討伐計画(4)


 アマビルディング。

 数年前に天海グループが買収したビルで、30階建てに加えて地下も2階までを誇る、この辺りで最も高いビルだ。1階、2階はコンビニやカフェ等で一般開放されているものの、それより上は天海グループのうち中小企業にあたる会社のテナントが入っている。さらに上、21階から29階は貸しスペースとなっており、会議や講座に利用されていた。逆に地下は、倉庫として使われている。そして30階は、展望スペースとレストランとなっており、高さ130メートルの絶景を見ながら食事をすることが可能だ。


 一般の人でも元々入れる場所ではあるのだが、その大部分を占める企業と貸しスペースは予約者以外入れる場所ではなく、それ以外は3階分しかないため、敵は選ばないと思っていた。そしてここを選ぶとしたら、ボスたる明樹斗しかいない。


「これがこのビルの見取り図だから、参考にして欲しい」

「この真ん中にある、大きな四角は何よ?」

「それは搬入搬出用のエレベーターだよ。地下に倉庫があるから、そこから物資を移動させるためのものだね」


 クリスからすでに図面を送ってもらっていたので、それを桜子と菜夕にも渡す。

 桜子はそうやって僕にいくつか質問しつつ、何度も頷きながら聞いていた。その大きな瞳は、真剣という言葉以外浮かばないし、図面か僕かしか見ていないから僕も目を奪われる。傍若無人に見えていたけど、ただただ、何に対しても本気ってことなんだろうな。


「それで。ゲームは残り1時間程でしょ。企業スペースは入れるかどうかは確認すればいいとしても、残りの場所を探しきれるのでしょうか。そちらへ入れることは、受付で確認済みなので、そこにいる可能性は高い。ですが、明樹斗くんが私達の動きを見て、随時移動したら、見付けることなんて出来ないと思うのだけれど」


 菜夕の方は、最初からずっと印象が変わらない。腕組みで、テーブルに置いた図面だけを見て話す。


「確かにバカ正直に動いては君の言う通り。でも僕に考えるがあるから聞いて欲しい。

 まず桜子は、企業スペースを周る。菜夕は、21階より上の貸しスペースを頼む。そして僕は、小型カメラとセンサーを用意しているから、それを各階の、エレベーターや階段等、移動するための設備の近くに置いておくよ。それが終わり次第、菜夕と合流……イタチごっこにならないように、挟み撃ちとなる方向で奴を探す」

「そ」


 菜夕へ回答をして返ってきたのは、そんなたった一文字だけ。でも、ようやくこちらを見てくれたし、反論もないなら、納得してくれたってことだろう。やはり菜夕は、美人すぎるがために冷たく見えるんだな……。性格的にも凍っているように、僕は見えるけど。


 もちろん、僕が話した内容は完璧というわけじゃない。それどころか穴が多い。本当ならクリスもここに呼びたいところだが、クリスはクリスで、監視カメラを見つつ、各所に電話で連絡してもらっている。それで見つかれば苦労はないが、このビルに明樹斗がいない場合は、クリスを頼るしかない。


 けど……必ず明樹斗の、肉を切って骨も断ってやる。



 それから30分。僕らは、最初に話した通りの策を実行していた。

 すでに僕はカメラとセンサーの配置を終えて菜夕と合流済み……24階の捜索を終えたところだ。桜子からの連絡もないし、今のところ明樹斗の尻尾は掴んでいない。センサーが何度か反応したためカメラ映像を確認しても、そこに映るのはテナントとして入っている企業の奴らだけ。


「25階に行きましょ。でも、少しペースが遅いので、ここからは手分けしませんか? 飛鳥くんは26階へ。代わりに、まだ余っているカメラを貸して欲しいのだけれど」

「……そうだな、使ってくれ」


 手分けすると、明樹斗が隠れて移動し易くなるが、最上階まで探せない方が問題だろう。僕は菜夕に数個のカメラを渡すと、階段で26階に向かった。


 が。


「あ! 不審者発見! うおりゃああああ!!」

「うわ!?」


 踊り場で、何者かが上から飛び降りて僕にのしかかってきた。幸いギリギリの所で避けられたけど……桜子は自分がスカートだってこと、本当に分かっているんだろうか。


「なんだ、飛鳥じゃない。もっと上にいると思ったから明樹斗かと思っちゃった」

「もう企業スペースは終わったのか?」

「当然♪ といっても、どこもエレベーターを降りたらすぐ受付だし、数階に渡る企業もあったからね。そう時間はかからなかったわけよ」


 こんなに早く来るとは思っていなかった。桜子が言うことももっともだが、3階から19階の18階分もあるんだぞ? ……いや、そうか、どこの企業にも入れなかったということ……。もしひとつでも明樹斗が手を回していたら、フェイクで一般人が入れるように出来ていたはず……。


