際立つ者達(5)


「ということで、まずはG兵頭妃世子と、J風見楓かざみかえでの対決です。前回のゲーム、兵頭妃世子は知っての通りですが、風見楓はたまたま近場に同じボールを持った方がいたようで、即ゲームクリアとなっていました」

「一番つまらないことをしていたんだな。あまり期待は出来ないが、さっきの司会を見た後ならなんだって目に入れても痛くない」

「ごもっとも」


 司会がやっと画面から消え去った10分後、ゲームが開始された。


 モニタをソファの前のテーブルに置いて、クリスと並んで見る。さっきまでは、クリスが僕の斜め後ろで立っていたが、司会者うざい同盟を組んだので、珍しくクリスも座っているんだ。

 モニタは3つ並べてあり、ひとつは妃世子、ひとつは楓、もうひとつはフロアの見取り図に2人の位置をポイントしたものを映していた。見合い相手達のアプリとは違い、これはずっと表示されている。


 2人は、ちょうど真逆の位置に配置されたようで、人混みがなくても互いに目視は出来ないだろう。


「ではゲーム……スタート!」


 司会の合図で、いよいよ2人は動き……出さなかった。2人ともその場で、きょろきょろはしつつも一歩だって動かない。楓は三つ編みにした髪を何度もいじるだけ、妃世子は団子を次々に頬張っているだけで。


「2人とも、基本に忠実に動くつもりでしょうか」

「恐らくな。2人ともアプリが使えるようになる10分後まで何もしないつもりだ」


 クリスはモニタから目線をはずし、コーヒーを手に取る。このまま10分何も起きないだろうから、僕もそれに習うしかなかった。



 そしてコーヒーを飲み終える頃。


「お」

「やっと動き出しましたか」


 ようやくその時が来た。2人ともほぼ同時にアプリの探索ボタンを押したかと思えば、フロアの中心方向に向かって歩き出す。どちらも最短距離で対戦相手の方に向かうためだろう。


「本当に、ただアプリに頼っているだけのようで」

「まあ、ここから何か動くと信じよう」


 2人は、さすがに1度の探索だけで相手を特定するには至らない。だから、しばらく歩いた後また歩みを止めて、次にアプリが使えるのを待っているようだ。


「そろそろ1分……次の探索が出来るようになるな」

「おや? 兵頭妃世子をご覧下さい」


 クリスが指さす妃世子は、1分経ったにも関わらず、スマホを手にしていない。対する楓は即アプリを起動して周りを確認しているのに。


「お? 今見るのか」


 だが、そこから20秒程経った時、ようやく妃世子もスマホを確認したものの、


「もうしまってしまいましたね」


一瞬確認して即座に胸ポケットに入れ、代わりにまた団子を口にした。


 そして妃世子は、対戦相手がいると確認した方向には行かず、反対方向に動き出し、すぐ止まった。楓は、また1分経ったためにアプリで妃世子の居場所を確認して近付いてくるのに、だ。

 そうしたすぐ後。妃世子は、さらに楓から離れる方向に歩くが、環状になっている吹き抜けをグルリと一周する形で歩きつつ、元居た場所に近付いた時、アプリを使用した。今度もまた、一瞬の確認のみだ。


 そんな、次の瞬間。


「メールが来ましたね。番号しか書いていないメールですが……兵頭妃世子からです」

「またえらくシンプルなメールだな……。でも、妃世子が送ってきた楓の番号は正解のようだな。このゲーム、妃世子の勝利だ!」


 そのことを司会に伝えると、エキストラに混ざっていた使用人が、妃世子に勝利を伝えつつ、泣き叫ぶ楓を連行していった。


「おー、恐い恐い」


 妃世子はそれを見ても落ち着いたもので、ボソリと呟いてから、手持ちの団子が尽きたのに気付いて食料品売り場に向かって行った。



 妃世子が、対戦相手たる楓の番号を特定に至った理由。

 それは、1分ごとにスマホを握り締めるように凝視している相手こそ、対戦相手の可能性が高いということを利用したからだ。だから妃世子は、スマホを確認する時は一瞬にして、相手にそれだと悟られないようにしていた。

