お見合いデスゲーム(3)


「ねぇねぇ飛鳥様ぁ? ここから先の進行くらいはしてもいいですよね?? クリスばっかりずるいでーす!」

「別に構わないよ」


 見合い相手達3人の思考タイム、それが終わるや否や、僕の視界は雛実だけで埋まる。明樹斗にも抱きついていたし、基本的に距離が近いんだな、このメイドは。


「よーーーしお三方!  “せーの”の掛け声で、自分が裏切り者だと考えた人を指差しちゃいましょ♪ タブレットに入力したものと変えないでくださいねー!」


 淡泊なクリスの進行を聞いていたから、雛実のそれは余計にやかましく感じる。だが、こういうことに向いているのだろうな。


「ではではではでは……いきますよー! せーー……っの!」


 雛実は見合い相手達の周りをぐるりと1週した後、元の位置に戻って3人を煽る。


 そして3人が取った行動は……天井を……真上を指差すものだった。


「はっ、やはりこうなるのかねぇ」


 明樹斗が独り言を漏らしたが、それがなければ僕が呟いていたかもしれない。

 彼女らは丸テーブルの周りに座っていて、雛実は菜夕と香美乃の間辺りで少し離れた位置に立ち、クリスはそのちょうど反対側で桜子の後ろ辺りにいるんだから、真上に誰かいるはずもない。それは決して誰かを指差したわけではなく……挙手をしたんだ。


「はい! この桜子様が裏切り者だったのよねー!」

「桜子ちゃん、嘘を吐くのは裏切り者役だけにして欲しいのだけれど。そして、それは私です」

「ま、待ってくださいです。私は皆さんが言っていた通り、ドリンクを飲んだフリをしていた裏切り者なんです」


 桜子、菜夕、香美乃の順で、手を挙げた理由を述べる。全員、自分が裏切り者であったと告白したんだ。


 このゲームにある穴の存在は全員気付いている。そしてそれがあるゆえに、このゲーム……3人のうち誰が裏切り者なのか、それを特定することなんて不可能ということは分かっているはずだ。あてずっぽうなら3分の1で当たるが、確証を掴むなんてことは出来ないんだ。

 だから、見合い相手達の行動は当然の行為。裏切り者が分からない以上、自分が裏切り者であると誤認させるしか、勝利の道はないんだから。当然裏切り者本人にそのメリットはないが、こうなることは予想出来るはずで、周りに合わせるしかなくなるということ。


「おっとおっとおっとー?? これは意外な展開という奴でしょうか! それとも、明樹斗も飛鳥様も、予想の範疇なのでしょうかー! か弱いメイドのアタシには分っかりませんね♪ では続いて! 明樹斗と飛鳥様の思考タイムです!! 5分以内に、裏切り者だと思う人の名前をタブレットで送信しちゃってくーださい☆ 椅子は元の位置に回転!」

「どこの誰が? か弱いだ?」

「聞こえてるぞ☆」


 その場でくるくると回転しながらの雛実に、ボソリと明樹斗。3メートル程の距離があるのに聞こえていたようだ。それでも明樹斗は、そんなものは無視してタブレットの操作をしている。自信しか見せない明樹斗だ……とっくにこのゲームの答えが見えているはず。

 それは僕も同じで、裏切り者が誰かなんて、すでに分かっている。だから顔を上げて明樹斗と目があった今、奴と同じく操作は完了……裏切り者の特定は終わった。


「入力終わりましたー!? クリス先輩、確認お願いしまーすね♪ さーてさてさてさて! ではお2人が誰を裏切り者だと考えているのか、発表してもらいますかねー? 菜夕ちゃん桜子ちゃん香美乃ちゃん……誰が指定されてしまうのかドキドキするでしょうが! 落ち着いてお待ちくーださい♪」


 雛実は相変わらずのオーバーリアクションでこちらに近寄ってきたかと思えば、また見合い相手達の方へ駆けていく。君が一番落ち着け。


「それじゃー明樹斗に飛鳥様スタンドアーップ♪ 拘束はもう解いてるんだよねー。でも後で戻ってくださいね罰ゲームが出来なくなるから! それじゃーそれじゃー! お2人とも、自分が裏切り者だーって考えた人の元へお願いしまっす!!」