 そうだ、今思うと……。


「桜子。オフィス街を周った時、このビル以外で1箇所でも入れた場所はあったか?」

「いいえ。どこも門前払いよー失礼しちゃうわね! そっちはどうだったの?」

「同じだよ」


 明樹斗の奴……まさか本命以外のフェイクを用意しなかったのか? ならば、唯一は入れたここに、やはり明樹斗はいるということになるが……。


「立ち止まっちゃってる時間ある? もう30分切っているんだからね! あたし、26階に行くから、あなたは27階!」

「あ、ああ、そうだな」


 桜子の言う通りか……。今更それを考えても仕方ない。とくかく上だ。



「30階……」


 残り時間は、すでに10分を切っている。菜夕は28階、桜子は29階を見ているが、果たして明樹斗はいるのだろうか。

 センサー付きカメラには大したものは映っていない。クリスからの情報もなし。


「28階と29階は大会議場だったのだけれど。だから、大して探しもせず終わりました」

「30階は、どんな構造になっているんだっけ!?」


 僕がここを探す前にそれらを確認していたから、2人にあっという間に追いつかれる。もうここしかないんだ……。


「ここで隠れるとしたら、厨房か展望スペース……」

「ならあたしが厨房に行く!」

「私は展望スペースへ」


 桜子と菜夕が、僕の言葉ですぐにそこへ走る。けど、もしそこに明樹斗がいなかったら?だがそれ以外の場所は虱潰しに探したはず……。

 ……いや、待てよ……。


「2人とも! 搬入搬出用のエレベーター、乗ったか!?」

「乗ってない! っていうか、あれ乗る所あったわけ!?」

「あれを使う程大きな物がいるのは、このレストランだけ……なら、ここは直通になっているということですか」


 レストランは、中央に円形の大きな柱を構え、それを中心に食事スペースが広がっている。その柱には何があるかと言えば、厨房とエレベーター。エレベーターは企業スペースの一部も繋がっていると聞いているものの、主な用途はこのレストランへ食材を運ぶためのものだ。ここは倉庫と繋がっているが、1階受付で聞く限り、倉庫へは入れないとのことだった。だから軽視していたが……エレベーター自体に明樹斗がいるとしたら……!


「早く来なさいエレベーター!!」

「残り時間、3分ないのだけれど」

「それだけあれば大丈夫だ。開いた瞬間、飛び乗ればいい。あいつが閉まるボタンを連打していても、それなら入れる」


 あのイカつい奴が、そんなことをしていたらシュールな光景だけどな。



「28、29……きた、30階だ!」


 鈴の音を鳴らして、待ちに待ったエレベーターの扉が開く。中を見るだけなら、充分な時間……。


「入るわよ!」


 桜子の掛け声で、一斉に飛び乗る。


 が。


「……誰もいない……?」

「途中で降りたのでしょうか? 1度も止まったように見えませんでしたが……」


 扉が閉まる。外界と閉ざされた狭い空間の中、僕の目には、桜子と菜夕しか映っていない。明樹斗は、いない。

 僕と桜子は、それでも辺りを見渡してしまう。何も変わらないと分かっているのに……。


「ちょっとこれ、見て欲しいのだけれど」


 菜夕は壁に持たれて腕組みをしていたが、右手をエレベーターの扉上部に向けて言った。


「……え?」


 桜子と共に、同じ声が漏れる。

 僕がクリスからもらった図面。1、2階にはコンビニやカフェ、それより上は企業スペースと貸しスペース、レストラン。そして地下1階、2階は倉庫……。そう記されていたのは、移動中も何度も確認した。


 だが。


「地下……3階……!?」


 図面にない、そんな階が表示されていた。なんだ……これ……。聞いてないぞ!? エレベーターに乗る前は、早く30階に来いと上の数字しか見ていなかったが、まさかそこにも地下3階の表示があったのか!?


「クリス!!」

『申し訳ございません、飛鳥……。成宮菜夕のモニタに映ったものを見た時、調べました。結果……過去の図面を見ると、確かに地下3階は存在している……。そこは、天海グループがそのビルを買収した後、不要と判断されて図面から抹消されたようで……。ですが今は倉庫でない以上、そこは立ち入りが出来るはず……です……』


 クリスの声に、いつもの毒づく気配は全く見られない。


 なんなんだ、そのおざなりな扱いは! 使用しないのなら、エレベーターも行かないようにすればいいじゃないか!! ……完全に業者しか使わないエレベーターにそんなことをしても、コストの無駄……だが……!


