討伐計画(3)


「準備いいか?」

「はい。見合い相手5人はすでに当該圏内におり、彼女らの着けたカメラの他、街や建物内のカメラも、天海家が関係しているものに限り傍受出来ております」


 11時50分。

 ゲーム開始前、最後の確認を僕とクリスは終えた。街には見合い相手や、それが狙うべき敵の他、たくさんの使用人が配置されている。それは黒服なんて目立つ格好ではなく、オフィス街ならスーツ、歓楽街ならカジュアルなスタイルと、その場に応じたもの。だから正直、僕らだってそうだと言われなければ分からないかもしれない。


「じゃあ、最初のヒントを伝えてくれ」

『ヒントを提供します。なお、本内容はこの後メールでも送信いたします。本通信は、通信感度のチェックも兼ねておりますので、聞こえづらい方がおりましたらお伝えください』


 クリスがマイクに向かって話すと、見合い相手達はヘッドセットに手を当てるか目を向けるかする。

 初めに送るのは、敵やボスの居場所についての情報。これは僕らが推理したわけではなく、明樹斗からのメールに盛り込まれていた確定情報だ。今後、ヒントは確定情報ではなくなり、空振りになる可能性だってあるが、最初から躓いては話にならない。だから、あえてその情報はまだ送っていなかったんだ。


『……へぇ、成程ねぇ。なら敵は、あっちの歓楽街に……。あたしが絶っっ対捕まえてやるわ!!』


 それを受け取った桜子は、アマビルディング前から歓楽街にダッシュで移動した。相変わらず歩道のど真ん中を、自転車相手だって避けずに。

 そしてその移動は、他の4人も行っている。これは当然だ。


 まず、ボスは後で現れるから、今は考えなくていい。そして敵は、一般人でも容易に入れる場所にしかいない。ゲーム会場の7割はオフィス街だから、その企業に関係した人以外は入れない。辛うじて、コンビニやファストフード店には入れるだろうが、その程度ならすぐに探索が出来てしまうだろう。よって、そちらに敵はいないと判断し、全員歓楽街側へ移動したというわけだ。


「さすがにそれは気付いたというわけですね、見合い相手達は」

「当然。こうなれば、大きな建物はアマレルや他のデパートくらいのものだ」


 僕がこのゲームが簡単だと感じた理由のひとつは、ここにある。他にもあるが、それはゲームが開始されてからだ。まずは、5人の現在の居場所をメールして、被らないようにさせないといけないな。



『それでは、12時となりましたので、ゲームを開始いたします。これより敵は、ピエロのような仮面を着用しますので、それを頼りに探索ください』


 そうこうしているうちに、時間が来た。クリスの発信の元、5人はそれぞれ建物の中に入って行く。敵は、ある建物を1つ選んで、そこから出ることは出来ない。だから、もし彼女らが入った建物に敵がいるなら、見つけ出すのはそう難しいことではないはずだ。アマレルのように大きな建物は別だし、そもそもどの建物にいるか、という点が重要だけど……。


「クリス、昨日の準備、発動してくれ」

「はい」


 このゲームは容易……その理由のふたつ目。それは、明樹斗が敵に、仮面を被せることを了承してしまったことだ。確かに建物内なら、人影に隠れるだけで、見合い相手達はそれを探すのは難しくなる。そして、このゲームで僕は、専属メイドを除く使用人は使えない。


 が。


 街にある“目”は、それだけじゃない。


「どうだ?」

「やはりアマレルにいますね。隣のデパートも、です。それぞれ、日用品コーナーと食品コーナー」


 クリスがPCで操作をすると、たちまち敵の居場所が判明した。これは、監視カメラに映ったからじゃない。アマレル内は天海家の施設だから映る可能性はあるが、隣のデパート内のカメラは、天海とは関係ない建物である以上、せいぜいエントランス部分しか傍受出来ないんだ。


 じゃあどこでその情報を得たといえば、


「また情報が上がってきました。まったく、皆さん呟くのが好きなのですね。誰が見ているかも分からないのに、物好きなものです」

「そう言うなよ。そのおかげで、そこに見合い相手を向かわせることが出来るんだから。……次のヒントを頼む」


ネット上の、SNSを閲覧してのものだ。どいつもこいつも、仮面の男を見たと、写真付きでアップロードしていた。昨日僕が、クリスに頼んだことのひとつは、これらを即座に取得するための準備だったというわけだ。


 ピエロみたいな仮面を街ですれば、当然目立つ。姿を隠したって、街にある目は無数……全員から逃れるなんて絶対に不可能だ。それが可能となる場所は、一般人が入れない場所だが、ルールで敵はそこにはいられない。

 僕が明樹斗に、敵は仮面を着けろといったのはこのためだ。だから、1時間もしないうちに5人とも捕まえられるはず!


