第102話 おっぱい
サイコロから出た音声はとても、とても脱力するものだった……
<俺はおっぱいが揉みたい!>
思わずこけてしまった……それも床に派手な音を立ててだ。俺が床に転がったことで埃が舞い上がる。
「どうしたんだい? ピウス?」
「どうしたもこうしたも。何だよ。このセリフは!」
「え? 言葉が分かるのかい?」
「うん。しゃべってたけど。その音声」
「この音声はね。魔術の影響を受けないんだよ。何故かは分からないけどね」
エルラインは肩を竦め、俺の方をじっと見つめる。言いたいことは分かる。魔術で「翻訳」されてないのに、何故俺がその言葉を分かったのかって問い詰めたいんだよな。
うん。その音声はたぶん。
「エル。もう一度。音を出してくれないか」
「いいよ」
エルラインは銀のサイコロに手を触れると、また音声が出て来る。
<俺はおっぱいが揉みたい! それも巨乳がいい!>
続きがあったのかよ! 本当にくだらない。こんなことを残すためにどんだけ手間と技術を浪費してんだよ!
「これは、俺の故郷にある言語だよ。だから分かるんだ」
「へえ。君の国の言葉か。過去の英雄かな」
「どうだろう……そう考えるのが自然だけど。くだらない内容ってことは確かだよ」
「何って言ってるの?」
「おっぱい揉みたいって言ってる……」
「……」
エルラインと俺は顔を見合わせてため息をつく。続いてエルラインは机の上に乗っている大量のサイコロに目をやるが、肩を竦める。
銀のサイコロはざっと見ただけでも五十個以上あるが、全部おっぱいだったら俺はそのサイコロを粉みじんにする自信があるぞ。この映像主ならおっぱいの画像もありそうだよな。
「エル。ここにあるサイコロの映像は全部見たの?」
「うん。他にも読めない文字もあるね。サイコロによく似た物体なんだけど、文字が浮き出て来るんだよ」
「まさか全部おっぱいじゃないだろうな……」
「一つ見せようか」
エルラインは棚から文庫ほどのサイズがある薄い銀色の板を取り出すと、俺に手渡す。見た感じ、地球にあったタブレットくらいのサイズだけど。持った感じもそれに近い。
「手を触れて縦に指でなぞると、光るよ」
「おお。やってみよう」
俺はエルラインに言われた通り、板に指を当て上から下へ指を這わす。すると、板が光り、銀色が液晶ディスプレイのように変化する。
中央に縦書で文字が、これフリックするとページが切り替わりそうだな。俺が知っている電子書籍を読む端末に似ている。
ええと、何々。
――人は何故おっぱいで戦争をするのか
「エル……もういいやこれ。返すよ……」
本のタイトルなんだろうけど、続きを読む気力が起こらない……本というのはな。タイトルが大事なんだよ。こんなふざけたタイトルで続きを読もうなんて思わねえよ!