「え? 拘束を解くのか?」


 雛実が言うが早いか、確かに身動きが出来るようになった。後でまた戻れって……バカじゃないのか? まあ、いいんだが……。


「明樹斗、君は動かないのかい? 一時的でも、せっかく開放されたんだ」

「はっ。フラグって言葉があるからなァ? 先に動いたもんが負けってな」

「そうかい。それなら、僕が先に移動させてもらうよ」


 未だ席から離れない明樹斗を横目に、僕は見合い相手達に近付く。全員の視線がこちらに降り注ぐが、僕が目指すべきは1点しかない。


「おーっと! 飛鳥選手そちらでよろしいんですねー!?」


 僕は、裏切り者として特定した奴の近くで止まる。そこは、


「へぇー……テメェが選んだのはそこの金髪ちんちくりん、冴島桜子ってわけか」


と、明樹斗の言う通りで。


「一応言っておくが……さっきタブレットで決定したのが、テメェが本当に裏切り者だと考えている相手。すでにタブレットで決定してしまった以上、今テメェが誰を選ぼうとも関係ないっつーことを利用して俺を騙そうとしている……なんてのはナシだぜぇ?」

「当然だ。そんなことをしても、なんの意味もないしね。ところで、君もそろそろ動いてくれないかな?」


 奴は僕と会話するだけで、椅子から動く気配はない。僕がそう促しても同じだった。


「まぁそうかっかしなさんな……。俺に言わせりゃ、テメェこそ早く動けってなもんだったぜ。俺を待たせやがってよぉ?」

「……何を言っているのかな?」


 明樹斗は椅子から動かないものの、開放された足を組み、大きくのけぞるように座り直した。そうして、もったいぶるように間を空けた後、


「俺は動く必要なんかねぇ。まずなぁ……テメェが選んだ金髪は裏切り者じゃねぇぜ? 残念だったなァ。喜べよそこのロリ……お前はそこのアホに願いを叶えてもらえるみたいだぜ?」


僕の方はいっさい見ずに発言した。


「あらそう? それは嬉しいわねー、何にしようかしら。ね。飛鳥?」


 明樹斗の言葉で、振り返って僕を見る桜子。だがその発言とは裏腹に、そこに笑顔はない。その表情……明樹斗の言う通り、自分は裏切り者ではない、と言っているのか……?



「まだ気付かねぇか鈍感野郎。俺が動かない理由をよぉ? 俺は確信しているからなァ……このゲームの答えを。というより、最初から知っていたんだぜ?」

「何……!?」


 こいつ、やはりゲームに仕掛けをしていたのか! それなら、こんなのは全て茶番でしかないじゃないか!


「おっと勘違いすんなよ? 俺はルール違反なんぞ全く犯しちゃいねぇ。例えばタブレットでやりとりされる情報を傍受した……んなことはしてねーよ。あくまでルールの範疇で、俺は最初っから答えを知っていた……それだけだ。テメェのクソみてーな脳みそで、ルールを思い出すことは出来るかねぇ?」


 僕の動揺を見抜かれたのか、明樹斗は椅子にふんぞり返って畳み掛ける。それを玉座のようにしてこちらを見下していた。


 僕は、明樹斗に促されるまま答える。


「このゲームのルール……それは、裏切り者を特定することだ。裏切り者は、タブレットに送信された情報を裏切らないといけない。そして、タブレットでの情報から行動をしていき、非公開情報のそれを3回まで見ることが出来る。それだけ。仮にこれ以上複雑なルールであったとしても、この僕が忘れるはずがない」

「正解だなー。よく出来まちたねーよちよち、ってんだ。んじゃもうひとつ質問だ。テメェが情報開示をした3回、それはどのタイミングだった?」

「1、2、4回目の行動指示が出た時。君も同じだろ?」


 大げさに手を叩いて、なおもこちらを挑発してくる明樹斗。煽りについては天才的と褒めてやろう。


「はっ、何勘違いしてんだテメェ? 俺は確かに、そこで情報開示したように見せたが……それはフリだけだ。実際にしたのは、その中じゃ1、4回目だけ。つっても俺にゃ、その2回さえ必要なかったんだがなァ? その前から、俺は分かっていた。裏切り者についてな」

「その前……?」


 その前というと、行動指示が出るより前ということになる。そこで分かっていたならもう、どこかで情報を傍受したとしか考えられないが……。


 いや、待て。まさかこいつ……!