『なーなー、ちょっといいかー?』

『なんでしょうか?』


 そこに、妃世子からの通信が入る。クリスはPCに集中しているから、出たのは僕だ。妃世子は今、ライバルデパートの食品コーナーにいるらしく、なんだかモゴモゴとした通信になっている。さきほど出したヒントで、“食品”という単語を聞いて、飛んでいったんだろうか。


『確かになー、仮面の奴がいてタッチしたんだけどなー。そいつ仮面をとって、えらい怪訝な顔して去っていったわー。アタシ、変質者じゃね?』

『はい?』


 妃世子は何を言っている? 敵をタッチ出来たことは優秀だが、敵がそんな対応を取るとは思えない。敵はタッチ後、僕が管理することになっている……ということは、自分が敵であることを認めないとおかしい。なのに、なんだその対応は……?


『っていうかさー。敵ってのは、ひとつの建物に1人しかいないんだろー? なのにここー……あたしから見えるだけでも10人くらいいるんだよなー』

『は、はい?』


 益々妃世子は何を……。


「な……なんだこれ!?」


 思わずマイクがあることを忘れて声が漏れてしまったが、クリスがちょうどオフにしたらくセーフ。だが、僕が見ているモニタ……妃世子が付けたウェアラブルカメラが捕らえている映像は、いったいなんなんだ!?


「仮面の奴が、大量に……!」


 妃世子の言葉通りの光景が、そこには広がっている。


「やはり、ですか……。私もSNSを見ていて、おかしいと思っていました。あまりにあちこちで情報があがり、同じ建物でも、瞬間移動しない限りは不可能な場所に連続で現れていました」

「これは……」


 次にクリスが使っていたPCに目を映すと、毎秒毎秒新たな呟きが更新され、どれも漏れなく仮面を目撃したという情報だった。敵は5人……仮面は5人……いくら街の目は多くたって、こんな速度で呟きが出てくるはずはない……!


『あ、あの、今、いいですか……?』

『なんでしょうか、影山香美乃様』


 SNSの情報をひたすらスクロールする僕の横では、クリスが香美乃からの通信に対応する。


『これ、見てもらえますです……?』

『これは……』


 一方の僕は、SNSに上げられている写真を見ていた。盗撮のように遠くから撮ったものから、仮面をつけた数人が集まった集合写真まである。そしてそれを見ていると、この事態の原因が分かった。


「飛鳥、これを」


 クリスに促されて香美乃のモニタを見る。香美乃は今、書店にいるらしく、明らかに購買意欲のある客よりも立ち読み目当ての方が多いだろう様子が映った。


「くそ……!」


 そしてその書店の入り口には、


『この仮面! 店内にいる間に被っていただき、会計時にレジでお渡しいただければ、1万円値引きいたしまーす!』


と言うやたらテンションの高いお姉さんが、自分でも仮面を顔の横で被りつつ、入ってくる人入ってくる人に知らせていた。


 SNSを見る限り、そういったものは香美乃のいる書店だけではなく、コンビニ、ファストフード、ゲーセン、デパート……歓楽街の至るところで行われているようなのだ。だから監視カメラや、見合い相手のカメラのどれを見ても、建物内は仮面を着けた奴らで埋め尽くされている。


「明樹斗ぉ……!」


 どう考えたって、これは明樹斗の策。敵が仮面を着けることについて、あっさりOKしたのはこのためだったのか……! 確かに敵は仮面を着けているんだろうが、一般人までこんなことをされては……。

 仮面を着けるだけで1万円の値引きというんじゃ、飛びつく人はいくらだっているだろう。加えて、恐らく明樹斗の送り込んだであろうサクラが、先んじて仮面を被って店内にいたと思われる……“皆やっているから”というこの国の性質を煽っているんだ……。


 これじゃあ、敵の顔写真を送って貰った方が圧倒的に楽だったじゃないか……!