「と、とにかく! 地下3階のボタンを押してくれ!」

「もう押しているわよ!」

「ですが……残り時間がないのだけれど……」


 エレベーターに乗る前、すでに3分を切っていた残り時間。上がるのを待ち、中に入ってからまごつきもした。だから、もう……。



『……くっはっはっはっはっはっは!』

「なんだ!?」


 次の瞬間、エレベーターが止まり、中の照明が消える。そして、狭い空間には挑発的な笑い声が響き渡った。


『ざぁんねんながらタイムアップだぜ飛鳥よぉ!? 惜しかったなァ……そのまま地下3階まで来られりゃ、テメェの勝利だったんだぜぇ!?』


 次いでまた、こちらを怒らせるために生まれたような声が響いた。そして、エレベーターの扉側が光ったかと思うと、反対側にそこから照射された光……プロジェクターの光が、明樹斗の姿を映し出す。僕達がここでタイムアップになる……予想されていたのか?


『おーおーよく見えるねーテメェのクソ冴えねぇ顔がよぉ?』


 どうやらそちら側にはカメラもあるらしく、僕らの姿も、同じように明樹斗には見えているらしい。

 明樹斗の背後には、脱落となっていた妃世子、香美乃、友利の姿も見える。奴はその言葉通り、地下3階にいるのだろう。使われていないそこは、ただ広い空間が広がっているだけだった。


「写真で見た時から思ったけど……とんでもない金髪野郎ね……」

『おいおいおいおいそこのロリっ子ぉ……テメェもクソ長い金髪なびかせてんじゃねぇか。小学生の分際でえらくやんちゃなことしてるじゃねぇの?』

「合法ロリ、って何度も言われているから、なーんの罵倒にもならないけどー?」


 この状況で、次にどうすべきか一瞬真っ白になった僕だが、桜子と明樹斗による子供のケンカのおかげで我に帰る。


「で、明樹斗くん。こんな所に閉じ込めて、どうするつもりですか? あなたが私達を殺すのでしょうか。これはデスゲームですからね。もっとも……後ろに見えるお三方がそうなっていない所を見ると……」

『はっ。お察しの通り、俺はそっちのゲームとはなんの関係もねぇ。勝手にボスキャラなんつーものに仕立て上げられたけどなァ? んだから、別のゲームで捕まえた奴らはとっくに解放しるぜ?』

「ならば、さっさと私達も開放して欲しいのだけれど」


 桜子も桜子だったが、菜夕も菜夕だ。なんで今、マイペースでいられるんだ? いや、今だけじゃないか。これまでのゲームでも、彼女らはずっと彼女らだったんだから。


 それなら……僕も僕らしく。上から目線でいってやろうじゃないか。


「明樹斗」

『んだよ負け犬』

「確かにこの瞬間、僕は君の目の前に現れることは出来なかった。目視をすれば捕まえたことになる君を、こんな画面越しにしか見られていない」

『そうだなァ……。そしてテメェと同じく、まだ脱落してねぇ桜子と菜夕も、俺様の前に現れることはなかったつまり! これでテメェの負けだ飛鳥ァ!!』


 ただでさえ顔がアップになっていた明樹斗が、さらにカメラに近付く。映るのは奴の目だけとなったが、こちらを見下しているのがありありと伝わってきた。

 だが僕は、あくまでカメラの引きで、軽く腕組みをしてそちらを見るだけだ。


「残念だな、明樹斗……お前は大きな勘違いをしている」

『はぁ? 次は遠吠えかねぇ?』


 理由は簡単だ。僕はまだ、なんのキップも切っていないんだ。今からそれを、証明してやる!



「まず、君の先程の発言……もう少しで僕らが地下3階に着くというもの……それで確信したよ。

 君は常に、僕らの行動を監視カメラで見ていた……。いや、それだけじゃない。僕らのメールや、位置情報……それらを全て傍受していたな? 

 元々その可能性は気付いていた……君がスーパーに現れた時、君はあまりにあっさりと、指実とケイを蹴り飛ばしていたからね。あれは、どこからそれが来るか分かっていないと出来ないことだ」

『はっ、気付いていた、ねぇ? その割にゃ、メールも位置情報もばんばん使ってたじゃねぇか。んなら、別の回線を使っちまえば、俺は何も出来なかったのによぉ!? 後出しジャンケンなんて格好悪ぃぜぇ? 

