前哨

 ボブ・ホークは青龍門から閉鎖型環境都市アーコロジーに侵入後、北側へと回り込み、そこから大仙楼を目指していた。


「ハッハー!」


 抵抗をこともなげに蹴散らし、悠々と歩を進める。それが暴君の権能と、頭が高い輩どもを踏みつけ傲岸不遜たる様は、なるほど絶対権力をもった王の姿に見えなくもない。


 小春日和を散策でもする長閑さで、弾丸を吐き出すアサルトライフルの反動を腕一本の力でねじ伏せながら、彼はえも言われぬ陶酔に浸っていた。


 反抗するアサルトライフルを力任せに抑え込むのは、生娘の必死の抵抗を愉しみつつ陵辱を与える感覚に似ている。

 暴れれば暴れるほどに黒い悦びが湧き上がり、それを屈服せしめる愉しみ。性的エクスタシーに加え、火薬が空気を焦がす匂いと飛び散る鮮血のあか

 心中で獣が狂い悶えんばかりに暴れ、ボブ・ホークは己の殺傷欲がままに弾丸を撒き散らす。心地よい反動と繁吹しぶくく血染めの暴風雨に、視界が白く焼けそうな多幸感は脳内麻薬が見せる桃源郷ガンナーズハイ


 ――ガチッ


「ぁん?」


 主の陵辱に抵抗を続けていた突撃カービン銃だったが遂に弾丸こと切れたのか、銃爪は頼りなくゆらりふわりと力を失っていた。トリガーハッピーと化していたボブは急速に醒めていく酩酊の興奮に、落胆のため息をついた。


 弾切れを悟った防弾甲冑ボディーアーマーを着込んだ白星軍バイシンジュンの警備兵が、今が勝機と見て押し寄せてくる。


だが、彼らの様子にボブ・ホークは我知らず、自ら祭壇に供される生贄の健気さに殺害の愉悦と、そして少々の憐憫の失笑を禁じ得なかった。どうやら、彼らは違う殺戮ショーもよおしを開いてくれるらしい。


「フフフ、ハッ」


 まずは手始め――。目に付いた警備兵の顔面目掛けて、用済みのカービン銃を叩きつける。


衝撃に耐えられなかった銃身と顔面がそれぞれのパーツを四散するも、残った者もそれを見届ける事なく、この世という舞台から退場していた。

 血風が渦となり、腥血仕立ての竜巻へと化す。臓器ごと人体を無造作に引き千切り、ボブ・ホークはケタケタ嗤い、殺戮の美酒に酔う。

 五指マニピュレーターを鉤爪にして掻くと呆気ないほど簡単に分断される人体。一瞬遅れて噴き出す血糊。


 人の身にありえぬ膂力は、彼が脳と脊髄を除くほぼ全ての身体を機化ハードブーステッドした総身義体者パーフェクトサイボーグである証左であった。

 一般的に脳と脊髄以外の生体器官オリジナルパーツの七〇%を交換すると総身義体パーフェクトサイボーグと規定されているのだが、ボブ・ホークの義体が占める割合は実に九九%に及ぶ。

 温かく赤い血ではなく、MBと同じ義血で以て駆動するボブ・ホークの義体は、それを統率する人格の冷血さの顕れ。


 ただ単純ストレートに強靭、ただ冷酷シンプルに兇暴。


 型も何もない野生的な動きは生まれついての強者のわざか。洗練さなど欠片も見せぬ無為でありながら、人のもつ原初の烈しさに任せたそれに抗える者はなく、一人また一人と犠牲を増やし、彼の通った跡は骸敷むくろじきのみちとなり、荒神の供犠は留まる事を知らない。


「ひ、ひいっ!」


 ふと聞こえた声に顔を上げる。路地の向こう側、ちょうど路地が開けた大通りに立ち竦んだ肉塊を見つけた。

 ややあって己の運命を悟ったか、踵を返して死への逃避行をはかる。

 当然、逃がす理由などない。

 弾けるように跳びかかり、着地点――嗜虐心を煽る哀れな後ろ姿を圧し潰した。如何に頑丈な防弾甲冑ボディーアーマーといえども、ボブ程の過剰ヘヴィーな総身義体者から見れば病葉に等しい。


 ぐちゃりと濡れた肉が潰れる感触の運ぶ心地好さと、ぽきりと鳴る骨の砕ける小気味よい音の、嗚呼、なんと身も心もとろけそうな芳馨か。このトび方に比べれば紫煙シガレット薬物ドラッグなど餓鬼の児戯ママゴトにも劣る。