『あの……私がいる店、たくさん仮面がいる……』

『ちょっと! せっかく敵を見付けたと思ったのに、とんだ恥かいたんだけど!?』


 入ってくる通信は、友利と桜子からで、どちらもこの状況に混乱しているようだった。けど、それに答えられるものなんてない……誰よりも僕が混乱しているんだ! 明樹斗以外は容易だと思っていたのに、こんな手でくるなんて……!


「どうします? 飛鳥」

「……ひとまず、SNSはもう頼りにならない……むしろ、混乱するだけだ。閉じてくれ」


 どうしたらいい!? 建物を絞ることと仮面の情報をSNSで得ること……つまりは敵を捕らえることに対しては、その策しか用意していない! 建物を絞ることはほぼ出来ているといえるが、肝心のそこから先の道が途絶えているじゃないか!


 今、見合い相手達は何をしている? 書店にいる香美乃は相変わらず入り口を向いたままで停止、4階建てファストフードにいる友利も同じようなもの……デパートの妃世子のカメラには、食べ物しか映っていない! アマレルの桜子は……なんだこれ、監視カメラを見るに、イベント会場の舞台に上っていないか? 菜夕は……建物には入っていない?


『なかなか面白いことをしてくれますね。これまでのゲーム、どこか退屈でしたが……今回は終盤だからか、凝っている。やる気を出しましょ』


 そんな菜夕。溜息を吐いてから、ボソリと呟いて腕組みを解いた。そうして、近くの建物に入っていく。


 ……面白い……? 確かに菜夕は、ランドでもアマレルでも、余裕の勝利を収めている。そんな彼女も、今日は即勝利に向けた動きが出来たかといえばNO。それでいて、敵の唯一の目印も利用されたこの状況を、面白い……か……。


「……確かに、な」

「はい?」

「そうだ、僕は本気でやれる明樹斗との戦い……それを面白いと感じていたじゃないか。だったら今の状況だって焦る必要はない」

「……見合い相手に教えられるなんて、まだまだですね」


 クリスの言葉に、まったくだ、と言いかけて、口を閉じた。代わりに、


「目には目を、だ。クリス。いや、目は後でやるから違うな……。だったら、目には目を、加えて歯を……ついでに骨も肉も、だ」

「あの……私はこんな見た目と名前ですが、日本語でOKですよ……?」

「どこからどう聞いても日本語だ! 確かに自分でも訳が分からないことを言ったと思ったさ!」


 だが、見てろ明樹斗……まずはお前の“歯”を頂いてやる!


「クリス。今からヒント放送をする。メールの準備を」

「分からないですが分かりました」


 今から与えるのは、敵がどこにいるかというヒントじゃない……溢れる仮面にどう対処すべきかというもので……。


『はーい皆! あったしに注目ーーーー!』

「うわ!?」


 そうしてヘッドセットを付けた時。ヘッドフォンから大音量が流れてきた。クリスもヘッドセットをはずして耳を抑えている。この光景、つい先日も見たぞ……犯人は桜子……またあのちびっ子か……!


 そういえばさっき、エスカレーターに囲まれた開けた場所にある、舞台に上っていた。今はマイクを手に、集まり始めた観衆や、興味なさげにエスカレーターを行き来する人にも呼びかけている。


『あたしは! 冴島桜子……冴島重工の一人娘よ! さっき入り口で、仮面が配られていたと思うけど……あれ、うちの会社主催で行ったものだったのよねー……。そして! その続きのボーナスタイームがやってきましたーーー!』

「冴島重工!?」


 冴島重工といえば、うちのグループと並ぶ大企業……。名前の通り機械関係で大きくなり、冴島グループとして金融関係や土地関係、マテリアルや物流まで……手広い業種で名を馳せている。当然、うちのグループとの取引も多い……。

 しかし待て、桜子のプロフィールにそんなことは書かれていなかったぞ!? そりゃあ、僕にあてがうくらいだから、それくらいいてもおかしいとは言わないが……。


 それに、あの仮面の配布、桜子がやったことだと……?


「……」


 いや、そんなはずはないか。桜子にそれをするメリットはない……とすれば、それは桜子がやろうとしていることの準備でしかなくて……。


『仮面を被った人限定サービス! 今からあたしがアマレルの中をダッシュして周るから、あたしをタッチ出来た人はさらに1万円割引サービスよん!! さってー……皆聞こえたかしら!? 反対側の舞台でも宣伝してからスタートだからちょーっと待ってねーー!』


 やはり! これは、僕がヒントとして見合い相手達に送ろうとしていたもの……いや、その強化版だ!