 ……ま、その通り。テメェらがここに来ることは分かっていた。んだから、そろそろ移動しようとしてたんだぜぇ? そのために、わざわざそっちの脱落者を、俺ん所に置いていたんだからな。移動の際にゃ、適当な奴を縛り付けて時間稼ぎするつもりだったんだぜ?』


 奴は、今度はカメラから下がり、ポケットに手を入れて前傾姿勢をとった。僕がこいつと、初めて相対した時と同じ。もっとも、あの時も画面越しだったが。


「……それはわざとだ。言っただろ? 僕はスーパーの出来事でそうだと気付いていた……ならば、その後改善しないはずがない。なら、なぜそれをしなかったと思う?」

『俺に嘘情報を伝えるため、ってことかねぇ? んだが残念……ゲームの結果はこれだ。それは動かねえんだよ、骨折り損だご苦労サン』

「骨折り損、か。僕は、君の仮面大量投入作戦を見て、僕のメイドにこう言っていたんだ。目には目を、ついでに歯と肉を、さらに骨も……ってね。これね、君の歯を折る策として、僕はいっそ、仮面の奴ら全員をタッチしてしまえばいいと提案したんだ。それ以上のことを、桜子がやってくれたけどね。じゃあこの場合、目の策とは、なんだろうか?」


 我ながら、チープな例えで語っているなとは思う。が……あの仮面を大量に投入したことこそ、明樹斗の最大のミスだったんだ。


『……俺がやった仮面大量投入……それが目だとすりゃ……テメェが仮面を被って、そこに出没した、か? そういや、お前がお前んとこのメイドと話している時、発信機を付け忘れたとか言ってやがったが……』

「やはり聞かれていたか。そのためにわざと言ったんだよ。そして僕は通信機を点ける前……代わりに着けていた、君らが使っていたものと同じ仮面をはずした。僕が発信機を点けていないとしても、監視カメラで僕のことを探すのは可能だっただろうが……君らの仮面に紛れて僕は動いたんだ。さてそこで、君の肉を引き裂くための策を打ったわけだが……何をしたか想像出来るかい?」

『……』


 口の減らない明樹斗だったが、僕の言動を見てついに黙る。ポケットに入れていた手を出し、それをアゴへ持っていっていた。


「さて、長々と話したわけだが……結論を言おう。いや……言うのは僕じゃないか。本来ならば、僕が言いたかったさ……君に敗北を突きつける言葉を。だから僕は、こんなエレベーターに閉じ込められて本当に焦ったし、何より悔しかった。だけど今は……彼女に任せよう」


 僕の言葉の意味、彼女にも届いたんだろう。彼女はカメラに近付き、


『ぼ、ボスさん捕まえた……です! いいえ……もっと前からあなたを目視していたです……だから、捕まえていた! です!!』


明樹斗に向かって言い放った。


『……はァ?』


 明樹斗は彼女の方を……香美乃の方を一瞥だけして、またこちらに視線を戻す。事態を把握仕切れていないようだな……。


『明樹斗さん……私、まだ脱落したわけじゃないです。だけど、あなたがここに入れてしまったんです!』


 だから、香美乃が言葉を続けても、相変わらず口を開かない。


「なあ明樹斗、僕らの通信も傍受していたなら、おかしいと思わなかったか?

 このゲーム、彼女らは写真を3度撮られたら脱落となる。その際、君の仲間は確認のため、写真を僕らや使用人やに送信しただろう。だから、本来だったら僕らが何も言わなくても、勝手に彼女らは脱落扱いで連行されるはず。

 だが……クリス……うちのメイドは、最初に脱落した妃世子の時から、3枚撮られた奴について別室行きで良いか使用人に確認していたんだ。いちいちそんな確認をしなくても良いはずなのに、おかしいだろ?」


『まぁ……な。お前んとこのメイドは、脱落者が出る度に同じことを……。んだから俺にも別室行きで良いかっつって使用人から確認が来てうざかったが……』

「そう。だから当然、香美乃が3度撮影された時も同じ。

 ここで少し、ルールを振り返ろう。使用人達は審判として、片方に肩入れするようなことはしない。だが、僕側のクリスと、君自身……両方から了承を得た内容なら、どんな内容でもOKとなる。

 さて、先程のおかしな点とこのルールを合わせて考えると、答えが見えてこないかい?」


『……! 

 テメェ……香美乃は脱落してねぇのに、まずメイドから使用人に確認し、さらに使用人から俺に脱落で良いか確認させた……。俺は、またか、と思って迷わずOKの返事をしたが……それで両者のOKサインが出たことになり、香美乃は強制的に脱落に……? 