 遥かな祖先から受け継いだ狩猟の悦びに比肩しうる快楽など、ボブには女を虐ぐ以外には思い当たらない。アスファルトが血を啜って朱に染まるのを、恍然と眺める。


 しばらく……本人が思うほど長い時間ではなかったかもしれないが、大通りの中心で余韻に耽っていたボブ・ホークの電気的に増幅された聴覚が、ホバーブレイドがアスファルトを断続的に削る音を聞き分けた。


 どうやら、先ほど喰らった生贄どもの反応が消えたとみえ、直ちにMBを回してきたのだろう。


 対環境コートを赤黒く染めたボブ・ホークの義眼が、目深にかぶったフードの翳から濡れた呀を思わせる蒼光を灯す。


 視線の先に次なる犠牲者――一台のMBを認めるや、機械仕掛けの人型獣は地を這う極端な前傾姿勢で趨る。

 風圧に圧されフードが脱げ、不気味な鬼火を湛えた瞳と面貌の半面を占める黥利目さけるとめあらわになる。細やかな彫り細工で本来の肌の色が分からぬ程に染まった黥利目が、喜悦に歪んだボブ・ホークの凶相をより一層恐ろしいものへと変えている。


 MB――ピクシーがアサルトライフルを構えた瞬間、足元の舗装を圧搾しつつ獣は大通りを横切った。一瞬遅れて、足跡を辿るように銃弾が大地を縫う。

 被弾すれば即死はまぬがれても只では済まないが、MB並みの身体能力を人体スケールに詰め込んだボブには当たりよう筈もない。


 確かにトルクも最大速度も剛性もMBに劣る。だが、靭やかな柔軟さはボブが遥か上をゆく。

 ホバーブレイドなどなくても、その軽さからくる敏捷さだけでボブはピクシーの銃撃の埒外へと趨り去る。飛礫つぶてが街灯をへし折り、脚力が街路樹を踏み砕く。

 大通りは戦火の光景へと姿を変えてゆくも、当事者たちは意に介さず、なおも立ち回りを続ける。そのまま大通りを横切り、如何なる魔性の業か、林立する建築物ビルディングの壁面を大地に見立ててなお駆け登る。


「ハハハハハッハハ!」


 そのまま眼下のピクシーへと跳躍。重力加速度の手引きに乗って、流星の勢いで墜ちてくるボブを迎撃しようとアサルトライフルを構えたピクシーだが、遅かった。狙いを定めていない銃弾は虚空へと流れ、落下してくる紅い外套を纏った獣をとどめる事はできない。


 ケダモノは妖精ピクシーの右肩をもぐ形で、肩部装甲と胴体の間――関節部をピンポイントで踵部を振り抜いた。堅固な特殊合金製の踵骨は、勢いを増した速度の程を知らしめ、鈍器ではなく刃物の切れ味で胴体と右腕を断ち切った。


 蹴撃を受け止めきれずに身を傾いだピクシー背面――前面に比べると柔いそこへと回り込む。


 立て直しを図るピクシーだが、もう遅い。


 ふわりと身を捻りつつ跳んだボブは、螺旋を描いた螺子ねじさながらの穿孔力で蹴りを放った。背面装甲を貫通し、内部うちに潜むMBライダーもろとも抉り貫き、足の付け根近くまでピクシーに突き立てた。


 強引に引き抜くと、血とMBの義血に染まった肉塊がこびりついている。刀の血振りよろしくくうを薙げば、濡れた音を立てて血肉が舗道へと落ちた。


『大将、そろそろ大仙楼へと乗り込みます』


 鼓膜を震わせた声は、脳内チップ経由でリンクさせていた部下からの通信だ。応じる代わり、獣は大通りの奥に聳える大仙楼を睨む。


 そうだ、今宵の乱痴気騒ぎは始まったばかりなのだ。子供が小石をボールに見立てるが如く足元の肉塊を蹴りつつ、機械仕掛けの獣は鼻唄混じりで塔へと歩き出した。


 最早、地獄絵図の中で生きている人間は一人もいなかった。いるのは、ただ一匹の猛獣ケダモノ。サイバネティックスと野生が生み出した、稀代の殺人機械獣キリングマシンビーストのみだ。


 この時、獣は気づいていたのであろうか。自身とは違うことわりで怪物へと至った者との邂逅を。


 獣は、己を睥睨する王宮を目指す。

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