 加えて、アプリを使うタイミングをズラしたのは、相手と同じタイミングでは、そのスマホを見ている対戦相手を確認出来ないからだ。

 そうして、最後に吹き抜けを1週する時点ではほぼ対戦相手の目星はつけていて、回りながら見たアプリで相手の位置情報を最終確認……1週したことで相手の背後を取ることが出来、背中側にある番号を確認……番号特定に至ったというわけだ。


「基本を応用した戦術ですが、基本を守ることは重要ですよね」

「昨日のゲーム終了後のメールもそうだし、妃世子は注目ランキング上位から不動になりそうだよ」


 これは、思ったより楽しめそうだ。妃世子がとった行動を他にも使う奴はいるだろうが、もっと違う行動を取った奴がいれば、さらに楽しめる。


 ……もう認めた方がいいか。僕は、見合い相手がどう動くかについて、とても興味が出たということを。と同時に、伴侶探しについても頭の片隅に現れ始めたことを。



「飛鳥。次は見合い相手L……成宮菜夕の出番ですよ。対戦相手がかわいそうですね」

「いや、それは分からないさ。菜夕は観察を基本としているようだけど、ここはあまりに人が多いし、昨日みたいにじっとしていてはあっという間に居場所がバレてアウト。もしこれで菜夕が勝てば、本物ということだろう」


 菜夕の対戦相手は、見合い相手H……長崎ながさきナオミ。長髪で、片目が隠れているのが特徴的だ。


「ゲームが始まりましたが……こちらも動きがありませんね。結局成宮菜夕も、また観察しているだけの様子ですし。長崎ナオミの方は、スマホを握り締めて……10分経ったら即、アプリを起動するつもりでしょうか」


 菜夕は、エレベーター脇にある休憩用のベンチに腰掛け、脚を組んで冷たい目で周りを見ているだけ。昨日のゲームを考えると彼女らしいとは言えるが、とすれば何か目的があるはず。

 まあ、まだ1度しか見ていないから、彼女の能力がどれ程のものかは分からないが。今分かることいえば、今日は水色のワンピースを着ていて、昨日も色違いのそれだったから、その服が好きなんだろうということくらいか。



「結局、間もなく10分ですが何も動きがありませんね。期待はずれでした」

「いや、ここからだろう」


 10分経過。菜夕は結局1度も動かず、ナオミはやはりアプリを確認している。

 しかし、そうなれば勝負は早い。ナオミはスマホを見て走り出し、エレベーター脇に辿り着いた。そうして、数回の位置情報確認タイムを経た後、僕らのスマホにメールが届く。


「おや。勝負あり、ですか。今届いたメールが長崎ナオミからなら終わりですね。それに反して、成宮菜夕が近付くナオミに気付いてそれを対戦者だと特定……ゼッケンを確認してメールしたのでしたら、大変優秀ですが」

「残念ながら、ナオミからのメールだよ」

「あら。先程の方々よりもあっけない幕切れで。足掻いているのが伺える分、まだそちらの方が見応えがありましたね」


 なんだよ、これで終わりということか? 菜夕……これだけ期待させておいて。


「!」


 そんな時、今度はその菜夕からメールが届いた。


「……飛鳥、メール、見ましたか?」

「ああ、見たが……」


 菜夕からのメールを開くと、


『勝負は決しました。私の勝ちですよね』


と書かれている。


 ゲームに勝ちたいのであれば、そんな無駄文ではなく相手の番号を書いて送れよ。

 モニタに目を移すと、菜夕は真っ直ぐにこちらを見つめていた。定点カメラに気付いたのだろうが、その目はいつもの冷たさに加えて自信も兼ね揃えているように見える。


「……ん?」


 いや、待てよ? 今菜夕がいるのは、エレベーター脇にあるベンチ……。休憩用だから、菜夕以外にも近くに座っている奴はいる。エキストラには客を演じてもらっているんだから当然だ。

 次に、アマレルの平面図と見合い相手の位置情報を示したモニタを見ると、確かに菜夕はエレベーター脇にいることを示している、が。5つあるベンチのうち、菜夕自身はその真ん中にいるのだが、位置情報はその隣……右から2つを目あたりを示している気がする。平面図にポイントが出ているだけだから確実なことは分からないが、位置情報がズレている?