「明樹斗……君が傍受したのは……」

「遅ぇよ……遅ぇ遅ぇ遅ぇ! 気付くのが遅すぎてウサギもカメもテメェを見て大爆笑してるぜぇ!? このゲームで使える情報開示ってのは、タブレットに送信された情報を開示出来るってもんだ。んだから、テメェはターンごとにあいつらの動きを観察して、よさげなタイミングを探してたんだよなァ……ご苦労なこって」


 ここで明樹斗は立ち上がり、ポケットに手を入れて前傾姿勢でこちらを睨み付ける。こいつお得意の、威嚇ポーズ。


「だが俺は……最初……裏切り者が決定するっつー情報を開示したんだぜぇ!? ターンの定義ってのを理解してるのかテメェは!?

 ターンっつーのは行動指示の回数じゃねぇ……“情報が送信されてから次の情報が送信される間”なんだぜぇ? んだから、当然裏切り者が誰かっつー情報もターンの中にある……開示出来るってことだなァ! くっはっは! 本当にくだらねー茶番だったぜ、全てを知る俺からしたらよぉ!?」

「……!」


 そうか、そんなことが出来たのか……! 


 ターンの定義については理解していたが、そちらについては全く考えていなかった……。もしかしたら見合い相手達もやっていたのか?

 いや、それは無理だ……。あの3人は、クリスからタブレットを受け取る際に席から離れていた。3人が情報開示するためにはテーブル下にあるボタンを押さなくてはならないが、裏切り者が決まってから最初の行動指示が出される間は席に戻っていない。よって、それが出来たのは僕と明樹斗だけ……!


 だが僕は、そんなことはしなかった……いや、思い付いていなかった……!


「気付いたかねぇ、ノロマくんよぉ!? んじゃ……俺が動かねー理由も分かったかねぇ?」


 明樹斗は椅子に戻ると、わざとらしく拘束された状態と同じポーズを取り直した。どうあっても動かないことのアピールか……。


「……」

「何黙ってんだよ、んなら俺が宣言してやるぜ? このゲーム……裏切り者なんていねぇってことをなァ! よって、俺は誰も裏切り者として指定していねぇ、それが俺の答えだァ!!」


 明樹斗のその大きな宣言で、奴の後ろでは龍が構えているような、火山が噴火したような……そんな勢いを感じる。あいつの自信は当然のものだったんだ……最初から答えを知っていて、僕が真剣にゲームに望むサマをあざ笑って……!


「おいそっちのメイド。テメェが最初に3人に渡した情報を出せや?」


 そうして、クリスに向かい要求する。クリスは無言でPCを操作すると、僕らが持つタブレットに、最初に見合い相手達に送信した情報が送られてきた。そこには間違いなく、誰に送ったものにも、裏切り者役を担うことは書かれていない。


 この、3人の中で裏切り者を特定するのが、ほぼ不可能であるゲーム。それはクリスも分かっていたはず。だから、いっそのこと裏切り者の役は指定しない……それがクリスの出した答えだったんだ。そして、それに辿り着いたのが明樹斗であり……明樹斗は、このゲームの勝者に……。


「つーわけで、だ。メイドに使用人ども。いいかげん俺らを解放しろ。どうせこのゲーム、最初っから死人なんて出す気ねーんだろ? そうでなきゃ、イスから開放するなんてありねぇ。

 それでなくても、元はそっちのウスラトンカチがやっていた見合いデスゲームが発端で、そん中でも死人なんぞいなかったんだ。そうじゃなきゃ、こんなバカみてーなゲームに付き合ってられるかってんだ」

