第43話 愛されるってつらい
*43*
(マコがカフェオレを噴き出して台無しにしたけれど、蓼丸の厄介な部分を見た気がする)
「以上、解散! それでは当日、部長会は早朝より行いますので、各部部長は集合願います」
先生が立ち上がって蓼丸は席についた。養護の常駐、監督の常駐、グラウンドの振り分けなどが行われて、事前説明会は終わる。
「桃原、俺、生徒会でまとめがあるから」ときりっと手を挙げた蓼丸に手を振り振りした。
「うん、あたし、バレー部のほうに行くの。合宿説明会が終わったら、お仕事をくれたバレー部に顔を出してって言われてて」
――ちょこっと青春。体育館に急ぎながら、蓼丸のことばかりを想い描いた。やはり生徒会姿を観ると憧れの天秤は蓼丸のほうに傾くから。
〝どんなに好きでも〟
(いざとなるとああいう台詞、さらりと言っちゃうんだもんなぁ……さすが、スウェーデン眼帯王子。恥ずかしくないのかな。でも、ああん、かっこいーよ。うん)
両手で頬を押さえているうちに体育館。熱を籠もらせた手をぱっと開いた。
「おはようございまーす」とバレー部の先輩たちに挨拶をして、ネット傍のチーフマネージャーたちに近づいた。
「あ、聞いてるよ。助っ人さんでしょ。ええと、じゃあ、試合記録、やってみよっか」
「はい」とボードを受け取って、試合を始めた男子バレー部のほうに視線を向ける。
――みんな、楽しそう。
「今日は分からないだろうから、見ててね。右側だけを書くの。まずは審判と副審判がいて、ラインアップシートというんだけどね。選手番号が書かれてあるでしょ。その上にⅠ~Ⅵが書かれてあるの、わかるかな、この順に書いていくと、まずはグループをコインで決めるの」
先輩はぱっと一枚を捲って、記録を見せてくれた。
「結果がこう。コイントスの結果、「天」チームが記録席から見て左側のAチーム、「地」チームが記録席から見て右側のBチーム。そして「天」チームがサーブ権を獲った。副審から受けとったラインアップシートからサーブ順も書き終えたところで」
ふんふん、と低い背を揺らしていると、「桃―」と雫が見つけてくれて、手放しの笑顔になった。
「あれ? 試合記録教わってんの? 難しくない?」
「あ、雫! これ、こんな感じでいいの? ねえ、バレー部の雑用って楽しいね」
合宿まで一週間。萌美はバレーに詳しくなった。ひとつまた、自信がついた。
(こうやって自信をたくさん詰めて行ったら、蓼丸とも普通にキスできるかな。キスとか、ハグとか、気持ち良く心に染みるのかな)
いつも蓼丸と一緒にいるのに、いまいち心に入り込んでこないのは、常に他所の事項に心奪われているから。
――好き過ぎて困る、なんて映画だけだと思っていたけれど、好きも抑えないと、見えなくなる。いっつも寝る前に思い出そうとしてもキスがどうだったかが浮かんで来ない。ただ、びくびくしていたことは、覚えていて……もっと心を暖かくしたいのに。
***
「あたしって、子供かなぁ」隣で自転車を転がしていた涼風に窺うと、涼風はうんと頷いた。三年生が生徒会に来ないので、会長捕獲しか能がない(言い過ぎ?)涼風は仕事がないらしく、蓼丸に「桃原を送ってやりなよ」と追い出されている。
「子供だから、蓼丸は「自然享受権」なんて言い出すんだろ。もうちょい、ぼん・きゅぼんにならないの? バニーガール似合うと思うんだけどなー おしりフリフリしてさ」
ばすっ! 振り回した鞄で制裁。幼なじみ同士。幼稚園からの腐れ縁の前には容赦なし。
(でも、「お嫁さんにしたげるよ!」とかあたし言ったよな……。今考えるとハチャメチャすぎ。そんな台詞の残り香が、きっと「あたしを蓼丸のカレにしてください」……)
あ、頭痛い。考えるを止めた。
「蓼丸が心配して零してたんだけど」
涼風は自転車をキッと止めた。
「ばあちゃん、先どうぞ」
「ありがとねえ」とおばあちゃんがよたよたとゆっくり目の前をしわしわの口元をほころばせて歩いて行く。
渡り切ると、涼風と萌美もゆっくりと歩き出し、信号の点滅に慌てて走りきった。
「運動部と芸術部の諍いは、どうしようもないんだって。今年は秋が篠笹体育祭だから、すると、運動部がハバを訊かせることになる。しかも、芸術部はボイコットすら出来ず、嫌々参加せざるを得なくて。でも、怪我が嫌いな連中だから、気づくといない、とか。一方で運動部はここぞとばかりに張り切って大喧嘩で凄いことになるんだって。蓼丸さん、篠笹体育祭、観に来たらしい。凄いよな」
「敏腕生徒会長でしたからね。えっへん」
「おまえがいばってどーすんだ」と言われて、むすっと頬を膨らませた。
「で、あの近江先輩と駿河さんの激突だ。合宿で一悶着起こりそうだって。二条もいるし」
――うわ。出た。迷惑なチェシャ猫カメラ小僧!