「そうか……」

「どうされました?」

「菜夕の言っていること、ナオミからの特定メールを見れば分かる」

「そういえば、そちらは見ていませんでしたね。……あら、そういうことですか」


 ナオミからのメールを確認すると、それは間違いなく、対戦相手の番号を特定したというものだった。だが、その特定したとする番号……菜夕のものではない。特定を失敗したんだ。


「番号特定の失敗……それは、メールをした長崎ナオミの敗北、成宮菜夕の勝利を意味しますね。しかしながら、なぜ長崎ナオミは失敗を? 相手は動いていませんでしたので、特定失敗するとは思えません。

 確かに位置情報は平面図にポイントを落としているだけなので、パッと見では間違えることもあるでしょう。しかし、見合い相手達は、負けたらどうなるかよく分かっているはず……そんなつまらない間違いをするはずがない」


 クリスが顎に手を当てて質問してきた。別に僕が答えてもいいが、


「そのあたりは、ちょうど今あっちで結果発表をやっているから、モニタリングしようじゃないか」


ナオミが司会に泣きついていて、菜夕も近くにいるゆえ、理由はあっちで解説してくれるだろ。



「あの、なぜ私が負けなんですか!? 対戦相手は、あのベンチに座っている方ですよね!? 私は何度も確認してから特定メールを送った……間違えるはずがない! 

 もし間違っているなら、ゼッケンを交換する等の不正をしたってこと! それはルール違反ですよね!? ゼッケンを脱いだら失格なんですから!」

「はい、確かにその通りですが、対戦相手はそんなことはしていません」


 長すぎる髪を、片目どころか両目が隠れる程振り乱して訴えるナオミ。対して司会は冷静に返すのみで。さっきのクリスの注意が聞いたのか、すっかり大人しくなったな、司会は。


「あの、私から解説しましょうか?」


 そこに、菜夕が割って入る。


「え……誰ですか?」


 ナオミは髪を直してそちらを向くが、菜夕に対して怪訝な顔を向けていた。


「私、あなたの対戦相手なのだけれど。もっとも、あなたは私の隣のベンチにいた、メガネの女性が対戦相手だと思ったんですよね」

「え……え??」


 しかし、その菜夕の言葉で、一挙に焦り以外の感情が消えていく。


「アプリで確認出来る位置情報は、何で感知しているのか、考えたら分かるでしょ。スマートフォンですよ。デスゲームが開始されて配布されたものは、スマートフォンだけ。なら、これ以外ないでしょ。ま……今私は持っていないのだけれどね」

「え……そ、そんな……まさか……!」


 菜夕の解説に、ナオミはまた髪を振り乱して走り出した。目的地は、菜夕が座っていたベンチ……ではなく、その隣に、未だメガネの女が座っているベンチ。TVから出てくる女幽霊のような井出達となったナオミに、メガネ女が驚いてベンチから落ちるように去ると、ベンチの下に置かれた物が確認出来た。


「こ、これ……!」

「あーそんなところに落ちていたんですねー見つかってよかったですー」


 完全に髪で目の前が塞がっていそうなのに、どうやらナオミはそれが見えているらしい。そこにあったのは、菜夕が落とした……いや、意図的に置いたスマホ。菜夕の棒読みな演技が、皮肉となってナオミに突き刺さった。



「成程、そういうことですか」


 クリスはその段階で菜夕の策に気付いたようで、アゴに置いていた手を、下ろすついでにコーヒーに手を伸ばした。もしかして、今度こそクリスを出し抜くチャンスだったのか? それなら僕が解説すればよかった……が……。

 菜夕がしたのは、位置情報がスマホから出されることを利用し、別の人間を対戦相手のように見せること。すると特定失敗で、菜夕は何もしなくても勝利となるんだ。


 いつスマホを置いたかは正直僕も気付かなかったが、菜夕はスマホを隣のベンチに滑り込ませてそれを実現した。エキストラは客を装い、メガネの女もそう……そして、ベンチは休憩所なのだから、その女がスマホを触ることもあるだろう。となれば、ナオミから見てその女が位置情報確認アプリを使っている……そう見えて、対戦相手だと思い込んでしまう。そんな発想に至ることは、責められはしないよな。


 僕らはあくまでモニタリングしているだけで、位置情報は常に表示されているもんだから、菜夕からメールが来るまで気付きもしなかった。本来なら、菜夕はもっと別の場所に居た方が安全だろうに。対戦相手が位置情報を読み違えて、位置情報を発する場所にいるメガネ女ではなく、隣の菜夕を対戦相手だと特定してしまう可能性だってあった。

 なのにわざわざ近くにいたのは、僕らさえも欺くためか? やってくれる……だが、面白いじゃないか!