「お待ちください、明樹斗様。まだこのゲーム、結果発表を行っていない……終わってなどいません。飛鳥、あなたもこちらにお戻りを」

「はぁ?」


 さらに調子付き、数百個の図に乗ったような明樹斗を、クリスが淡々と止める。僕も促がされ、元のイスに戻った。


 そうだ……このゲームは終わってなんかいない。



「……安心したよ、明樹斗」


「は? 安心、だぁ?」

「正直ね、僕はゲーム開始時には別のことに気を取られていたから、君がしたような最初の情報を開示することなんて考えもしなかった。恐れ入ったよ」


 別のこととは、見合い相手達に一種見惚れていたことだ、とはさすがに言えない。


「じゃあ何に安心したかと言えば……このゲームが、引き分けに終わらなかったことが、だ」

「はっ。テメェの負けっつーことで、引き分けにはならなかったな……」


 明樹斗はそう言いつつも、敗者の顔を全くしていない僕を見て、何かを感じたようだ。言葉に覇気がない。なぜなら明樹斗は、このゲームの勝者に……なれなかったんだ!


「君は先程、僕にルールを思い出せと言った。その言葉、そっくりそのまま返すよ。注目すべきは、裏切り者がすべきこと、について」

「裏切り者はいねぇ……それは明らかだっただろ? んなら、そんなことになんの意味も……。

 ……裏切り者がすべきは、タブレットに送信された情報を裏切ること……。じゃあそれをすべきなのはいつだ? それは情報が送信されるのと次の情報が来るのとの間……つまりターンで……。……ターンごとの裏切り……!? ちょっと待て、そういえば行動指示が出る時、あいつはターン数を言っていたが……!」


 さらに明樹斗は、僕にぎりぎり聞こえる程度の声を早口に発した。どちらがノロマだったのか、ようやく気付いたようだな。


「その通り。ルール上、裏切り者はあくまで、タブレットに送信された情報に対して裏切り行為をしないといけない。では、タブレットに送信された情報とは、なんだっただろうか?」


 僕の問いかけにも、反応がなくなった。つまらないな、まったく。


「……タブレットに送信されたのは、毎ターン私達が取るべき行動、です!」

「それだけじゃないわよねー? 明樹斗が開示したっていう、裏切り者が誰か指定するはずだった情報もね」


 だから代わりに、いつの間にか僕らを囲むように近付いてきていた、香美乃と桜子が答えてくれた。さらに、


「そしてもちろん、それだけではないのだけれど。ゲームのルールさえも、タブレットに送信されたもの。裏切り者さんは、ルールさえも裏切らないといけないという、とてもおかしな内容となっていた、ということでしょ」


菜夕が僕の言いたいことを奪ってくれた。……まあ、まだ言うべきことがあるからいいけど。


「その通り。それじゃあ、それらが出来た奴がいたか……いや、やった奴がいたか、もう1度確認してみようじゃないか。

 ターン中は常に、“ドリンクから食せ”という内容しかない。それを裏切るには、単にドリンクに手をつけさえしなければいい。そして最も重要なのは。このゲーム、裏切り者を見付けるのは困難であるとはいえ、裏切り者がいないと話にならない……ルール違反だ、ということ。これが出来たのは……」


 僕は周りを見渡す。明樹斗、その後ろの雛実、僕を囲うような位置にいる、菜夕、桜子、香美乃……。


 そして。


「クリス……君しかいない! 裏切り者は、君だ!」


 僕から離れ、未だタブレットだけを見ていた彼女。振り返って僕のメイドを指差して、犯人だと断定した。


「……はぁ? テメェはさっき、冴島桜子の後ろに立った……あれに嘘はねぇつっただろーがよぉ!?」

「君は何を勘違いしているんだい? 僕はあの時、クリスの横に立っていたんだ」


 僕が裏切り者を特定したと、席を立った時。桜子の斜め後ろにクリスがいた……それは、全てのターンが終了した段階から変わっていない。当然それは、明樹斗を騙すためにやったこと。あいつが自分で言った通り、フラグを立てないようにするために、ね。


「クリスは一応、ヒントも出していたんだよ。クリスは行動指示を送信する時、常にターン数を口にしていた。ひとつ目の行動指示で1ターン、次は2ターン……という具合にね。でも思い出して欲しい。先程確認した、ターンの定義というものを。

 それを考えれば、ルールが送信されてから、次の裏切り者の情報が送信されるまでが1ターンのはずで、クリスの言動が誤っていることになる。ターン数自体はタブレットに送信されるものではないから裏切る必要はないが、クリスがわざとやっていたんだ」


 僕は、明樹斗一点を見て解説する。こいつは僕の方を全く見ない……いや、見られないのか。これは見合いなんだろ? こっちを見たらどうだ、明樹斗?