 見合い相手達が、敵を捕まえるためにすべきこと。それは、敵をタッチすることだ。タッチするとは、相手に触れることで、当然片方が触れれば他方も触れたことになる。よって、どちらがどちらをタッチしても、互いに触れたことになりタッチとなる。要は、見合い相手からのタッチでも、敵側からのタッチでも、敵は捕らえられるということ。


 だから当然、敵側からタッチなんてするはずない、が……。


『さてさてさてーー! ゲームの宣伝も終わったことだしー……。桜子! 行っきまーーす!』


 反対側のエスカレーターホールでもマイクで大音量を発した桜子。この分なら、吹き抜け3階まである店内全体に伝わっているだろう。


『どけどけどけーーー!』


 桜子は舞台から飛び降りたかと思うと、すでに有名バンドマン達のライブの如く集まった仮面達の、ど真ん中を駆け抜けていった。ここでも桜子側から避けないのが彼女らしいが、小柄なのもあって簡単に仮面達をすり抜けて1階を制覇。2階に上がるためにエスカレーターを駆けている。

 もともと、仮面を着けるだけで1万円割引! なんて一種のお祭りムードだった店内に加え、桜子の煽り。今はもう、ここでの目的は買い物だったこと、客達は忘れているだろう。果たして誰がタッチしたか、なんて誰にも判断出来ないであろうに、ただただ全員、雰囲気に飲まれていた。


『よっしゃーーゲーム終わりーーと見せかけてさらにダッシュ!!』


 そうこうしているうちに、桜子は3階も全て走り終えると、さらに走り出す。


『!?』

『はい、タッチ。あなたね、敵ってのは!』


 桜子は辿り着いた先で、今度は自分から、仮面の奴にタッチしてしまった。


『な、なぜ俺だと分かった……!?』

『分かるわよ! そもそも! 

 仮面を着けている連中は、金の亡者かノリがいいだけの人達……興味ない人は淡々と買い物をしているだけだったわけよ。そこであたしの登場……そんな金とノリで生きる人達が、あたしに対して何もしてこないってのは、逆に変なのよね! 

 それでいてあなた……あなたはあたしに近付くどころか、あたしが近付く前に移動していたわよね! それは変……あなたが敵だって分かったわけよ!

 ついでに言うと、あたしにスマホのカメラを向けていたでしょ。あたしは1回くらい撮影されたかもしれないけど、バレバレなのよ!』

『これだけたくさんの人がいる中で、俺にだけ注目した……!?』

『ええ。あたしは冴島重工の一人娘だって言ったでしょ? 

 日頃からパーティにお呼ばれすることも多い……あたしに接してくる相手は選ばないといけない。それにパーティで、お父様もあたしもお世話になっている人がいらしているなら、いち早く見つけて挨拶をしないといけない。だから目は鍛えられているわけよ!!』


 桜子がビシッと人差し指を向けると、近くにいた使用人が、仮面の奴を連行した。僕の家に連行するために。余計なことをされたら困るからだ。


 それにしても桜子……なかなかの超人っぷりだな……。確かに、見合い相手か敵、どちらからタッチしても捕らえたとなる以上、敵は見合い相手に自分からタッチすることなんてありえない。だから、それから離れようとするものだけど、それをあの状況で見ているなんて……。

 監視カメラで見ている僕やクリスは気付いていたから、それを桜子にヒントとして渡す準備をしていたのだが……。


 ゲーム開始30分。桜子は1枚写真を撮られたものの、1人の敵を捕らえることが出来た。この情報は即、見合い相手達に共有……もうアマレルの中に敵はいない、と。加えて、今彼女らがいる場所もメールし、無駄を防いだ。



 ……明樹斗……お前のゲームには穴があるんだよ。見合い相手が敵と間違えて一般人をタッチする……それにペナルティを用意しなかったという穴がな! これなら、とにかく仮面を見付ける度にタッチすればいい。……桜子はやりすぎだけどな。


「ところでクリス。さっき桜子が捕まえた奴……桜子の写真を撮る前に、スマホを凝視していたようだったが……何を見ていたか分かるか?」

「映像、出します。さすがに監視カメラの解像度では確たることは言えませんが、恐らく、見合い相手の写真が保存されているのではないでしょうか。そして、冴島桜子を撮影する前に、念のために確認した」

「写真か……」


 これは思った通りだ。本来敵に仮面を着けさせたのは、そういった確認の手間を省くためだった。だが、見合い相手達はそういった特徴的なものを着けていないから、一旦確認するしかないということ。誰彼構わず撮影しても良いんだろうが、あっちは送信する手間があるから、確実に撮影したいんだろう。よし……これならもうひとつの用意が使える!