「見た目は何も起こらない地味な戦いでしたが、こうして終わってみると、知略が巡らされていたのですね。途中まで気付かない飛鳥は愚かです」


 そしてクリス……こいつもまたエンターテイナー……また気付いていたのに気付いていないフリだったのか……。僕が解説しなくてよかった。もちろんこれが、“知ってたし! 最初から知ってたし!!”的な強がりじゃないことは、これまでの付き合いから分かるしな……。


 次の対戦こそ、クリスより先に何が起こったか見極めてやる!



「飛鳥、ご注目ください。次はあの、巨乳の方……Zですよ。よかったですね。対戦相手のAも結構なものをお持ちで。あ、コーヒーを入れてきますので、是非集中してください」

「胸の話題がしつこすぎる!」


 次の対戦カードは、見合い相手A対Z……矢田部八重やたべやえと影山香美乃。八重も確かに巨乳で、自分でもそれを分かっているんだろう、上乳が見えるチューブトップを着ている。対する香美乃は、大きめのパーカーで、自慢出来そうなそれを隠してしまっている状態だ。今日もまた、タブレットPCを持ってきているんだな……何に使っているんだ?

 ……クリスのせいで、胸中心に見てしまったじゃないか。それに香美乃は巨乳よりも、異様に守りたくなる感の方が印象に残っている。今だって、タブレットPCを抱きしめて少し震えているようで、モニタ越しでも声をかけてやりたいくらいだ。


「はい、お待たせいたしました。まだしばらく見ていることになるでしょうから、コーヒーミルごと持って参りました」

「クリス、コーヒー好きだよな……」


 たぶんそのミルも、僕のためではなく自分のために持ってきたんだろう。僕はまだ、一杯目を飲み終わっていないしな。



 そうこうしているうちに、ゲーム開始の時。


「おお?」


 思わず声が漏れてしまったが、あの小動物のような香美乃が、突然走り出したからだ。競技場に連れて行ったら入賞出来そうなその走り……胸が揺れる揺れる揺れる! パーカーで隠しているのに、パーカーごと揺らしている!


「飛鳥が案の定、影山香美乃にご執心ですので、私は矢田部八重を見ることにしますね。ところでこの矢田部八重ですが、実は私はかなり注目しています。

 昨日のゲーム、男性を中心に交渉してかつ、勝利を決めてもまだそうでないかのように振舞っていました。他の参加者を騙すため……つまりは見合い相手を減らすため。

 もっとも、井坂伊佐美のように誰かを騙すことは出来ていないようでしたが。ですがそれは、矢田部八重自身が見合い相手だとバレないように、行動の範囲を狭くしていたためです。その点から、私は注目しているんですよ。ほら、見てください」


 クリスが八重の映るモニタを指差す。壁にもたれかかって目だけを動かしていて、その目線の先には香美乃。香美乃は誰ともぶつからず、かつ壁際を中心に走っているものの、さすがに少し目立ってしまったようだ。もっとも、それだけで香美乃が対戦相手だと断定は出来ないだろうが……。しかし、八重にマークされたのは間違いない。


「1週した……転んだ!?」


 数分して、香美乃はフロア全体を走り出す前のスタート地点に戻ってくる。だがその瞬間、香美乃は何もない場所で盛大に転んでいた。幸いタブレットPCは持たず走っていたようだし、先程まで揺れに揺れていた、エアーバッグならぬ男の夢が詰まったドリームバッグのおかげで無事のようだ。


 そんな彼女が戻ってきたのはフードコート。タブレットはテーブルの上に置かれており、すぐにその席に座る。イスは背もたれが数本のパイプで繋がっているものなので、ゼッケンの確認は可能……隠すことには繋がらない。


 香美乃は即、タブレットを立ち上げる。どうやら無線キーボード型のケースに入っていたらしく、恐ろしく早いスピードでタイピングを始めた。雑踏のせいで聞こえていないが、モニタを見ているだけで、キーを規則的なスピードで叩く音が届いている気さえする。


「おや? そちらの方、面白いことをしていますね。気でも狂ったのでしょうか」


 八重を見ていたクリスがこちらのモニタを見た後、一瞬僕を見た。

 ……こいつ、もう勝敗の予想が出来ているのか? 


