第3話 桜のピンチ!


 魔法少女の世界の怖さを知った次の日。


 俺たちは新たな施設に向かって歩を進めていた。


「……」


「……」


 お互い無言。


 といっても外にいるときはだいたいこれが基本である。


 怪物たちは人間を感知できるが、別にそれだけで人間を見つけているわけではない。


 怪物だって目もあれば耳もある。


 感知能力は遠目からでも調べられるが、さすがに怪物の五感を細かくは調べられない。


 昔の経験からこいつは他のやつより視力がいいとか、聴力がいいとかなんとなく知っているだけでだ。



 だからこその無言。


 それでも桜の魔法のおかげで俺の思っていることだけ読ませられるので、指示は出せる。



 ――止まれ。



 俺は多くに怪物を見つけ、桜に指示を出す。


 その怪物は下半身が蛇、上半身が女性の体をした俗にいうラミアのような怪物だった。


 上半身が女性の体といってもそう見えるだけであり、体中うろこまみれで上半身のうろこは硬質化して全身鎧を着ているように見える。


 あの怪物は人間を感知する能力が高く、これ以上進むのは危険だ。


 といってもいつも通りならあと十分ほどでいなくなるはずだが……。


「あの怪物なんか近づいてきてません?」


 桜が大きい声を出さないように俺の耳元でそういった。


 桜が外で話すときはそうするようにしているんだが、いかんせん耳がこそばゆい。



 ――やっぱり徐々に近づいてきてるよなぁ。



 一応、感知範囲からは外れているはずだが、少しずつ少しずつラミアが俺たちに近づいてくる。



 ――隠れながら距離をとるぞ。



 俺の考えを読んだ桜はうなずき、俺の後ろについてくる。


 俺たちはコンクリートの固まりや建物の残骸に隠れながら距離をとるが……。



 ――ダメだな。



 俺たちの動きに合わせてラミアも同じような動きをしている。


 距離は詰まってないが、確実に目を付けられている。


 そうなると……。



 ――3、2、1、いまだ!