「書いてあることが分かったのかい?」
「うん。でも聞かない方がいいと思う……」
「だいたい想像つくんだけど。何だい?」
「どうやら、これは本でタイトルが浮き出て来たんだけど、続きを読む気力がわかない……」
「まあ、言ってみてよ」
「人は何故おっぱいで戦争をするのかって書いてる」
「ほんとうにどうでもいいね。その書物にしてもサイコロにしても、未知の技術で作られているんだよ」
「それは分かるんだけど……こうもくだらないとさ……」
「言いたいことは分かるよ。時間があるときに全部見てくれないかな。お礼はするよ」
「お礼は要らないよ。いつも世話になってるから。俺も本は好きなんだ」
ブリタニアに来て以来、活字を全く読んでないから活字を読めるのは嬉しい。しかし……おっぱい戦争なんて読みたくねえよ! これだけ大量にあれば一つくらいましなのがあるだろ。
「いくつか持っていくかい? サイコロの操作方法も教えておくよ」
「いいのか? 貴重な物なんだろう? 俺はずっと持ち歩けるわけじゃないぞ」
「まあ。大丈夫と思うよ。場所は分かるようにしておくよ」
「ありがとう。それならいくつか預かるよ」
「内容を教えてね」
「くだらない内容だと思うけど。まあ、報告するよ」
「ありがとう」
エルラインはウキウキした様子で俺に銀色の板とサイコロを数個手渡してくる。レジ袋でもあれば持つのに苦労しないんだけど……
一度俺の自宅に帰り、エルラインから預かった銀色の板とサイコロを自室に置いてから、俺はエルラインに頼んでミネルバに連絡をしてもらう。
カエサルに会えるよう、ミネルバに彼の元にいる龍に連絡を取ってもらうためだ。
続いて、俺とエルラインはサマルカンドに転移魔術で移動する。
サマルカンドの街はこの一年で自然発生した街なんだが、日に日に賑わってきている。いつの間にか中央に広場が出来て、そこへ行商人が露店を開き、人が集まっている。
当初ジャムカの使いに休んでもらおうと思って建てたログハウスがあったが、同じようなログハウスが二十を越え、さらに宿屋や酒場まで立ち並んでいる。
人の往来も増えてきて、馬用の飼葉も多量に準備され販売している。騎馬民族の行商人もたくましいなあ。ローマの商品だと塩と織物が人気らしく、行商人から定期的にサマルカンドへ持ってきてくれと頼まれているんだ。
サマルカンドまで地上から行くと大変だから、輸送は専ら飛龍に頼っている。リザードマン達が飛龍に塩と織物を乗せてここまで運んでいるってわけだ。
飛龍は大人三人分まで乗せて飛ぶことができるから、輸送もお手の物。ほんと航空機って便利だよなあ。
俺はサマルカンドの宿屋に入ると、宿の主人へジャムカへ連絡をとってもらうよう依頼する。宿の主人が俺とジャムカの仲介役になっていてくれて、依頼を受けた主人はジャムカの使いの者へ連絡をとってくれて、ジャムカに伝わるってわけだ。
いつもならだいたい三日ほどでジャムカまで連絡が行くんだけど、今回はジャムカを呼び出すつもりだからどれくらいかかるのやら……併せて彼のいる場所を聞くように言っておくか。こちらから出向いたほうが早い場合もあるし、彼が手を離せない状況もあるから。
用向きが済んだ俺は、せっかくなのでサマルカンドの露店を物色し、ツボに入った乳酒を購入する。羊の乳から作った酒らしいけど、おいしいんだろうか……
他にはカラフルな絨毯が置いてあったから、それも購入しエルラインの魔術でローマへと帰還する。
もう日が暮れ始めていたから、今日の所はこれまでかなあ。明日はフランケルに出向き情報を収集しよう。
エルラインは明日の朝また来ると言い残して、転移魔術で消えていった。恐らく自宅に帰るんだろう……
その晩、風呂で至福の時間を過ごしながら、俺は銀色の板とサイコロについて考えていた。
あれは明らかにブリタニアで作れるようなものじゃない……あれは工業製品だろう。人の手ではどれだけ正確に切断し形を整えても寸分狂わず作り込むことは不可能だ。
しかし、あの板とサイコロはミリ単位で全く同じに作られている。
俺の知識から推測するに、サイコロはビデオカメラ。板は電子書籍。音声も映像も電子データとして保管されているんだと思う。翻訳魔術の仕組みが分からないんだけど、言葉にしても文字にしても「人の意思」が介在しているからこそ、受け手に分かる言葉として伝わるんじゃないかな。
電子データは「人の意思」が介在しないから、翻訳魔術の影響を受けないんじゃないだろうか……しかしどうやって作ったんだ……ブリタニアに機械類は一切存在しない。
一番高い技術力を持つ共和国でもせいぜい十六世紀の産業革命が起こる直前くらいだろう。作ったんじゃなく、「持ち込んだ」の方がしっくりするよな。
少なくとも、銀の板とサイコロにデータを入れた者はブリタニアの者じゃあない。英雄召喚された時に持っていたんだろうか……謎は深まるが、全ての映像と本を見れば分かるかもしれない。
おっぱいだらけだったらどうしよう……
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