第37話 セメントの準備
セメントの作成といったって、俺はもちろんこれまでやったことは無い。かじった知識ではあるけど、紀元前には既にセメントは作られていたから何とかなると思っているんだ。
「マッスルブ、まずその大型の金づちで石灰岩を細かく砕いてくれないか?」
「分かったブー」
大型の金づち――スレッジハンマーと言われる道具は岩を砕くのに適している。マッスルブの膂力で振り上げて振り下ろすと、見る見るうちに石灰岩が砕けていく。
相変わらずものすごいパワーだな。人間ではいくら鍛えてもここまでの力を出すことはできないだろう。
細かく砕いた石灰岩を集め、二つに分け木の容器に入れる。片方は石灰岩のみ。もう一つは粘土を砕いたものを混ぜた。
ここからは、小鬼の村民の出番だ。俺は二つの容器を小鬼の村民に見せると指示を出す。
「これを、炉にくべて燃やしてくれないか?」
「分かりました。鉄鉱石の炉で焼いてみましょう」
セメントの作成方法は覚えている限り、このうちどちらかだと思う。細かく砕いた石灰のみを燃やし石灰灰にして水と混ぜるか、粘土も入れて作るか。試してみないと分からないけど。
「マッスルブ、ライチさん、ありがとう」
ライチというのは小鬼の村民で、俺が何かする時には彼を頼れと村長の指示を受けている。実質俺の助手みたいなものだ。三十歳に届かないくらいの好青年で、黒い巻き毛に愛嬌のある顔をしている人というのが俺の印象だった。
俺はライチが容器を抱えて鍛冶小屋に向かうのを見送ると、マッスルブに向きなおる。
「マッスルブ。少し時間があるからキャッサバの粉でパンを作ろうか」
「おお。おいしそうブー」
「犬耳族のみんなも、気分転換にこれから夜までにパンを作ろうか」
「了解しました!」
犬耳族も新しい食べ物に興味深々といった様子。
さっそく俺達は昨日細かくすりおろしておいたキャッサバの入った袋がある場所まで移動する。今朝一度袋を絞り乾燥させていたんだけど、ちゃんと乾燥しているようだ。
袋や服を作る為の素材もきっと不足しているんだろうなあ。見たところ麻で袋は作られているから、近くに麻があると思う。これもいずれ栽培できればいいなあ。
羊かヤギが居れば、牧畜で毛を取ることもできる。人間が牛や鶏も含めて飼育しているかどうかの情報が欲しいな。
キャッサバのすりおろしが入った袋を開けてみると、見事に粉になっていた。これはいけそうだ。
「みんな、このキャッサバの粉を適量とって水を混ぜて捏ねてみてくれ。固まるはずだから」
俺の指示に従い、マッスルブと犬耳族でキャッサバ粉に水を混ぜ捏ねる。ちゃんと粉は固まり、次々に団子状の塊を作成していく俺達。
「しまった。パンを焼く窯が無いじゃないか!」
「あるブー。料理の為に粘土で作った窯があるブー」
「おお。さすがマッスルブ。食べ物の事となると詳しいな」
「じゃあ、焼きに行こうか!」
「おー」「おー」
大挙して料理用の窯へ押し寄せる俺達に料理担当の小鬼の村民が驚いていたが、料理と分かると俺に詳しく何をしたか聞いてきたので、作り方を教授しておいた。
といっても、水を混ぜて捏ねるだけなんだけど......ほんとはチーズを混ぜるんだが、乳製品は無いからなあ。
結局、料理当番が全て焼いてくれることになり、俺達は夜を楽しみに撤収することにした。
何故ならその頃にちょうどアスファルトが届いたので、見に行くことにしたからだ。
大きな正方形の木の容器に入ったアスファルトは、俺の想像する真っ黒で少し粘性がある地球のものと同じに見えた。
小さな容器にアスファルトを少し移し、砂利と砂をこれに混ぜてみる。
地面に穴を掘り、アスファルト混合溶液を流し込んでみると今日のところは作業は完了だ。後は固まるか、固まった場合には強度はどれほどのものか調査する。
「楽しみブー」
「そうだな」
マッスルブが興味深そうにじーっとアスファルト混合溶液を流し込んだ穴を見ている。犬耳族達も興味深々の様子だ。
「今日のところは作業を終えてくれて構わない。明日からは道具ももっと増えるから、道路予定地を膝の辺りの深さまでゆっくりでいいから掘っていってくれ」
「分かったブー」
「石灰岩が掘れると思うから、それはそれで集めておいてくれると助かる」
「もちろんブー。セメントがちゃんと出来ればいいねブー」
「そうだな。石灰の灰は明日には使えると思うから、その時に実験再開だ」
◇◇◇◇◇
その日の晩は、キャッサバ粉で作成したパンをローマのみんなで試食することになった。周囲にはティモタとティンが腰かけている。俺は二人に先ほど別れてからの様子を聞こうと思っていたから、二人を呼んだんだ。
「ティン、ティモタ。話は後だ。まず食べよう」
「はい!」「はい」
いつも元気よく返事するティンはさっそくパンを手に取り口に入れる。俺も同じようにパンを手に取る。
お、これは。フフと違い香ばしくて適度なもっちり感。ほのかな甘さがあるパンだな。
これはなかなかいけるんじゃないか?