 判断材料としては、香美乃が突然走り出すというおかしな動きに八重が気付いている可能性があることと、香美乃のさらにおかしなタブレット操作……。ストレートに考えれば八重が勝つのだろうが、昨日クリスは、伊佐美に注目したと言った後、伊佐美はすぐ脱落した。それと同じなら、八重に注目しているというのは嘘で、香美乃の勝ちとなる? どうやってだ……?


「矢田部八重がフードコートにやってきましたね。そして、間もなく10分が経過しようとしています。決着が付きそうですね」


 すでにモニタは、ひとつで事足りる状態となった。香美乃も八重も、ひとつのモニタに映っているんだから。


 香美乃はいったい、タブレットに何を打ち込んでいるんだ? さすがにモニタ越しでは、そのタブレットに今何が映っているかまでは確認出来ないが……。


「……あ!」

「なんです? 突然声を上げるので驚いてコーヒーをこぼしましたが?」

「なあ、今回配布したゼッケン、最大何番まであったんだ?」

「最大1万ですね。もっとも、さすがに1万人はいませんので、連番で全てがあるわけではありませんが。さて質問に答えたので、散り行くコーヒーに謝罪をしてください」


 ……クリスの戯言はいい。その数字なら、可能か?


 その答えは、間もなく分かるようだ。10分経過まで、あと10秒。9、8、7……そして訪れる。位置情報を確認出来るようになる時が。

 八重は即座にアプリを起動、確実に香美乃を視界に入れた後位置情報と比較……すぐにメールを打ち始めた。香美乃を9割方対戦相手だと断定していて、最後の確認に位置情報を使ったということ……!


「メール……矢田部八重からですか。どうやら、影山香美乃を対戦相手だと断定し、実際その番号をメールして来ている。特定成功ですね。しかし……もうひとつ来たこちらのメール、ちょっと気持ちが悪い」

「いいよ、僕が見るから」


 八重からのメールは、確かに香美乃の番号を特定するものだった。そのメールが来たのは、ゲーム開始から10分10秒……八重がかなり優れていることが分かる。


 が。


 10分丁度……その瞬間、つまり八重のものよりも先にメールが来ていた。それはもちろん、香美乃からのメールで。その内容は、


『対戦相手の番号を特定しました。1、2、3、4、5、6……』


と、無限にも思える程数字が羅列されたものだった。スクロールしてもスクロールしても終わりが見えないそれを、クリスが気持ち悪いと言ったんだ。


「うん……間違いない。香美乃は対戦相手である、八重の番号を特定している……香美乃の勝利だ!」


 香美乃が突如、タブレットPCを触り始めた理由。


 それは、1からとにかく多数の番号を打ち込んで、1度のメールで送信するための準備をしていたからだ。彼女は最初フロアを一周していたが、ゼッケンの最大値がどの程度のものか確認していたんだろう。もしそれが1億とか訳の分からない数字まであるなら話は違っただろうが、実際には1万。

 それが分かった香美乃は、全ての番号を打つことにしたんだ。もっとも、その1万という数字、その付近までしかないとは分かっても、そこまでしかないとは香美乃は分からない。だからメールには、1から10万までの全ての数字が打たれていた。グラフ系のソフトを使って数字を出して、それをコピー……PCからスマホに送り、それを僕らに転送したんだろう。


 このゲーム、ルール上は“特定メールは1度だけ”となっているが、じゃあ1つしか数字を挙げてはならないか、と言われれば、答えはNO。それに気付いた香美乃は、相手を探すのではなく、アプリが使用可能になる前に可能なだけ番号を打ってメールしたということだ。


「今回は飛鳥も気付いていたのですね。一応、褒めて差し上げます」

「嬉しくはないが、受け取っておく」


 モニタを見ると、早速行われた結果発表を受けて、八重が狼狽していた。まあ、無理もない。誰が位置情報を使わずに勝利を得る、なんてことが出来ると思うだろうか。



 ……香美乃……今はまた、子犬のように震える系女子に戻っているが、さっきまでの鋭さは別人のようだった……。逆境で力を一挙に発揮するタイプなのか? 何してもこれで、香美乃は菜夕や桜子同様に、注目株となったな。