 それから1時間程。目立った動きはなく、クリスが現状報告のメールを作成していた。


「飛鳥。今しがた、見合い相手達へ送付したメールについてご説明します。冴島桜子は大型スーパーに移動しました。影山香美乃と兵頭妃世子はデパートですが、すでに兵頭妃世子は1枚写真を撮られてしまっています。この3名は、大きな施設を中心に見ているようですね。すれ違う仮面、全てタッチしています」

「大きな施設は、敵がいる可能性が高い反面、はずした時の時間的ロスが大きい……。1人くらい移動させた方がいいかもしれないな。ただ、妃世子が撮影されたということは、彼女がいるデパートに敵がいることは確定……。残りの2人は、今どこに?」

「残りの2人は、逆にあまり大きくない施設を周っています。特に巴友利は、コンビニやファストフード店など、1件に数分しか留まらない場所に限定していますね。こちらも全ての仮面にタッチをしているようです。残念ながら、未だ敵を捕らえてはおりませんが」

「友利は先日のアマレルやスーパーで、敵の顔以外における外見的特長を記憶している可能性があるから、その点も見物かもしれないね」


 クリスの話を、クリスが見合い相手達に送ったメールを見ながら聞く。


「さて、成宮菜夕なのですが」


 クリスが4人までの状況報告をした後、なぜか菜夕で一旦止めた。


「菜夕がどうかしたか?」

「問題です」

「問題発生?」

「彼女は、オフィス街と歓楽街の中間地点にある、図書館、美術館、博物館等しか回っていない。しかも、そこにも仮面はいるものの、成宮菜夕は誰にもタッチしていないのです」


 映像を振り返ると、確かに菜夕は、道すがらコンビニなどの建物もあるのに全てスルーし、クリスが挙げた建物にしか入っていない。それらはデパートと違い割引サービスはなく、特別な本が読めたり、絵画が見られたりという特典形式のようで、驚く程仮面を着けた奴が多いわけではない。だから、全員タッチするなんて容易いはずなのに、それをしていなかった。


 ……成程。


「菜夕の目的はひとつだ。彼女がいる場所に敵がいれば分かることだが……」

『……』


 菜夕は今、図書館を黙々と歩いていた。綺麗な長髪をなびかせて、時折それをかきあげながら。冷たい印象だがそれ以上に美人の彼女を、周りの男は手にした本を読むフリをして見ているのが分かる。


 そして、ひとつの列を歩き終えて、隣の列に向けてターンした時。


『!』


 彼女は耳にした。そして、その音の発信源へ一直線に向かったかと思うと、


『あなた、敵さんですね』


と言い、そこにいた仮面にタッチをした。


『え、アタシ!? 敵って何かなー☆』


 その仮面から発せられた高い声、間違いなく中身は女だ。さらに、菜夕が仮面を引っぺがしてその口を抑えつけたことで、完全に女だと分かった。


『図書館ではお静かにした方がいいと思うのだけれど。外、出ましょ』


 菜夕は、冷たい目とトーンをその女にやった後、手を引いて連行した。すっかりその目に氷結させられた女は、ただ菜夕に従うだけ。



『あなた、私を撮影しましたよね』


 図書館から出て、雑踏へ。歓楽街ほどではないが、図書館内とは周りの雑音レベルが違う。


『撮影ー?? なーんのことですかねー??』

『なんのために私が、こんな静かな場所を選んで歩いていると思っていたんです?

