第135話 闘技場で戦うことになった

――半年後

 ベリサリウスからエリスとの婚儀の話を聞いてからもう半年が過ぎた。

 エルラインには言葉の魔方陣を誰が描いたのかを伝えたが、英雄と元より予想していたので大して響いた様子は無かった。


 辺境伯とラヴェンナの交易も形になってきており、辺境伯付きの商人を迎え入れる為に専用の館を建てた。

 こちらは木製で、辺境伯領の大工が腕によりをかけて建築し、半年近くかかってようやく完成する。見た目は、白い漆喰と赤煉瓦を使った南欧風の洋館ってところかな。

 白い漆喰は見た目が良いのでローマでも家用に量をつくりはじめている。


 ローマは水道橋の建築を始めたものの、非常に難航している。ローマ風にアーチを多用したものにすべくティモタとライチが設計図を描いてくれたが、形にする技術力が不足していたんだ。

 これはカエサルに頼み、ジルコンの職人を多く呼び寄せて建築に当たってもらったが、サイズが大きいだけにまだ10メートル程建築が進行したに過ぎなかった。


 対照的に闘技場は粗方完成してしまっている。ローマ郊外に建てられた闘技場は地球のローマにある円形闘技場に比べると観客席が半分以下になるし、広さも三割以上は狭い。

 グランドを取り囲む観客席は二階建てで、高さがないぶん作りやすかったようだが……


 ここまで完成が早かったのにはもちろん理由がある。

 原因はカエサルだ。彼に闘技場建築の相談をすると物凄い乗り気で、相談した翌日の朝には既に闘技場建築を手伝う大工が五十名以上用意されていた……

 ベリサリウスやプロコピウスが生きた時代だと闘技場という見世物は廃れていたが、カエサルの時代は闘技場全盛期で彼もよく観戦したという。


 まあ、一言で言うと、カエサルの闘技場にかける思いは俺が風呂にかけた情熱と同じかそれ以上だということだ。


 ここまではいい。「ローマの闘技場が完成した! やったね」で済む。

 しかしだな、闘技場が出来たら使ってみたくなるのが人の常……明日から闘技場がさっそく使われ、カエサルと辺境伯ジェベルも来賓として招かれるのだ。


 出場者の中に俺が入っている……ベリサリウスが俺の許可無く出場メンバーに入れてしまったのだあ!

 彼は闘技場や水道橋の建築で頑張った俺へのご褒美のつもりで、気を利かせてわざわざ出場メンバーに入れたわけだが、望んでないから……観客になりたい……え? もちろん戦うのはプロコピウス(本物)ですよ。とても喜んでだけど彼は。


 まあプロコピウス(本物)が喜んでたってことは、ベリサリウスがご褒美に出場メンバーに入れたことも間違っちゃいないよな。ああ、憂鬱だ。


 これ本当に生きて帰れるのかってメンバーが揃ってるんだよな。

 ぺったんリベール、ジャムカ、ベリサリウス、ミネルバ……他にも辺境伯領の猛者達が……

 ベリサリウスとジャムカだけは勘弁してくれ。

 そうそうジャムカと言えば、約束通りローマに移住した。もっともジャムカだけではなく、彼を慕う部下が数十人付いてきたが……


 そんなわけで、魔の森の凶悪なモンスターといえどもローマに手を出せばベリサリウスとジャムカの夢のタッグが喜んで出撃して行く。頼りになるが、二人で取り合いするから怖いったらなんの。


 さて、今日の水道橋建築指導も終わり日が暮れそうなので自宅に戻るか……


 家は来客でいっぱいだった!