 次の戦いはUvsQだったが、この勝負はあっさりと終わってしまった。昨日のゲームで、UのことをQ……巴友利ともえともりが覚えており、それを見て対戦相手だと確信したとのこと。友利はすでに卒業済みにも関わらず、なぜかセーラー服で、黒髪をハーフアップに束ねている。


 Uにとっては、対戦相手もそうだがスタート地点についても運がなかった……最初から、半径2メートル以内にそれぞれが配置されていたんだから。

 おかげで、この勝負は1分と持たずに決まってしまった。位置情報を確認せず、即特定メールを送った友利の英断は、優秀だといえる。下手したら、たまたま昨日も今日も同じ場所にいただけだったかもしれないのに。注目すべきはその決断力と記憶力……巴友利、こいつもまた勝ち残っていくのだろうか。

 


 さて、次の対戦カードは……。


「おや。あなたに壁ドンした彼女の登場ですか。しかし、本当に小さな子ですね。小学生のようでかつ、スカートがすごく短い……これで常時下着が見えていたら、何か海草的な名前を付けて差し上げたいところです」

「残念ながら桜子は、魚介な名前には関係ない、花の名前だ」


 DvsI……冴島桜子と飯島いいじまいろは。いろは、なんてなかなか珍しい名前だが、その見た目はいたって汎用的。巻髪に白いトップス、花柄スカート。女子大にでも行けば、石を投げればいろはに当たるだろう。ただ、身長が高いのが唯一の特徴か。


 ゲームが開始されても、いろははやはり、汎用的。これまで多く見た、10分経つまで何もしない、を実践するつもりだ。


 桜子はといえば、人混みをよけるどころか相手によけさせて、道の真ん中をスカートを揺らして歩いていた。顔こそ動かさないが、目が上下左右に動いているのが分かる……対戦相手らしい奴を探しているのだろうか? しかし、モニタ越しでも目の動きが分かるなんてな。背は小さいのに目がでかい。それ以上に態度もか。


「……ここにしようかしらね」


 数分歩いた後、桜子は足を止める。そこは、背後には従業員用の出入り口しかない、フロアの端。少し離れて、トイレと、トイレに行った人を待つためのイスとテーブルも、少しだが置いてある。ここはテナントが密集する地帯よりも圧倒的に人が少なく、金髪の桜子はやたら目立っていた。


 彼女はそこに着くなり、


「申し訳ないけど、どいてもらえないかしら。そこ、あたしが使うから」


と、既に座っていた奴をどかせた。

 エキストラだから当然応じるが、これを日常生活でやっているなら、トラブルが絶えないだろうな……。まあ、今はデスゲームなんて非日常、なんだってやるんだろうが。


「クリス、さすがに今の時点じゃ、桜子が何をするかなんて分からないよな」

「ええ。もう何度目か分からない、対戦相手2人ともが何もしない状況になってしまいましたし。けど、どうせ冴島桜子が勝つのでしょう」

「僕もそう思っているよ」


 ……ん? そんな桜子、せっかくテーブルを開けてもらったのに、また歩き出した? 行き先は電化製品売り場……今はゲーム開始から8分が経過しているから、間もなくアプリが使用可能になるのに……。

 と思ったら、すぐに戻ってきた。レジを通していないであろう、拡声器を持って。そうして、テーブルの上に立ち上がったかと思えば、はたから見ても分かるくらい、大げさに息を吸い込み、


「皆ーーあたしの話を聞きなさい!! あたしはとあるゲームの参加者よーー! ちょっとあたしの対戦相手、聞いてるー!?」

「!?」


拡声器のボリュームを最大にして叫んだ。モニタリング用のスピーカー、音割れし過ぎて耳が痛い!


「ねーー、こんなつまんないゲームやってないで、あたしと組んで主催者をやっつけましょうよーー!!」


 クリスがボリュームを下げている間もなお、桜子のシャウトは止まらない。人だかりが出来てきたが、テーブルの上に立っていてその短いスカートなものだから、絶対見えているだろ。それとも、桜子は黒いタイツを履いているから見えてもオッケーと思っているのだろうか。


「うおりゃあああああ!」


 なんて、なんとなくモニタを少し下から覗き込んでいたら、桜子が拡声器を投げ捨てて自分はテーブルから飛び降り、近くにいた女を蹴り飛ばしてしまった。小柄な桜子からの蹴りなんてそう威力はないだろうが、驚いた女は倒れて、持っていたスマホやバッグを落としてしまう。