 いや、脱落じゃねえ、あくまで別室行きというだけで……。だが待て! 確かに俺はOKを出したが、それもこれも、俺の仲間が3度撮影したと確認したからだぜ? 当然、時間も5分以上空いたもの……どう考えても香美乃は落ちてやがる!』


 ここでようやく、明樹斗から焦りの色が見えた。しかし、すぐにそれを隠すようにこちらを睨み付ける。


「明樹斗。僕はさっき、仮面を被って一時的に潜伏したと言ったよな。あの時、僕は仮面のせいでやたら色々な人からタッチされたものだったが……香美乃とすれ違った時、彼女にもタッチされていたんだ。香美乃は仮面の奴全員にやっていたから、それは自然な行為だったが……あの時、僕はメモを渡していたんだ。そうだよな、香美乃」


 僕が声をかけると、明樹斗の横で、胸に手をあてて心もとなさそうにしていた香美乃が、こちらを向いて返事をする。


『あ、はいです。最初は驚きましたが、上に飛鳥さんのお名前が入っていたので……。とっさにカメラに映らないように、目線だけ落として見たのが正解でしたです。

 私はその時、妃世子さんが脱落させられたという、デパートに向かっていたんです。妃世子さんが脱落させられたくらいですから、そこにいる敵さんはとても強い方です……実際私も、入って間もなく撮影されてしまったことが、メールで伝えられたんです。けどそれは、飛鳥さんからのメモに書かれた指示通りで……さらにそれに従い、私は一旦外に出たんです。

 外に出た私が何をしたかと言えばですが……盛大に転んだです……。そして15分くらいですかね、それくらい経った後、またデパートに向かったんですが……また転んだ……です』


 あの時、僕の元にはクリスから、香美乃が2度転んだという連絡が入っていた。あれで確信したよ……上手くいっている、と。


『テメェが転んだのは知っている。テメェが着けていたカメラの映像で見ていたからなァ。だが、それがなんだってんだ!?』

『あれはですね……実は、2度目に転んだのは私じゃなかったんです』

『な、何言ってやがる……』


 か細い声の香美乃から、明樹斗が一歩後ずさった。だんだん見えて来たようだな……。


「明樹斗。うちのメイドを紹介するよ。

 フランス人形のように美人だが、僕に対しては毒ばかり吐く、本当にメイドとして仕えてくれているのか疑わしい奴だ。もっとも、仕事はすごく優秀だけどね。そして彼女は、特殊メイクが得意なんだよ。僕は危うくライオンにさせられそうになったことがある」

『特殊メイク……だと……。こいつが転びやがったのは、その瞬間カメラを付け替えて、その特殊メイクで香美乃に化けた奴と入れ替わったこと、バレないようにするためか!?』

「はは、正解だよ。頭の回転が早くて感心する」


 僕が会場に降り立った時、まずは香美乃に特殊メイクで化けている奴と合流していた。その後、香美乃と接触出来るようなルートを通ったんだ。


 これこそ、僕がクリスに昨日頼んでいたもうひとつの頼みだ。


 この準備は、香美乃以外もしてあり、他の4人もそっくりさんが出来上がっている。

 でも、使うなら香美乃であると思っていた。香美乃は素朴な顔立ちで、かわいげがあるが際立った特徴があるわけじゃない。目立つのは、その胸……それは詰め物をすればどうとでもなるからだ。加えて、これはたまたまだが、今日香美乃は、大きな帽子を被っていた……これらから、香美乃に化けさせることを選んだんだ。


 もっとも、この策を使うかどうかは、ゲーム開始時点では確定してはいなかった。だが、桜子と相対した敵が取った行動により、使える、と確信したんだ。

 その行動とは、敵は桜子らの顔を、いったんスマホで確認しないとそれだと分かっていなかったということ。要は、完全には彼女らの顔を覚えていない。それはもちろん、明樹斗も同じことだろう。だから、少しの時間しか見ていない彼女らが、かなり似た奴と入れ替わった所で気付かない。写真は遠くから取るだろうから尚更だな。そもそも、そんなことは思考の外側……考え付かないというわけだ。ゆえに、策を使うかは確定していないとはいえ、8割以上使う予定ではあった。


『つまり、私はですね……。3回撮影されたことになっていたんですが、実際にはそのうち1回は、私の偽者さんが撮影されただけです……だから、私は2回しか撮影されていなくて、脱落していないんです!』

『……!』


 香美乃のキメ台詞とも言えるそれに、いよいよ明樹斗は、香美乃と距離をとった。カメラのフレームからも外れ、その姿は確認出来ない。


「これで分かったかい? 明樹斗。僕はそもそも、君の仲間は簡単に捕まえられると思っていたから、いかにして君を探すか、ということに注視していたんだ。君の居場所は、そう簡単に割り出せないと思っていたし、実際僕は、君の元には辿り着けなかった。だが、こうなることを予期していたからこそ……こうして君の元に、彼女らのうち誰かを送り込む策を立てていたんだ!」


 これで、明樹斗の肉は完全に引き裂いてやった。僕の……僕の勝ちだ!



