一つのイップスだろうか?


 もう僕は一生ステージの中で歌っていればイイのかもしれない。

 そうすればそれなりに物怖じせずに、軽快に会話できる――って、あれ? 一生ステージで歌うって滅茶苦茶難易度高くない? 望んだって出来ない人ばかりじゃないか。それに比べれば女性との会話なんてピースオブケークだぜ!


「え? なんだって?」


 真に口惜しいことに、僕の決意や熱意は通じていない様で、難聴系主人公の様な言葉を返された。大丈夫、悪いのは僕であって、彼女を恨むのは筋違いだ。


 気を取り直してもう一度。


「その、僕がモテない理由って率直に何だと思います?」


 お、発言内容はともかく、喋り様としては中々の上達ぶりじゃないか? キョドり方が少ない気がするね。内容はともかく!


 僕の発した笑える質問に対して彼女は、「え~どうだろう」と可愛らしくはぐらかしながら小首を傾げた。

 その後に自身の唇を舌で妖しく濡らし、捕食者の色気を明確に宿した大きな瞳で僕を深淵へと誘う。


「私は結構好みだよ? 君みたいに可愛い顔のコ。それにお姉さん的には賢い様で不器用な才気あふれる年下のオトコノコは大好物」


 あ、これはマジでヤバいな。空気がしっとりと硬さを帯びてきた。これは完全に喰われて純血を散らすパターンだわ。

 初めてなので優しくしてくださいと必死に懇願しても無碍にされ無視されること請け合い。


 自身の貞操を守る為に軌道を変えなければと、童貞青年は矛盾に満ちた感情の中で反証する。


「確かに僕は不器用ですけど、賢くないし。可愛くもない。そもそも溢れるどころか自身の才能だって―――」


 そんな曖昧で不確かな捻じ曲げられた自己分析に裏打ちされた幻影なんてさ、


「僕は自身に秘められた才能だとか感覚だとか。言い方は色々とあるけれど、僕自身は『それ』をですよ」



 僕の発した本音が作成したのは最悪の空気。

 栄光の打ち上げに落とした失言の爆弾。

 天狗であるべく祭り上げられた狸の神言。


 だが、僕としては雰囲気の重量より、その言葉が余りにも自然に出てきた事に驚き、慄いた。


 事実として空気は凍ったが、それ以上に自分の中では後悔よりも驚愕が強い。


 しかし、発言者の真意とは無関係に重たい空気がゆるりと停滞。

 大変申し訳無く思うが、覆水は決して盆に還らないのと同様に顕現した発言は取り消し出来ない。


 つまり僕としては八方塞がり。他者に身を任せることにする。いえーい。最低だぜ!


「思えばというか、言われてみれば。確かに結構謎なとこあるよな」


 空気の読めないボーカルをフォローする意図を多分に含んだ声が何処かから広がる。その源泉は見知った『アテナ』のスタッフ。

 流石バンドマンのフォローはお手の物である。偏屈で変わり者ばかりで大変でしょう? ご迷惑おかけします。


「悠一程じゃないにせよ、それなりに整った外見なのになんでだろう」


 ビールを一口挟んで続けた蛇足めいた口撃が的確に僕を傷付ける。


 っていうか、外見を褒められた経験なんて殆ど無いし、お世辞の類だ。分かっているし、知っているさ。ちくしょう。


「じゃあ運動とか勉強はどうだったの?」


 と別の人間から追加のフォローが入った。


 しかし、残念ながらその話題を広げられるほどの実績が無いのだよ僕には。


 だって運動も勉強も可もなく不可もなしって感じの学生時代。

 テストで赤点取ったり、体育の授業で脚を引っ張りはしない程度の実力しか持ち合わせていない。


「な、なら! 芸術家アーティストらしく、美術とか工作とか! そういう方面に秀でたりとかは?」


 またもや返答に詰まる僕。

 学生時代を振り返れば、その理由は明らかで。


 工作的なアレは電動ドライバーでカラーボックスを組み立てるのが限界で、美術面に関して言えば――まあヘタクソでは無いだろうが、現代に蘇ったミケランジェロには間違っても成れないだろうし、将来のバンクシーとも未来永劫絶対に呼ばれることはないだろう。 


 それを察して、再度凍りそうになる打ち上げの席。

 僕がモテない上に能無しだからこうなったのだろうか? いやいや流石にそれは謂れがないでしょ?


「でも歌ってる時は中々活かしてるよな? メジャーから声が掛かるだけあって、当然歌うまいし、英語の発音綺麗だし」


 え?本当? 嬉しい。


 僕が抱いた束の間の喜びは本当に束の間の出来事であって。シャボンの様に儚く弾けた。


「俺があ、思うにアラタには覇気がねぇ。婉曲…ばかりでがつがつした気持ちが無えと思わあ」


 若干呂律が怪しいヤッさんからの冷水で掻き消えた瞬き程の幸福は更にダメージを受ける。


 というのも、真司がその意見に同調し、載っかったからだ。


「ワカルワカル。俺もそう思う。アラタの人間性と生まれる曲にはもっと過激な感じが必要だわ。知識階級ブラーを気取りやがって、男なら反体制派ピストルズだろ! なあ潤! お前はど――っていねぇし!」


 それこそ煙のように姿を消したミニマリスト。さっきまでその辺でお猪口を傾けていたのに、トイレだろうか?


 じゃあもう最も身近な奴に質問だ。

 肩を鬱陶しい感じに組みながら真司は問う。


「なあ悠一。お前はどう思う?」


 とんだ絡み酒となってはいるが、色男は動じない。

 ゆっくりマイペースに、焦ることなく熱燗を注ぎ、煙草の苦い煙をくゆらせながら悠々とした態度で宮元新を評する。


「そうだな。問題はアラタには無いでしょ。俺的はアラタの魅力に気付かない女の方に問題が有って、見る目が無いと思うぜ?」


 幼馴染の発言を受けて何故か、きゃいきゃいヒソヒソと湧く女性陣と怨嗟に滲んだ感嘆の声を上げる男衆。


 渦中の真っ只中に巻き込まれて、渦中を巻き込んだ僕はと言えば、余りある羞恥の余りに接した恥ずかしさに、声も出さずに矢のように逃げ出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る