第2章 俺たちは生きている
第1節 俺たちは生きている
第1話 俺たちは生きている
とある昼下がり、俺たちはいつも通り怪物に追いかけられていた。
「ゆっきーさんゆっきーさんゆっきーさんゆっきーさん! ヘルプヘルプヘールプ!」
「うるさい! 黙れ! このままいけば境目だ!」
俺の心を魔法で読んで知っているくせに慌てすぎだろ。
「わかっていても慌てますよ! あれ! あれ見てください! さすがにヤバいです!」
今回俺たちを追っているのは一つ目の巨人、俗にいうサイクロプスのような怪物だ。
見た目通り足が速いわけではないが、俺たちとは歩幅が違う。
気を抜くとすぐに追いつかれ、あの巨大な手か足でつぶされるか、捕まって食われるだろう。
俺たちは死にもの狂いで走り、やっとのことで境目に到着する。
「ふぅとりあえず一安心だな」
境目とは複数ある悪の組織の境目、つまりそれぞれの縄張りの境目だ。
ここに来れば怪物は手を出しにくくなるし、手を出して境目を超えたら他の組織の怪物に倒される。
といっても組織云々のところは俺の想像なのだが。
「いやいや、安心なんてできそうもないんですけど……」
大丈夫大丈夫。
右にはさっきまで俺たちを襲っていたサイクロプスがついてくるし、左にはそっちを縄張りにしている百の腕と五十の頭を持つ俗にいうヘカトンケイルのような怪物が俺たちを狙っている。
うわぁー巨人に囲まれると圧迫感すごいなぁ。
「どうするんですか!? どうするんですかゆっきーさん!?」
「どうしようかなぁ」
本当にどうしようかなぁ……。
「本当に何も考えてないじゃないですか!?」
「わめくなわめくな」
さて、やるか。
「えっ!? ゆっきーさん!?」
俺のやろうとしていることを読んだのか、桜は驚きの声をあげた。
俺はヘカトンケイルは少し怖いので、サイクロプスにギリギリまで近づく。
「うぼぉおおおお!」
するとサイクロプスは腕を振り上げ、俺を捕まえようとしてきたので……。
「ほい」
腕輪から取り出したフラッシュバンをその大きな目に向かって投げつけた。
「はぁーはぁー私生きてる……」
桜は荒い息を整えながら自分の生存を実感した。
「いやーいつも通り、間一髪だったな」
あのあと目と耳をやられたサイクロプスは俺がいるであろうと頃にまっすぐ、それこそまっすぐ進んで行き、境目を超えた。
そして始まる巨人対巨人の世紀のバトル!
といっても目の見えないサイクロプスが勝てるわけもなく、ヘカトンケイルにボコボコにされていたが。
その間俺たちは境目を走り続け、逃げ延びたのだった。
「ゆっきーさんはピンチに慣れすぎですよ……」
「お前はそろそろピンチに慣れろよ」
『絶望』を振りまく黒い怪物との戦いからだいたい一ヵ月。
俺たちは地上で同じようなことを繰り返しながら、境目のあるポイントに魔方陣を描き、腕輪の中を拠点に活動してきた。
地上で俺がいなくても生きられるように何度も怪物や施設の情報収集に桜を引っ張り出しているが、まだまだ頼りない。
「で、今日は何飲む? とりあえずコーヒーを入れようと思うんだが……」
やかんでお湯を沸かしながらインスタントのコーヒーをカップに入れる。
「いや、あんなに動いた後でよくコーヒーが飲めますね……私には水を下さい」
「はいはい」
俺は冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、桜に渡す。
それにしても腕輪の中に入れるっていいね。
桜に会う前は地上にいる間ずっと外だったから気が休まらなかったからなぁ……。
いまじゃ地上にいても快適に過ごせる。
桜様様だね。
「ゆっきーさんなんか私のことほめました?」
「いーや。俺はやかんに夢中だ」
「そうですか」
いやーホント、快適。
ヒーローが負けて五年。
世界は怪物のものになり、街は壊され、人は殺され、地上は荒廃し、人間は地上から姿を消した。
そして、人間たちは地下施設の中に逃れ、怪人たちを恐れながらひっそりと生きていた。
いつかヒーローが世界を救ってくれることを信じて……。
しかし、そんな世界を救うためにヒーローは何度も現れ、倒されていた。
ヒーローですらこの世界を救うことはできなかったのだ。
そんな世界でただの(?)人間である俺と俺に助けられたヒーローの桜は危険な地上に身を置きながら、怪物から逃げ回り、施設に侵入し、窃盗を働き、犯罪なんて何のその懸命に生き続けるのであった。
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