『は……はは……くっはっはっは……』


 そこに。カメラからフェードアウトした明樹斗だったが、挑発的な態度は消えた弱弱しい笑い声が届く。


『はぁーあーあーあー……俺の負けってか。クソが』


 しかし吐くのは、変わらず汚い言葉で。


 さらに、下を向いてカメラにフレームインしたかと思えば、


『んだがまぁ……俺以外にも敗者はいるよなぁ?

 なんせテメェらはテメェらでゲームをしていたんだ、そのメールを傍受していた俺も当然知っている。ゲームの勝利条件ってのは、俺の仲間を2人以上見付けるか、俺自身を見付けるかってもんだったか。となりゃそれを達成出来たのは、ここにいる香美乃と友利だけかねえ? テメェらがやってるのはデスゲームなんだろ?

 こっちにいる奴のうち妃世子だきゃ、ゲームの敗者……殺しちまってもかまわねぇよなァ!?』


飛び出すものはクレッシェンド。弱弱しさなど投げ捨てて、また狼が顔を出した。


『うぉーい、急に来たなー』


 後ろでは、そんなことを言われてもまだ呑気な妃世子の声が聞こえる。


「……いいわけないだろう。このゲームは僕のゲームだ、君が介入していいはずがない」

『連れねーこと言うなよ……なんだかんだ言って、俺ら兄弟だろ? 俺が年上か年下かは知らんし興味ねーが……負けた俺に、ちょっとくらいの情けをかけたっていいだろぉ!?』

「僕も君も、互いのことを知らなかったんだ。ならそれはもう、兄弟なんかじゃない、赤の他人だ。それに何より、僕は君を気に入らないと思っている!」

『そうかいそうかい、悲しいねえ……。ま、兄弟のよしみでテメェをどうこうするつもりはねぇが……どうせ死に行く哀れなデスゲームの敗者達、やはり俺が殺ってやるぜぇ!? 今はもうゲームは終わった……使用人を使えねぇっつールールもないんだしなァ!?』


 明樹斗はまた、カメラの限界まで近付いて、僕を見下してくる。本当に、人を怒らせるためだけに生まれてきたのか、こいつは……!