「……正解です。おめでとうございます」


 僕が説明し終わると、賛辞を送る気のない、少ない拍手が届いた。それを届けたクリスは、ゆっくりと僕らに近付き3つ目の椅子に腰かけると、


「これは、プレゼントです」


また抑揚のない声を発する。

 ……と。


「!? 何しやがる!?」

「これは……!?」


そのプレゼントとは、再度僕らを、椅子に拘束するもので。僕も明樹斗も、また最初の状態に戻されてしまった。


「おいメイド……ゲームをめちゃくちゃにするだけじゃ飽き足らず、何悪ふざけしてやがる?」

「ゲームをめちゃくちゃに? していませんが。私が裏切り者だった……それだけです。飛鳥が言っていたことを、聞いていなかったのですか? ……それよりも、こちらをご覧下さい」


 クリスは立ち上がって、座っていた椅子にマネキンを置く。そして明樹斗の肩に手を置いたかと思うと、


「明樹斗様。あなたは先程、これはデスゲームではないとおっしゃいましたね。確かに、飛鳥はチキンなのでそんなことは出来ませんでしたが……私は違います」


クリスの座っていたイスが光り、椅子に座らされたマネキンは、黒コゲになってしまっていた。


「何よこれ!?」

「いったい何が起こったんです……!?」


 桜子と香美乃が叫ぶのももっともだ。


「まさか……飛鳥くんと明樹斗くんが座っている椅子も同じことが出来る、ということですか?」


 その、見る者が見れば冷たいとされる目を見開いた菜夕も、冷静を装っているが、装いきれていない。


「クリス! 君は何をしているんだ!?」


 僕と明樹斗。そのちょうど中心までゆっくりと歩みを進めたクリスは、僕が問うてもこちらを見ようともしない。なんだ……何を考えているんだこいつ……!?

 ゲームは僕の勝利で終わり……たったそれだけのことだろ!? それなのにあんなものを見せられたら、敗者への制裁が始まるみたいじゃないか!


「雛実。私はあなたに、このゲームはご主人様から仰せつかったものだと伝えましたね。ですが、申し訳ないことに違います。

 ただ私が、私のために行ったもの。ここで飛鳥が負けてくれれば、いっそ良かったのです……が。私が思っていた通り、勝ってしまった。本当に、素晴らしいですよ? 飛鳥」


 なんで僕を褒める? まともに君から賞賛されたことなんて、僕の記憶にはない……それに、それならこっちを見て言ってくれ!


「……おいテメェ、そのタブレット、何だ?」

「こちらですか。先程マネキンを真っ黒に変色させた電気椅子を使うのに使用した、起動用コードが入ったものですが。ですので、もうひとつ私がスイッチに触れれば……敗者はデスゲームらしい最後を迎えることになりますね」

「デスゲームらしい最後……!」


 声が出ない。他の奴らも一緒だが、先程から拘束具から逃れようと手足をよじっている明樹斗だけは、必死に喉から音を発しているようだ。


 おかしいだろ、こんなこと! さっきまでは、デスゲームなんていいつつ、そんなわけないと思っていた。それは、これまでのことがあるから当然で、全員そう思っていたはず……だからこんな、どこか呑気にゲームをしていたんだ! もちろん、明樹斗に負けまいと必死だったさ。でもそれだって、決して明樹斗を殺したいからじゃない……ただ僕のプライドに誓った勝負で……!


 だいたい! クリスがクリスのために始めたゲームだって!? なんなんだ、それは!?