「あ、ちょっと!」

「でえええええい!」


 そうして桜子は、その倒れた女……いろはが落としたスマホを踏みつけて壊してしまった。


「……えらいことやるな……」

「ええ、ですがこれで……」


 僕が思わず呟くと、クリスも同じように呆気に取られていたようだ。拡声器を持ち出した時はまさかと思ったが、こんな豪快なことをやってくるなんて……。たぶん、クリスの予想も超えたわ。


「あなたね、あたしの対戦相手は! もう番号は見たし、あなたのスマホは破壊した! あたしの番号も見ただろうけど、スマホが無ければどうしようもないわよねえ?」

「そ、そんな……。でもなんで私だと……!?」


 腕組みしながら、未だ床に手を付いたままのいろはを見下す桜子。いろはの方は、小さく震える声で返すしかない。


「第1に! あたしがこの場所を選んだ理由! ここは従業員の通路とお手洗いしかない、人が少ない場所だから! そしてこのテーブルの後ろは、壁になっている……あたしが背中をぴったりそこに付けたら番号を隠す行為でアウトだけど、回り込んだら見える位置を陣取ったってわけね!」


 桜子は腕組みを解除して、先程のテーブルを指差す。飛び降りた衝撃で、倒れてしまっているが。


「第2に! あたしがさっきのタイミングで拡声器を使った理由! 10分後から位置情報が確認出来るアプリが使えるということは、何も考えなければその瞬間にアプリを起動するわよね? そして、あたしが叫んだのは9分30秒くらいの時……あんな叫びを聞いたら、当然対戦相手であるあなたは飛んでくるでしょう。

 そしてあたしを目視したら、アプリを起動するため、スマホを出す。でも、あなたがあたしを目視出来たってことは、当然あたしもあなたを目視出来る。ここ、人が集まって来たといっても、大した人数はいないしね!!」


 次に、投げ飛ばした拡声器を指差してマシンガントーク。床に叩きつけられた衝撃で、もう使えないだろうが。


「さて、ここで問題よん? あたしがここで行った大きく分けて2つの行動……その理由を語ったわけだけ、ど! そこからあなたの質問、なぜあたしがあなたを対戦相手だと分かったか、に繋がるのよね! それが何か分かるかしらん?」


 最後に、指はいろはの方を向く。


「あなたを目視してすぐスマホを出すということは、ゲームに参加している人である可能性が高い……。壁を背にしているから、位置情報からあなたが対戦相手だと分かっても、その番号を確認するために後ろに回りこまないといけない……。それをしてしまった私は……ゲーム参加者のすべき行動をまさにとってしまい……あなたから見れば、私は……!」


 そちらを向けないいろはは、か細くマイクがギリギリにしか拾わない声で答えた。


「大・正・解! あなた、死んじゃうのが惜しいわねー。あー残念残念!!」

「うわ、うるさっ!」


 いろはの声にあわせてボリュームを再度大きくしていたら、また桜子の声で耳をやられてしまった。クリスも耳を抑えている。ったく、桜子には振り回されっ放しだ……。

 この状況……桜子もいろはも、互いの番号を確認してはいるが、いろはのスマホを破壊された。加えて、誰がどう見たって、勝敗の付いたこの状況。もう特定メールなんて待つ必要はない、桜子の勝利だ!



「いいのですか、ゲームの方を見なくても」

「残っているメンバーは、昨日のゲームで大したことをしていないからな。万が一……いや、億が一、脳ある鷹がいたら教えてくれ」


 桜子が勝利したゲームの次が、すでに始まっている、だが、僕はそれを映すモニタを見ていない。残りは、本当に興味がないからだ。実際、陸上部のユニフォームと思われるものを着ているY、佐原指実さらはさしみが、ひたすらアプリを使用する無難な方法で勝利を決めたところだ。

 ゲームとして特筆する点はなく、挙げるなら“サシミ”なんてえらく珍しい名前だなというところくらいで。こんなんじゃ、見る価値もない。


 そんな中僕の目は、アマレルの1階、エントランス付近にある、カフェの中を映しているモニタに向いていた。カフェの中及びフロア1階は、ゲーム会場にはなっておらず、カフェはアマレルに入らなくても利用出来るので、通常営業をしている。そこには菜夕が、妙に大きいフロートの乗った飲み物と共にいた。フロートは追加料金で大きく出来るのだが、そこまで大きいのは初めて見た……もう浮いてないから、ただのソフトクリームだ。