と思い、ティンとティモタの様子を見てみると、ティンは満面の笑みで、ティモタは少し驚いた感じでパンを食べている。
「おいしいです!」
ティンは予想通りの感想を漏らす。
「変わったパンですね。甘味があっておいしいです」
どうやらティモタにも好評のようだ。
「これは、昨日食べたキャッサバを粉にしてパンにしたものなんだ」
「なるほど! とてもおいしいですよ。ピウス様!」
ティンは元気よく答え、ティモタは無言で頷いている。ティモタはキャッサバを加工するところ見てないから、要領を得ないだろうけど。
ただ、キャッサバのパンを気に入ってくれているようには見える。
「気に入ってくれてよかったよ。ティモタ。人間社会の事を都度聞いていきたいと思ってるんだが」
「私が知っていることなら答えます。ただ、冒険者とはいえ私もエルフですから......」
「人間社会には余り詳しくないか」
「はい。残念なことに」
「いや、でも。俺よりは詳しいだろうから問題ないさ」
俺がティモタに笑顔を見せると、彼は戸惑ったあと微笑みを返す。
「ここは本当に奇跡の集落ですね。魔族と人と亜人が一緒に生活をしています」
「魔族も亜人や人と変わらないさ。同じように知性や感情を持っている。人間社会が魔族って言ってるだけだよ」
「私もここに来て強くそう感じました。金づちで頭を叩かれた気分です」
「そう感じてくれたのなら、俺もよかったよ」
「この事実だけでも、私はここへ来た意味がありました」
グッと拳を握るティモタは若干興奮しているようで、僅かに頬が紅潮している。人間社会では魔族と教えられているようだが、何故一部の亜人を魔族と呼び排除していっているのか何かありそうだな。
「ティモタ。人間が育てている作物や家畜のことは分かるか?」
「どのように飼育したり育てているのかは分かりませんが、種類は大雑把ですが分かります」
「おお。それだけでも助かる。教えてくれないか?」
「はい。農産物は小麦、イモ類、根菜類です。家畜は鶏、羊、ヤギ、馬、牛ですね」
「素晴らしい。羊かヤギと鶏だけでも欲しいな」
「そうですね。ただ飼育ができないんではないですか?」
「うん、そこが問題だ。ヤギと鶏なら放牧してるだけでも何とかなりそうだけど」
「餌さえあれば、死ぬことはないと思いますが......どちらも非常に丈夫ですしね」
地球のヤギは離島などに放置されると、鬼のように数が増えて現地の生態系を壊してしまうほど盛況だ。鶏も同じく野生でも生存できる強さはある。鶏の場合は肉より卵だな。
日本ではおよそ誕生から二か月で卵を取れるようになる。鶏は成長の早さも魅力の一つなんだよなあ。最も、品種改良なんてないだろうから日本の鶏のようにはいかないだろうけど。
意外なことに、豚は飼育されていないらしい。豚の代わりにオークがいるのかな? 謎だ。
もう一つ、ティモタを今後どのように扱うかも考えておかないと。余り和を乱すようなタイプには見えないからどこでも馴染めそうなことは幸いだな......彼の希望としては俺の副官的な立場だろうけど。
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