第104話 リッチの体
すがすがしい朝だ。朝日が眩しいぜ。隣にはすやすやと寝息を立てている全裸のミネルバ。もう一度言う。全裸のミネルバ。おっぱいが俺の腕に当たっている全裸のミネルバ。
彼女は普段凛とした感じの女性なのだが、寝ていると少し可愛らしく見える。余りに気持ち良さそうに寝ているから、つい悪戯がしたくなり彼女の頬っぺたをツンツン指先でつついてみると、「んん」と彼女から悩ましい声が出る。
いや、きっとそんな声じゃないんだろうけど、俺の気持ちがそう聞こえさせるのだ……これは本格的にヤバいな。
もういっそのこと……俺はミネルバの唇をじっと見つめ、彼女に顔をよせ……
<やあ。ピウス。そろそろ起きたかな?>
このタイミングでかよ! エルラインめ。見ていたんじゃないだろうな。あの鏡に俺の部屋が映っていたっけ? 大量に鏡があったからあるかどうかは分からない。しかし、奴の事だ。きっと俺の部屋にも仕掛けをしていると思うんだ。
<ん。お楽しみ中だったかな?>
ぬがあ! うるせえ!
俺はエルラインの表情を想像すると、途端に興が冷め、寝床から起き上がる。
自室から居間へ移動すると、既にエルラインが来ていた。やっぱり見てたんじゃねえか! 悶々が倍化するが、ミネルバと二人きりになるのは良くない。カチュアかティンが毎日来るから彼女達も寝床に誘おう。
それなら、俺の自制は効くからな……
「おはよう。エル」
「やあ。お楽しみは終わったのかい?」
「……見てた?」
「見てないよ。君のにやけた顔なんてね」
「見てたんじゃねええかあああ」
「適当に言っただけだよ。にやけた顔してたんだ」
「うおおおお」
遊ばれている。ちくしょう。何か反撃できないものか?
「そういえば、エルにはムラムラとかないの?」
「そうだね。僕は既に生き物ではないからね。ムラムラして欲しいの?」
「いや。そんなわけじゃあ」
「君は男にも興味があるのかい?」
「いやいやいや。そんなことはない!」
「ふうん。それとも死者がいいのかな」
「死者?」
死者がいいってどこから出てきたんだよ。ん。エルラインはリッチとか言っていたな。リッチって俺のファンタジー知識だと不死者とかアンデッドとか言われてるけど、エルラインもそうなんだろうか?
「死者とは少し違うけど。僕はそれに似た者だよ」
エルラインは自身の青白い顔に触れ、眼を赤く光らせる。こうして見ると、確かに人を逸脱しているよな。既に怖いとか全く思わないけど。
「俺はノーマルだから。そういう心配はしなくていいんだよ!」
「まあ。そういう事にしておこうか」
さて、エルラインと冗談を言い合っていても仕方がないから切り上げねば。いや、これ以上ダメージを受けたくないとかそんなわけではない。だって、ここ最近彼とは毎日会ってるからね。
彼は約束通り、ずっと転移魔法で俺の移動を助けてくれている。ものすごく律儀な奴なんだけど、このいじりたい体質はもう少し何とかならないもんかね。
「エル。今日はまたフランケルの冒険者の宿に行くから頼むよ」
「目をつけた娘でもいたのかい?」
「いや……何をしに行くか知ってるだろー!」
「冗談だって。君は朝から元気だね」
◇◇◇◇◇
エルラインの転移魔法でフランケルの街へとやって来た。今日は冒険者の宿で依頼をまとめている店主に会う予定なんだ。要件は傭兵について。
リベールはドラゴンバスター戦士団と名乗っていた。彼女達はモンスターを専門に狩る冒険者達の集団だけど、戦士団の中には傭兵をやっている集団もいるらしい。
ベリサリウスから傭兵がどれくらい雇えるのか調査してくれと依頼されている。移動距離の問題もあるし、フランケルくらいしか当てがないってのもあれだけど……