 俺たちは走り出した。


 バレているならゆっくりこそこそ行くより走り抜けたほうが得策だ。


 それに距離はまだまだ開いている。


 ここはもともと市街地だったのか、建物の残骸が多いおかげでラミアの動きも制限される。


 ある程度いけば隠れてしまっても問題ない。


 俺たちが走り出したことに気付き、ラミアも速度を上げる。


 しかしやはり障害物が多くてそこまでスピードは出ていない。


「ゆっきーさん! 前!」


 俺は桜の言葉で前に大きな障害物が現れたことに気付く。


 そいつは二メートルを超えた巨体に豚の顔をもった俗にいうオークのような怪物だった。


 ラミアを確認していて気づくのが遅れた俺はオークにぶつかってしまった。


「ぶひゅ?」


 オークは俺たちに気付いていなかったのか、不思議そうな声をあげて俺たちを見た。


「は、はろー……」


 俺は弱弱しくつぶやき、後ろに下がる。


「ぶひぃぃいいいい!」


 オークは叫ぶと丸太のようにぶっとい腕を振り上げる。


 俺はとっさに避けるルートを割り出し、足に力を入れる。


 しかしその腕が俺に振りかぶられることはなかった。


 なぜなら……。


「さくらぁあああ!」


 その腕は俺の後ろにいた桜に振り下ろされたのだから。


 俺はそれに気付いた瞬間、すぐに手を伸ばすが間に合わない。


 土煙のせいでよく見えないが、生身の状態であれを食らったのだとしたらひとたまりもない。


 桜の生存は絶望的だった。


「ゆ、ゆっきーさん……」


 しかし、桜は生きていた。


「ど、ういうことだ?」


 俺は思わず目を疑った。


 なぜならオークのコブシは俺たちを追っていたラミアの手によって受けとめられていたのだから。


 ラミアはそのままオークの腕に噛みつき、ちぎった。


「ぶもおおおお!」


 オークは痛みから叫び声をあげ、傷を負っていない腕でラミアを殴り飛ばす。


 なぜかはわからないが、これはチャンスだ。


「桜!」


「はい!」


 桜は俺の考えを読み、走り出す。


 俺たちは怪物たちの感知範囲のさらに先まで一心不乱に走り抜けた。


「ここまで来れば大丈夫だ」


 俺たちはこの時間に絶対に怪物が来ないことを確認していた場所で息を整える。


 この場所なら言葉を発しても大丈夫だ。


 といってもここももって三十分なのだが。


「ゆっきーさん、なんで私たちは助かったんでしょうか?」


「さあな。運がよかった、としかいまは言えない」


 本当に運がよかった。


 あのタイミングでラミアが来ていなければ桜は死んでただろう。


 それにしてもなぜオークが俺じゃなく、桜を狙ったのだろうか? 


 なぜラミアがオークと戦闘を始めたのだろうか?


 怪物の考えることは考えてもわからない。


「あっ! それならいいこと考えました!」


 俺の疑問を読んだのか、桜がそういった。


 心を読まれるってのはなんというか便利だが不便だな。


「私が怪物の心を読んでみるってどうでしょう?」


「そんなことできるのか?」


「やったことはありませんがたぶん」


 じゃあよろしく。


「……」


 桜は目をつぶり集中し始めた。


 俺の心を読むときはここまでやってないことを考えるとやはり人間と怪物では勝手が違うんだろうか?


 そもそも一応、ここが少し高いところにあることもあり、かろうじて怪物が戦っていることを視認できるが、この距離でも魔法は使えるのか?


「きました。距離が遠いのでそこまで聞こえませんが……」


 一応できたらしい。


 怪物の心には興味があるが、何を考えているのだろうか?


「うっ!」


 桜が口を押さえ、うずくまった。


「どうした!?」


「……殺す……女は殺す……殺す殺す殺す……! 女はすべて……!」


 桜はうわ言のように呟いた。


 ヤバい! なんかヤバい! 止めなきゃヤバい!


「もういい! もうやめろ!」


 俺は桜に魔法を止めさせる。


 あれはあのオークの心か?


 そう考えると桜を真っ先に襲ったことに合点がいく。


 だが、なぜそんなにも女を憎んでいるんだ?


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、怪物の心はほとんど殺意……でした」


 息を切らしながら何を見たのか桜は伝えだした。


「いいから! いいからゆっくり息を吸え!」


「それ、は……どちらも変わりません、でした。ただ、ラミアは男を、オークは女を殺したがって……ゲホッゲホッ」


 あの短時間で両方の心を読んだのか!?


 無茶してんじゃねぇよ!


「いいって言ってんだろ! ゆっくり、ゆっくりだ。息を吸え」


 俺は桜の背中をさすりながら、ゆっくり息を吸わせる。


「すぅ」


「ゆっくりはけ」


「はぁ」


「もう一回」


「すぅ、はぁ……はい、もう大丈夫そうです」


「そうか」


 よかった。


 もう大丈夫そうだ。


「これからは怪物の心を読むのは禁止だ。危険すぎる。わかったな」


 侵食されるほどの殺意なんて見るもんじゃない。


 見続けていたらいうか同じようになっちまう。


「……はい……頼まれたってもう嫌ですよ……」


 俺たちは少し休んで施設へと向かった。







 あれから施設への道中で怪物に出会うことはなく、俺たちはこっそりと施設に侵入した。


 施設に入るとまず目に飛び込んできたのは男子トイレのような青い壁だった。


「さて、まずは部屋の確保だな」


 俺は桜に対して話しかけたが、返事はなかった。


「おいおい、もう心を読まなくても……」


 そんなことをいいながら後ろを振り返ると、桜はいなかった。


「……え?」


 おいおいおいおいおいおい!


 ヤバいヤバいヤバいヤバい!


「桜? 桜!?」


 どこ行っちまったんだ!?

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