 敵さんは、私達を撮影しようとするのですよね。けれど、あなた方はそれを、運営側に送らないといけないと聞いています。となれば、撮影にはスマホを使いますよね。防犯上、スマホはカメラの撮影音は消せないでしょ。ですので私は、あえて静かな場所を選んで無防備に歩き、わざと撮影させることを狙っていたんです。

 美術館や博物館は一般に撮影禁止なのにそれをやるのはおかしいし、図書館で何か撮影するというのも、そうあることではない。

 そして、芸能人でもない私なんかをいきなり撮影……それはもう、敵さん以外ありえません』


 菜夕はそこまで言うと、腕組みをして、もうその女には一瞥もやらなかった。菜夕の背後では、使用人に連行される女が、菜夕に向かって手をブンブンと振っている。


 菜夕が1枚撮影されるのと引き換えに、また1人、敵を捕まえることが出来た。これで残り、3人。



「……とまあ、菜夕の目的はこういうことだよ」

「正解です。……と言いたいところですが、全てを見終わった後に言われても、なんの説得力もありませんが?」

「それは否定しないが……。というか“正解”って……君がさっき“問題”と言ったのは、ジャジャン! 問題です! 的な意味だったのか……」

「そうですが?」


 それなら、もっと他に問題を出すぞ風の言い方があるだろう……。


「まあ……ゲーム開始後2時間弱……仮面が溢れるというトラブルがあったが、すでに2人の敵を見つけている。残り4時間だが、探す建物の量も減っていく。当初の予定よりは遅れてしまったが、現状では良いペースと言えるじゃないか」

「そんな飛鳥に、悪い情報です。たった今、兵頭妃世子が3度撮影されてしまいました。すでに現地の使用人には、別室行きで良いかの確認済で、明樹斗側に連行されていきました」

「妃世子……。食品コーナーから脱出してからは、あのデパートにいる仮面をタッチしに行っていたんだがな……」


 やはりデパートなんて大きな場所は、1人では厳しいか。桜子はよくやってくれたよ。妃世子がいたデパートの隣には香美乃がいるが、まだ香美乃は1度も撮影されていない。そのデパートに敵はいない可能性が高く、そろそろ香美乃も勘付くだろう。3度撮影されればアウトだが、菜夕もしたように、撮影されることは敵を見付ける手段にもなるからな。

 しかし、今すぐ香美乃を妃世子のいたデパートには行かせるつもりはない。やはり香美乃が良さそうだからな……。


 とはいえ今は、まだどの建物にいるかも確認出来ていない、残りの敵2人を……。


「お……」


 かと思えば、友利に動きがあった。


 友利はCDショップにいて、週間ランキングコーナーの前を通り過ぎる。そうして、スマホを取り出したかと思えば、立ち上げたのは内側のカメラが起動する鏡アプリ。それを使って背後を確認したかと思えば、また歩き出した。そうして、棚をグルリと一周した後、またランキングコーナーに戻ってきて、


『はい……捕まえた……』


 そこにいた仮面に触れていた。

 仮面の方は驚いて何も言えないようだったが、


『あなた……この前……アマミスーパーで大きな袋を抱えていた……人が入るくらい大きな……』

『な、なんで分かった……!』

『覚えていたから……あなたのがっしりした体系と……かなり明るくて目立つ茶髪。私……途中から全部の仮面をタッチすること……やめた……。それだと……逃げられるだけだから……。フェイントをかけた……』

『……!』


友利の言葉に、さらに絶句していた。


 やはり友利は、顔以外の部分でも相手を判断出来るのか……普通じゃない。

 こうなると、どこにいるか分からない敵は1人だけ……。これなら香美乃を例のデパートに向かわせて、昨日の準備を利用した方がいいか。となれば、僕は僕のやるべきことをしよう。


「クリス。ゲーム開始後2時間半の今、敵は3人捕まえ、1人の居場所も分かっている。僕は現地に向かわせてもらうよ。明樹斗を追い詰めにな。ヒントについてはクリスの判断で出してくれ。僕には、時折現状報告をしてくれるだけでいい」

「はい。無様に負けて返ってきたら、私が慰めて差し上げますので、お楽しみに」

「クリスが慰めてくれることなんて、これまでもこれからも想像出来ないよ」

「……いってらっしゃいませ」

「ああ」



 家を後にした僕は、そう遠くもない会場に向かう。電車で数駅といったところだ。普段ならクリスか他の使用人に車で送ってもらうところだが、クリスは手が離せないし、他の使用人も使ってはいけないルール。僕自身で動くしかない。


 今の所、ゲームは僕が有利だといえる。敵は3人捕まえた上、見合い相手達の方は妃世子こそ脱落したものの、桜子、菜夕、友利は1度しか撮影されていないし、香美乃に関してはゼロだ。だからゲームがひっくり返ることがあるのならば、それは、明樹斗が見つからない、ということ以外ありえない。