ベリサリウスは雇えなくても問題無いと言ってはいるが、備えあれば憂いなしだよ。使えるものは使わないとってのが俺の考えだ。
レンガ造りの冒険者の宿には二階部分があり、店主と会談をする場合には二階部分の専用の部屋で行うことになっている。俺とエルラインが冒険者の宿へ訪れると受付の若い女性が二階へ案内してくれて、部屋へ通された。
部屋に入ると、木製の良く磨かれたテーブルと椅子が備え付けてあり、店主が立ち上がって俺達を迎えてくれた。
「ピウスさん。いつもありがとうございます」
「こちらこそ。ラヴェンナにも支店を出していただいてありがとうございます」
「いえいえ。お礼を言うのはこっちですよ。ラヴェンナ支店は冒険者達にとても好評でしてね」
「そうなんですか」
「ええ。魔の森には薬草類も多く、これまで採取も野営が必要でして冒険者達にとってもタフな仕事だったんですよ。今ならラヴェンナで宿泊も依頼受け付けもできますからね」
「それは良かったです。行商人の方も移住者の方もたくさん来ていただいて助かってます」
「前置きが長くなってしまいましたね。冒険者の宿としても、戦士団の斡旋は積極的に行っていこうと思ってます」
「ありがとうございます!」
店主は俺に一枚の羊皮紙を見せてくれる。羊皮紙には三つの戦士団の名称とリーダーの名前、戦士団の規模が記載されていた。
「これは?」
「少ないですが、今すぐに要請可能な傭兵を専門に行っている戦士団のリストです。依頼いただければすぐに動けます」
「料金の記載がありませんが、いかほどになりますか?」
「料金は期間と人数と戦う相手によって決まります。戦士団のリーダーと直接交渉になります。依頼していただければリーダーの呼び出しだけでも問題ありませんので、申し付けてください」
「なるほど。そういうことでしたら、このリストにあるどなたかを呼んでいただけませんか?」
料金の目安を知っておかねば、どれだけ雇えるのかも分からないからなあ。この一年でかなりの金銭はため込んでいるから、資金不足にはならないと思うけど。
「了解しました。二日後にこちらへ来ていただけますか?」
「ありがとうございます。助かります」
「いえいえ。私個人としては、ピウスさん達に頑張っていただきたいんですよ」
「協力感謝いたします」
俺は立ち上がり、店主に一礼すると部屋を出る。冒険者の宿の店主もそうだが、フランケルの街の商店はみんな俺達に好意的なんだ。辺境伯の下に入るとそんなに税で持っていかれるのだろうか……
せっかくの儲け口を失いたくないって思いから、これだけ協力的になってくれてるんだろうけど。俺達が勝つってことは、最悪の場合自分たちの街――フランケルが辺境伯領ごと魔の森の領土になるかもしれないとか考えないんだろうか……
いや、実際にそうなることは無いんだけどさ。俺達には辺境伯領全てを抑えるだけの人員が居ないからね。辺境伯の兵を追い返すまではやるが、それ以上の追撃となると難しいよなあ。
辺境伯が一度敗れても、再度侵攻の構えを見せるようならば、辺境伯自体を潰してしまう必要があるだろうけど、そうなると今度は聖王国自体が出て来る可能性が高くなる。
聖王国全体との戦争はさすがに規模が違い過ぎて、いくらベリサリウスといえども容易に勝利できるとは思えない。負ける姿も想像できないのが、ベリサリウスの恐ろしいところだけど。
聖王国の王都には聖教騎士団の本部もあるらしい。きっとそこに英雄召喚を行った元凶がいるはずだ。元凶かその周辺が龍に「声」の魔法を飛ばしてきた可能性が非常に高い。
元凶を放置していたら、また「声」を使ってこっちにちょっかいをかけてきそうだから、いずれ何とかしたいんだよなあ……
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