「ふざけるなと言っている! デスゲームは僕のものだ。だから、彼女らを殺すという責任、それは僕にある!」

『……! いけません、飛鳥!!』

「クリスは黙っていろ!」


 先程まで黙っていたクリスが、焦った声を僕に向けた。当然か。僕が懐から拳銃を取り出したんだから。こういう時のために、持っていたものを。


「明樹斗! 見ていろ……お前に勝手はさせない……これが僕のプライドだ!」

「え……」

『飛鳥……飛鳥あぁ!』


 僕の叫びと、桜子の驚きと、クリスの訴えと。1度に交錯して、それらを全て、銃声が掻き消した。


 ゆっくりと倒れ、身体から赤い液体をとめどなく溢れさせる桜子。さしもの菜夕も、その桜子を見ることしか出来ないようだ。


「さあ明樹斗……さっさとエレベーターを動かせ! そこに辿り着く間に菜夕を殺し、最後に妃世子も殺す!!」


 カメラから引いていた僕だったが、この時ばかりは、それにグッと近付いて奴を睨んだ。


 だが、あいつは怯むことなく、こちらを睨み返してくるのみで。


『はは……くっはっは……くっはっはっはっはっはっはっはっは!』


 次いで、いつまでも止まらない笑い声が響いてきた。


「何がおかしい? お前は人が死んだのを見て絶頂するサイコパスだったのか?」


『はっ……バカだねぇ、お前は。俺に勝った気でいて、俺のちょっとした挑発に簡単に乗って……。こっちにゃ、テメェを誘導する手が他にもあったんだんが……。

 何がプライドだ? プライドがありゃ、人を殺していいってか?? 確かに俺は、テメェには負けたさ。んだが、あくまでゲームの中では、というだけ。

 今の行動によって、俺の目的……テメェを引きずり落として俺が頂点に立つ……その目的が達成出来たんだぜぇ!? くっはっはっはっは!』

「……」


 そうして、また高笑いする明樹斗。


『だから言ったのです、飛鳥……! その男の目的は……!』


 耳元では、半分泣いているようなクリスの声も届く。


「笑ってばかりいないで、まともに話したらどうだ?」


 その、人を沸騰させる笑い声、もう聞いていられないからな……。


『いいぜ、言ってやるぜ? テメェが落ちていく理由をよぉ!? 俺とテメェは、なんで違う場所にいるのにこうして会話出来ている? 通信機器とカメラのおかげだよなァ……。じゃあそのカメラが捕らえたのはなんだ? 俺とテメェが仲良くお話ししているものと……最後にゃ……天海飛鳥、テメェが殺人を犯した瞬間だ! これを世間に出したらどうなるかねぇ……』

「明樹斗……!」

『くっはっはっは! バカだねぇ、本当にバカだ!

 まぁ世間に出しちまったら、天海グループの評判もガタ落ちだからそれは勘弁してやるぜ? んだが……これを親父に見せたらどうなるか……。こんな証拠を押さえられる危険なバカ息子……勘当されちまうんじゃねぇか!?』


 明樹斗の笑いは、未だ止まらなかった。僕はハメられたのか? こんな奴に? ふざけるな!!

 それに、始終こいつは、僕を見下していたな……。なんでこんな奴に見下されないといけない? 僕を見下していいのはクリスだけだ! ……それもおかしな話だが……。


 いい加減に、こいつに好き放題させるのは、止めだ。



「明樹斗。ご機嫌の所悪いが……僕が最初に言ったこと、覚えているか?」

『はぁ? んだよ、走馬灯を俺と共有したいのかねぇ!?』

「覚えていないということか。僕はこう言ったよ。目に目を、そして、歯に肉、骨まで折ってやろうってね。香美乃を敗者のように見せることは、君の肉を断つにすぎなかった。でも、まだ骨を粉砕していなかったから……」

『クソつまんねー言葉遊び……覚えてられねーよ』


 明樹斗はカメラに背を向けて、ヤレヤレといったポーズを取る。だから僕は、1度深呼吸をして、明樹斗に再度、負けを突きつけてやる準備をした。そうして、


「そうだよな、桜子!」


血を流し倒れた桜子に呼びかけたんだ。


『……は?』


 その言葉に明樹斗は、ポカンと開けた口から、ただ音が漏らして振り返る。


「……ったく、服、弁償だからね!! 桜子様の服、高いわよー?」

「悪い悪い。弁償どころか、なんだって買ってやるよ」


 僕の前には、変わらず血を流したままの桜子が、それを全く気にすることなく立ち上がっていた。


『な……どういうことだ!?』


 明樹斗の映っている映像が揺れる。恐らく、カメラを両手で鷲掴んでしまったんだろう。


「どうもこうもない。桜子は死んでなんかない、それだけだ。僕が使った拳銃も、ただの空砲だよ」

『ざけんな! じゃあその血はいったい……」

「あ、これかしらん?? これは血のりって奴ね。いい感じに流れてくれてよかったわー!」


 狼狽する明樹斗に、僕と同じようにドヤ顔を向けつつ服をひらひらとする桜子。


『血のり!? んなもん渡している様子なんてねぇし、それを渡すような連絡もテメェらしてなかっただろうが!?』


 また明樹斗の映像が揺れた。さらに激しかったから、恐らく今度は、カメラを殴ったな。血の気が多い奴だ。


「明樹斗。

 君は流れる情報を頼りにしすぎた……いや、翻弄されただけだったんだよ。もっとも、そうなるように僕が仕組んでいた。わざと重要なメールや通信を傍受させることでね。僕達はそれらでしか連絡しない……そう思わせるためだ。

 だが、蓋を開ければなんのことはない……僕は昨日、現地を確認に来たんだが……その時、血のりを直接渡しに行っていたんだよ。こんな展開になる……その可能性に対する保険としてね。別に連絡しなくても、彼女らがどこに住んでいるかは知っていた。実は全員、同じものをつけているよ」


 僕がそういうと、菜夕は軽く頷き、妃世子は服をめくって血のりを露にした。

 明樹斗のこの策に気付いているならば、桜子を撃たずに気付いていることを言えば良かっただけ。だが、明樹斗に勝ったと思わせ一挙に落とす……この行動で、より完全な形での勝利を得られるんだ。


「実はそれをしたヒントもあったんだよ、明樹斗。

 僕が香美乃にメモを渡した際、香美乃はとっさにカメラに映らないように見たと言ったよな。だが、不慣れなカメラに対して即そんな行動を取れるだろうか? そもそも、その行動を取るのは、カメラが傍受されているのを知っているからだ。あれも会った時、僕が途中でメモを渡して指示を出す可能性があることを伝えていたからだ」