 エルラインにミネルバ、ティンにカチュアがリビングで寛いでいる。

 ま、まあ俺の家といえばこのメンバーなんだが。


 カエサルや辺境伯らもローマに既に到着しているが、彼らは来賓用の館に宿泊している。もちろん、別々の建物だけどね。

 と、話はそれたが全員揃うとリビングも人でいっぱいになるなあ。


「ピウスさん、キャッサバ酒でいい?」


 カチュアが既に注いでから聞いてくる。キャッサバの果実酒を水で割ったキャッサバ酒はローマの一般的な酒類でほんのり甘い味が人気になっている。

 この酒、カエサルがお気に入りでジルコンにも多量に輸出しているんだよ。


 キャッサバは最も育成が簡単な穀物類と言われるだけあって、植えているだけで雑草のように成長していく。

 生育環境も元から自生していただけに、何の気を払わずとも良いけど、最近はゴミになる鶏の卵の殻を耕作地に混ぜるくらいかな……やってることと言えば。


 ともあれ、酒にパンにとローマの食生活の根幹を支えるのがキャッサバである事は確かで、魔の森の他の街でも盛んに栽培されており、最近ではフランケルやジルコンでもキャッサバ粉が出回っているんだぜ。


「ありがとう。カチュア。いただくよ」


 俺はカチュアがテーブルに置いたキャッサバ酒の入った陶器のコップを掴むと一口、口に含む。うん。この味が落ち着く。俺もすっかりローマっ子だな。


「ピウス様! 明日は頑張って下さいね!」


 ティンが少し酔っているのかほんのり桜色に染まった頰のまま笑顔で俺を激励してくれる。

 が、頑張りたくないな。


「明日はピウスと我は戦いたい」


 ミネルバが会話に割り込んできた。ミネルバなら修練でプロコピウス(本物)が見てるからまだ安全だよな。


「ああ。俺もそれを願うよ」


 俺の言葉にミネルバは満面の笑みで「そうだろう。そうだろう」と呟く。


「明日は誰とやるのか決まったのかい?」


 エルラインは嫌らしい笑みを浮かべてたずねてくる。

 明日の対戦表がどうなっているのか俺には知らされてない。だから余計気持ちが落ち着かないんだよ。


「いや、まだ分からないんだ」


「ふうん。明日のお楽しみってやつかな。楽しみにしてるよ」


 エルラインはクスクスと子供っぽい笑い声をあげる。まさに悪魔の声ってこんなのを言うんだろうな。


「ピウス様。みなさん強い方ばかりですけど、明日の出場者だけで聖王国に勝てちゃったりしそうですよね!」


 興奮した様子でティンがまくし立てて来る。

 いや、どれだけ強かろうと個では軍には勝てないだろう。それは確実だ。

 ベリサリウスが何故畏れられたのか。個人武勇ではない。軍をいかに率いるのかこそ軍人にとって一番求められる能力なんだよ。

 この世界の人たちは地球に比べて、武勇の個人差が大きい。しかし、単独で巨大な龍を打倒する人間であっても集団には勝てない。


 スタミナ、武器の劣化、緊張感の持続など、連続して休む暇なくかかって来られるとどれほどの猛者とは言えいずれ倒れるだろう。

 ブリタニアでは例外が一人居るけどな……俺は例外に目を向けると彼は面白そうに俺に食いついてきた。


「どうしたんだい? ピウス? 難しい顔をして」


「ティンの言ったことを考えていたんだよ」


 そう、エルラインだけは違うだろう。彼は単独にして軍となる。無尽蔵の魔力に対抗しえない飛行能力に加え、瞬間移動で安全地帯に逃げ込み休むこともできる。

 消耗しない個体。個にして集を成す。


「君はどう思っているのかな?」


「いくら強い個人でも、集団には勝てないよ」


「奢らないところは君の美徳だね」


 エルラインは興味深そうにじっと俺を見つめて来る。


「でも、ブリタニアには例外がいる」


 続く俺の言葉にエルラインは目の色を変える。言葉通り、目の色が黒から赤に変わったんだよ!

 彼の目の色は赤の時も黒の時もある。自由に目の色を変えれるのかなあ。


「ふうん。君が僕をどう思ってるのか分かったよ」


「まあ、だからと言って俺の態度が変わることはないよ。いままで通り」


「わざわざ言わなくても分かるよ。君は人を気遣い過ぎる」


 エルラインは自分の事を言っていると分かったのだろう。しかし、たまにしかデレないから今のエルラインの照れた表情は格別だ。考えている事が読まれたのか、エルラインの表情がまた嫌らしい笑みに変わる。

 とても、とても嫌な予感がした俺は風呂に逃げ込んだのだった……

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