 明樹斗がいるのは、会場の7割りを占めるオフィス街である可能性が高い。そうでなければ、会場の選択をここにするとは思えないからな。

 だから今僕がすべきは、そのオフィス街で奴がどこに潜伏する予定なのか明らかにすること。一般の人が普段は入れないが、ゲーム中のみ入れるようになる……そんな場所を探す。もしかしたら複数箇所そうなっているかもしれないが、確認することは簡単だ。受付に聞けばいい。



「1人で来ることは初めてかもしれないな……」


 電車から降りて、歓楽街を歩く。天海家の跡取りとして日々精進する僕だって、もちろんショッピングにゲーセン、カラオケにボウリング……何だって興味はある。でもそんな時は、クリスや友人と来ることしかなかった。

 明樹斗も監視カメラを使っているはずで、僕がこんなところにいたら、注目するだろう。実際に会ったことはないが、写真くらい向こうも持っているはず。だが……恐らく気付かれていないだろう。人も多いしな。


 街を歩けば、モニタ越しに見る以上に仮面を着けた奴らが多い。駅から出てしばらくの通りは、会場よりもさらに賑わっている場所だが、会場ではない。確か仮面を店内で返却しないと割引は受けられない内容だったが、建物外にもいくらだっていた。この街一帯を巻き込んだ騒ぎになってしまっているのか。まあ、この程度のことなら問題ないだろう。僕はもっと派手なことをいくらでもやっていたしな。


「それにしても……」


 道行く、僕らのゲームに全く関係ない人達からタッチされるのはなぜだ? 僕だけじゃない、誰も彼もタッチし合っているのが見える。桜子があまりに大げさにやってもんだから、伝染して伝染して、こうなってしまったのか……。


『飛鳥。先程影山香美乃が、兵頭妃世子が脱落させられたデパートに向かいました』

「ああ。さっきすれ違ったよ」

『その辺りにいたのですか。発信機、起動していませんよ』

「ん? 悪い。この通信機があるもんだから、スマホの電源を忘れていた」


 先程すれ違った香美乃は、相変わらず胸を揺らして走っていた。今日もダボったいセーターで、大きな胸を隠しているつもりなんだろうが……。加えて、大きめの帽子をかぶってそれを押さえるために腕が上がっていたから、より強調されていた。



 そうこうしているうちに、オフィス街に辿り着く。会場の7割を占める以上、そう簡単に潜伏場所を割り出すなんて不可能だが、アテはある。


 そもそも、普段入れない一般人を入ることが出来るようにする……それは可能なのだろうか。普通に考えたら無理だ。だが、それが実現出来る場所もあり……それは、天海グループが管理している建物だ。これなら、天海家の息子である明樹斗であれば、見学等と称して入ることが出来るようにするだろう。

 そして、天海グループは郊外に拠点を置くから、このあたりは、天海グループに関して言えば大きな建物はほとんどない。大きいものはアマビルディングだけ。そこは行かなくても分かる……明樹斗が潜伏する有力候補だ。だから今は、これ以外の事務所などを巡る。どこかのビルの一角にテナントとして入っている天海グループの会社も念のため回るが、まずは独立した建物からだな。



『飛鳥』


 僕がいくつかの受付で、一般人は入れない旨を聞いた後。またクリスから連絡が入った。気付けばもう、僕がここに来てから1時間以上……ゲームは開始から4時間以上経過していた。そろそろ、残りの敵を捕まえたのだろうか?


『ふええ……です……』


 ふええ? そんな言葉がクリスから出るなんて……。まあ、クリスの声じゃないんだが。


「香美乃の声か? また転びでもしたのか?」

『さすが巨乳にしか目がない飛鳥。先程豪快に転んでいました。しかも20分後にまた転ぶという。あの大きなお胸のせいで、バランスが取れていないのではないでしょうか。なのに、なぜあんなに走れるのでしょう?』

「……君の報告、そのためじゃないんだろ?」

『あら、お気付きで。先程その影山香美乃が、1名敵を捕らえました。兵頭妃世子を捕らえた方でしたね。ですが……同時に影山香美乃も3度目の撮影をされてしまいました。相打ちです。こちらも、別室行き! となるよう現地に伝えてよろしかったですよね』

「……別室行き! と言いたいだけだろ、それ。だが、それでいい」


 ……これで4人捕まえた、と。だがその仮面……妃世子だけでなく香美乃の撮影も……なかなかの手練れだったということ。まあ、香美乃が捕まえてくれることは計画通りだ、良しとしよう。