「では明樹斗様、こちらにご注目願います」


 クリスはタブレットの画面を明樹斗に向け、人差し指を一点に差しているようだ。僕からはタブレットの裏面しか見えないが……画面に何が表示されているかなんて考えるまでもない。


「テメェ……テメェ! 俺が誰か分かってやがんのか!? 俺は天海明樹斗……テメェを雇う側の人間だァ! そうだろ、雛実ぃ!!」


 クリスの無言の威圧。そのせいか、ピクリとも動けなかった雛実が、明樹斗の言葉でようやく我を取り戻す。そして、


「クリス!!」


タブレットに向けて飛びかかってくる。


「おつかれさまです」


 だが、クリスはその脚を払ったかと思えば、落下してきた雛実の腹を膝で蹴り上げ、最後に肘を背中に叩きつけてしまった。


「これもメイドの嗜みですので」


 クリスが護身に優れているのは知っていた。だが、雛実だって同じだっただろう。しかし、タブレットにしか目がいっていない雛実なんて、クリスにとっては敵にもならない。


「では、明樹斗。あなたを守る者もいなくなったところで……」

「おい、テメェ!!」


 そうして、再度の明樹斗を追い詰めるポーズ。明樹斗はもう、テメェという言葉以外発せられなくなってしまった。


 ……そうして。


「あなたも、おつかれさまです」

「……!? ……」


 クリスが動かした指とともに、もうそれさえも発せられない塊へ。


 電撃を擬音にするなら、ビリビリ、といったものだろうが、僕の耳に届いたのはそんなものではなかった。耳にというより、頭に直接電波が送られたような、不快な音が届くのみ。


「クリス……君は……! 君は、本当に何をしているんだ……!?」

「飛鳥」


 僕の訴えと、クリスの答え。あまりに高低差があり、すぐそこで背を向けているクリスさえ見えなくなってきた思いだ。

 クリスは持っていたタブレットを落とす。液晶は割れ、もうそれを使用することは出来ないだろう。



「クリス……?」


 タブレットが沈んでからは、自分の心臓だけが支配する音の世界。耐えかねた僕は、尋ねることしか出来なかった。


「私は……私は……そもそもお見合いなんてものに、反対だったんです……!」


 そうしてクリスから出てきた声は、涙が混じるものだった。


「ですから私は、最初からあなたを止めようとしていました。何度も何度も、お見合いを中止にしようと提案した! でも、あなたは楽しそうでしたし、明樹斗の登場でよりそれが加速していった……。そして今、飛鳥は26名もの女性から、成宮菜夕、冴島桜子、影山香美乃の3名までに絞ってしまっている!」


 クリスがこちらを向くことはない。他の者が口を開くこともない。椅子に拘束され身動き出来ない僕では何も出来ない。


「どうしたら、あなたを止められるのか……私はずっと考えていました。そうして行き着いたのが、飛鳥をより熱くさせてしまった明樹斗をダシにして、あなたを負かすこと。そうすれば、飛鳥は結婚なんて無視して、また自分を高めることに戻ると思ったんです。

 だから……本当は飛鳥に負けて欲しかった。でも……私にあなたが負けることなんて、想像出来なかった……!」


 ただただ、その声が続いていくだけで。


「そして案の定、です。こうなってしまえば、飛鳥がこの後考えるべきは、3人の中で誰を選ぶかということだけ……。私を……私との生活が終わるということが、近付くということです!」

「クリス……!」


 声を上げずにはいられない。でも、こちらを見ない彼女に何も伝わるはずもない。


「所詮、叶わぬものになることは分かっていました……いつかはそうなってしまう、と。ずっと想像してきたのですから、耐えられると……私は耐えて、応援してみせると言い聞かせてきました。ですが直面すれば……ダメですね」


 少しの静寂。言葉を選んでいるのか、クリスが決めた何かを言ってしまうことを躊躇っているのか。


「……。飛鳥は、私の仕掛けた罠に気付いてしまった。私なんか軽く超えてしまうと、確信しました。私はもう、いりませんよね。だから私は、明樹斗に恨みをぶつけて、去ることにします。……最後のお願いです。どうか通報するのは、明日まで待っていただけないでしょうか。明日には……自分から」


 電気椅子の件。確かに、こればかりは天海グループの力をもってしても、どうしようもない。


「では、皆様。ご迷惑をおかけし、申し訳ございませんでした。飛鳥……今までお世話になりました。……さようなら」


 かける言葉なんて、いくらでもある。あるのに!

 

 クリスは、最後まで僕に背を向けたまま、一礼をして前に歩みを進め始めてしまった。



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