『な……飛鳥、実際会ったなんて聞いていませんが!?』

「悪いなクリス。言ってないからな。これが最後の策なんだ……絶対に明樹斗に気付かれるわけにはいかなかったからね。敵を騙すにはまず……ってやつだよ」

『あ、飛鳥……冷や冷やさせないでください……』


 クリスもそれを見て、最後だけは泣きそうな声を抑えていた。本音を見られた気がするよ。

 そして……デスゲームを始めるにあたり立てた、クリスを見返してやるという目標も、これで果たせたかな。……今となっては、それは二の次になっていたが。明樹斗というライバルを倒すことに集中していたし、何より……今の僕は、見合い相手達には興味が尽きないからだ。



「そうだ明樹斗。ついでに教えておいてやるよ。今回のゲームと……このデスゲームのカラクリを」

『……んだよ……』


 カメラには、明樹斗の明るい金髪だけが映っている。カメラの前でへたり込んでいるようだ。


「まず今回のゲーム。メールを見ている君なら分かると思うけど、“特別ゲーム”と銘打っていて、いつもの、“拒否権はありません”という文面をいれなかった。これは例外的なゲームとして扱ったということで、彼女らが勝とうが負けようが、デスゲームとしてはなんの意味もないんだよ」

『……』

「次に、デスゲーム自体の話をしよう。さっき君は、僕が殺人を犯す映像を、父に渡すと言ったな。だがそもそも、このデスゲームは父の認可の元行っている。使用人も使っているんだから当然だ」

『……よく親父の許可が下りたもんだ』

「下りるさ。なんせこれ、デスゲームなんて言って参加者を脅したが……嘘なんだから」

『……は?』


 今の抜けた声は、明樹斗だけが出したわけじゃない。妃世子と友利も同じだ。だが、あっちにいる香美乃に加え、こちらの桜子と菜夕は、特に表情を変えない。やはり気付いていたか。だからこそ、常にマイペースでいられたということだな。

 対して明樹斗は、僕をいかにして落とすか、ということ中心に考えたせいで、そのことに気付けなかった。明樹斗は切り札として、僕が殺人を行った、ということを利用するつもりだったんだから。


 だから叫ぶ。大声で叫ぶ。いかに反響しようとも、僕には全く響かないのに、叫ぶ。


『ざけんな! 俺は見た……最初の招待状に書かれたことを無視した奴らを、グロテスクに殺したって画像を。あれは……!』

「また僕の言ったことを忘れたみたいだね。うちには、特殊メイクが得意なメイドがいるんだ、って」


 そう、このデスゲーム……誰も死んでなんかいないんだ。


 最初に爆破した車は、運転手は乗ってすぐ助手席側から出て、その後爆発させただけ。見合い相手達が脱落したら、殺すどころか特殊メイクをして撮影だけして、充分な金を握らせて口封じをしただけ。


 そして、血のりや空砲を用意していたのもそれに関係している。明樹斗が現れなかったとしても、使用人をボスに見立ててゲームをするつもりだった。だがそこで、使用人が殺されるなんてことはあってはならない。だから、僕が先程使った空砲を配布し、ボス役の使用人はタイミングを見て血のりを噴出させる……そんな予定だった。


 確かに僕は、デスゲームと称して運営した。だがそれをバカ正直にしてしまっては、興味がなかったお見合いごときで僕は立派に犯罪者。

 そして、これを開催した理由は、追い詰められた状況でそれを打破出来るような優秀な女性なら、まだ価値があると思ったからだ。本当に殺してしまう意味なんてどこにもなくて、とにかく“負けたら死”という状況を作って真価を問いたかっただけなんだ。


 僕が父を説得出来たのも、これがあってこそだ。


「さあ明樹斗。これで分かっただろ。君を捕らえるというゲームにも勝ち、君の真の策も潰した。君は、僕に負けた。僕の、完全勝利だ!」

『……。……はっ!』


 誰が見ても間違いない、僕の勝利。これで僕の庭に乱入してきた奴は、完全に潰した。



 その後、エレベーターは動き出し、地下3階に辿り着く。香美乃、妃世子、友利らは怪我もなくそこにいた。被害を被ったとすれば、赤い液体で染めてしまった桜子くらいのものだ。

 そこに、明樹斗の姿はなかった。結局、1度もあいつと直接対峙することはなかったな……。



 さて……次が最後のゲームになるかな。

 お見合いデスゲーム、仕上げの時だ。


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