「なら、敵はあと1人か」

『はい。あ……いえ、どうやら最後の1人も、巴友利が捕まえたようで。残念ながら彼女も相打ちでしたけどね』

「本当か!」


 全員捕まえた! 残り1時間半、これだけあれば明樹斗を探せるはず……。


「!」

『メール……明樹斗からのようですね』


 明樹斗の仲間……僕らの敵。それら5人を全て捕まえた時、奴からメールが入った。その内容は、


『5名の仮面が全て捕まった。これから明樹斗を捕まえることが可能となる。ひとつヒントを出すのならば、まだ誰も踏み入っていない建物に明樹斗はいる』


というもの。

 まだ踏み入っていないとなると、散々敵を探した歓楽街にいるセンは薄い。こちらのオフィス街で、かつ天海関係の施設……。恐らく、僕も奴に監視されているはずだから、まだ誰も踏み入っていない、の“誰も”には、僕も含まれているだろう……。となれば、もう探すべき建物は本当に限られる。


 加えて、“捕まえることが可能となる”という文面……今から現れるのではなく、最初からそこに潜伏していたということ。であれば、オフィス街にいるのは間違いないだろう。歓楽街にいて偶然出くわすなんてお笑い種だ。


「クリス、まずはそのメール、見合い相手達に流してくれ」


 それ自体は、多少言葉を丁寧にすれば、そのまま転送しても問題ない。加えて、僕が絞った建物も伝えられれば……。


「ちょっと、そこのあなた!」

「ん?」


 そう思い、文面をクリスに伝えようとした時。


「冴えない顔したあなたですよ」


 2人の女から声をかけられた。


「さっき気付いたんだけど……あなた、このゲームに関係しているわよね。あの天海グループの建物ばかり調べている雰囲気……関係していないとは言わせないわよ!!」

「関係していない、と言い張るのでしたら、あなたがボスで逃げようとしている……としか思えないのだけれど」


 それは、桜子と菜夕。見合い相手達の中で、まだ脱落していない2人だ。


「……クリス。さっきの話はナシだ。僕が直接伝える」

『かしこまりました』


 まさか目の前に現れるとは……。まだ明樹斗を捕まえられるようになったこと、アナウンスしていないのに……なぜオフィス街に?


「……桜子に、菜夕。君達の言う通りだ。僕はゲームの案内人として、ここにいる」

「案内人、ねぇ……?」


 すでに建物を調べていることを気付かれた相手に対して、吐くのはギリギリの嘘。僕の言葉を桜子は繰り返した。だが、限られた時間の中なんだ、話を進めるしかない。


「まず、君達は何をしていたんだい?」

「ボスの潜伏していそうな場所を探していたのだけれど。5人の敵さんに対して、私達も5人……2人の敵を見付けるよりも、1人見付ければOKのボスを探す方向にシフトしました」

「それに! ボスって目視だけでオッケー……なら、あたしと菜夕、2人同時に見れば、2人ともゲームクリアってなるじゃない! だから協力しようって話になったわけよ!」


 成程……つまりは僕と同じように、普段入れない場所の中で、今は入れる場所を探していた……。それに桜子は、“天海グループの建物”と発言した……このゲームが、天海グループが大きく関係していることは、とっくにお見通しということか。


「クリス。地図の中で、オフィス街の天海関係の建物を塗り潰したものをくれ」


 なら、隠すことはない。クリスから送られてきた地図のうち、僕、桜子、菜夕……3人ともが行っていない建物に、今から行けばいい。


「ここは……」


 各々が調べた場所を削除していくと、僕だけ声が漏れたが、桜子も菜夕も、同じ気持ちだっただろう。“やはり”、と。


 僕らが誰も行っていないのは、地図の中心地点、アマビルディングのみ。僕は横を通ったが、可能性が高いからと後回しにしていたし、この2人も似たようなものだったんだろうな。

 もちろん、これだって空振りの可能性はある。だが僕は、明樹斗の歯も目も肉も骨もいただくつもりでいるんだ。多少のミスは問題ない、策はある。


「よし、行くか……!」


 ゲームは残り、1時間強しかない。アマビルディングは大きい。中を探索するには、この時間をもってしてもギリギリのところだろう。


 だからこれが、最後の勝負だ……!


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