 菜夕の目的は明らか。ゲームが終わった見合い相手から帰って良いことになっているから、エントランスから出てくる奴らを観察しているんだろう。そうして、“他の参加者に見つかってはいけない”というルールを再度利用し、見合い相手を減らすつもりだ。ゲームに勝って浮かれている奴らだ、ボロを出してもおかしくない。


 一応、エキストラには店の出入りもするように言ってあるから、それに見合い相手達が紛れればまず分からないだろうが。しかし、そのようなことがあると警戒したのか、すでに勝利を決めた妃世子や香美乃は、裏の出入り口から退出している。桜子は堂々と正面から出たようだが、あのちんちくりんな外見の奴が同じデスゲームの相手だとは思えないだろうな。


 だがしかし。重要なのは成果じゃない、菜夕が常にそういった策を進めているということ。成宮菜夕……ストイックで素晴らしいじゃないか。


 ところで、さっきのフロートはどこに行った? すでにグラスの中が空に……。


「飛鳥!」

「ん? 驚きだよな、あんな大きなフロートがものの数分で……」

「何の話ですか? あなたの頭はフロートのように溶けているのですか? それより、これを見てください」

「んを!?」


 フロートの謎について考えていると、クリスが僕の頬を両手で挟んで、クリスが見ていたモニタの方へ強引に向かせた。


「司会者じゃないか。こいつがいったい……」


 それは、仮面でうざい司会者と、今まさにゲームを行っている2人、NとPを映したもの。……ん? エキストラ達が全く映っていない?


「何!?」


 だがよく見れば、司会の手にはスタンガン。すでにPは倒れていて、Nも今この瞬間、スタンガンの餌食となり、その場に倒れた。

 ちょっと待て、スタンガンというものは、そう簡単に人を気絶させられるものなんかじゃない……あれは改造されたものか……!


 そもそも、なぜ司会がそんなことを……!?


「待て……あの司会、最初は異常にうざかったが、途中から大人しくなったよな……。クリスの一喝が効いたのかと思っていたが……」

「あんな気持ちが悪い程うざい方、私が少し話した程度でどうにかなるはずがありませんよ」

「それはつまり……」


 僕とクリスが会話する中も、モニタの中で司会の行動は終わらない。

 海外旅行用の大きなスーツケースを2つ売り場から拝借したかと思うと、その中に、先程気絶させた2人をぶち込んだ。この2人は小柄だから、体操座りのような格好をさせたら簡単に収まってしまった。……小柄な奴を狙った? なら桜子も危なかったが、いろはの身長が高いから狙われなかったということ……。


 いや、今考えるべきは、そんなことじゃない!



 なんだあいつは! あれは仮面を被りフードをして、司会のフリをしている全くの別人だ!! なんの目的でこんな? どうやってここに入った??


「クリス! 使用人達は何をしている!?」

「分かりません。本物の司会の姿もないことから、この偽者にやられた? ほら、見てください」


 モニタには、仮面の男の他に2人、さらに仮面の男が現れる。そうして、見合い相手が詰められたスーツケースを持ち出してしまった。仲間がいるということは、他にもそれがいて、使用人達がやられた……?


「こいつ……」


 3人現れた仮面のうち、1人だけ残っている。見合い相手を気絶させた奴が。そいつは仮面を取り、フードを下ろしていた。茶と金の間程度の無造作な髪を持ち、その顔からは猛獣のような獰猛さしか感じない……チンピラのような男。ポケットに手を入れて、前傾姿勢でこちらを睨み、不適な笑みを浮かべている。モニタ越しではあるが、直接目にしているかのような迫力があった。


「はっ……見ての通り、この俺、明樹斗あぎとがテメェのペットを連れ去ってやったぜ? 良い気味だなァ!? 少しでもテメェに気概ってもんがあるんだったら……俺を捕まえて見やがれってんだァ!!」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援した人

応援すると応援コメントも書けます

ビューワー設定

文字サイズ

背景色

フォント

一部のAndroid端末では
フォント設定が反映されません。

応援の気持ちを届けよう

カクヨムに登録すると作者に思いを届けられます。ぜひ応援してください。

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、気になる小説の更新を逃さずチェック!

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、お気に入り作者の活動を追いかけよう!