「ブンヤだからな。二条も報道部に入りたくて躍起になってる」
「廃部じゃん。神部先輩のせいでしょ」
「俺思うんだけど、なんであんなに蓼丸さん、報道部にカメラ付け狙われてんだ? ただ、眼帯外すと面白いってだけじゃない気がするんだよ。和泉の事件かな」
「どうだろう……つばにゃんに聞いてみたいけど」
二人で顔を見あわせて、和泉椿を思い浮かべる。アンドロイド姫・ツンデレ王女。大層な気の強さと口の悪さに適うだろうか。まして頭が良い理系クラスの親玉で。
(余計なことすんな、やまんば! 赤点の歴史は消えないけどね……とか言われそう)
涼風との岐路の橋が見えて来た。涼風は自転車に跨がると、「夜更かしすんなよ」と手を挙げて、そこで初めて自宅近くに帰り着いていた事実に気づいた。
「うん、送ってくれてありがとね。マコ。また明日」
「お、おう、またなっ」と鼻の下を手首で擦って、涼風は嬉しそうに頬を赤くする。
――判りやすく喜ぶな、ばか。あたしみたいだ。
(涼風があたしを追いかけて来たのは分かってる。でも……)
『ありがとねえ』おばあちゃんの笑顔が瞼の後ろに浮かんだ。涼風は優しいけど、おでこのぷっくりを潰したり、キスの先手を打ったりする。選べないのも、まっしぐらだから。
夢を語った涼風の横顔は、誰より凛々しかったの……。
「頬染めちゃって、なにさ……」
(あんたのせいで、蓼丸とも微妙になっちゃった)
かと言って、どうしようもないんだって分かっている。蓼丸がいくら「彼女」と言っても、萌美は緊張で一歩も進めていない。
まして涼風がグイグイ心に入って来る。バッシャーンとシンバルは鳴らないけど、ギロのギーチョッチョ、くらいの音はさせはじめている。
(……愛されるってつらいな)ここだけの思いで、俯いて玄関を開けた。たまには、落ち込んだほうがいいのかも……。
落ち込んだ萌美にふわんとしたバターの香りと、ホワイトソースの旨味の匂いが押し寄せた。
「おかえりー」とふわんとした香りに靴を脱ぎ捨てた。
「ただいま! きのこのシチューだ! 食べたい!」
(ほら、……もう忘れた。我ながら、悩めない性格!)と思いつつ鞄を開けて、駿河から貰ったチケットを見つける。
ずっと入れっぱなし。期日は夏休みの終わり。「お詫びだって!」本当は蓼丸を誘いたいけれど、絶対に緊張する。三枚並べて、「ウーン」と唸った。合間に〝お、おう、またなっ〟嬉しそうだったマコが割り込む。
「……しゃーない。自然享受権、自然享受権っと」
合宿まであと五日。萌美は手を洗って制服からルームウエアに着替えると、食卓でぱんっと手を合わせた。ほかほかのシチューを制覇するべくスプーンを掴んでハタと気づく。母親に合宿の話をしていなかった。
「ママ、あのね……夏休みなんだけど」萌美は顔を上げた――。
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