第10話 僕の部屋
僕、
久しぶりの兄さんはあまり変わっていなかった。
平均よりも小さい背のくせに鍛えられた肉体で、死んだ魚の目をしているくせにどこかいつも楽しそうで、兄さんの背中に僕はいつもついていっていた。
昔は見上げていたけれど、いまじゃ見下ろすようになってたね。
でも、そんなことは関係なしにこんな世界じゃなければいつまでも同じようについていっていたんだろうな。
いたずら好きのくせに素直で、頭いいくせにどこか抜けていて、面倒くさがりのくせに本当に面倒くさいことは自分一人で背負い込んで、それが悟られないように嘘をつく、そんな自己犠牲の固まりのような優しすぎる人。
そんな危うさに僕はあこがれて、尊敬していた。
そんな僕にとって疲れたから寝るなんて、わかりやすい嘘だ。
兄さんと付き合いが長い人なら誰だってわかる。
あれは、誰かを思う笑顔だ。
自分の思いをすべて握りつぶして『心配するな俺は大丈夫だ』という笑顔。
でも、僕からいわせると心配ぐらいはさせてくれと思う。
それかいっそ吐き出してくれればと思う。
たぶん、兄さんは証拠を探しているだろう。
そして、兄さんはすぐにそれを見つけ出してしまうだろう。
兄さんは昔から鋭かった。
僕の嘘なんて兄さんにはすぐにバレてしまう。
たぶん、兄さんは決定的なものを見つけるまで自分自身に嘘をつくだろう。
気づいているくせに気付かないと嘘をつき、そうだとわかっているのにそんなわけないと嘘をつく。
でも兄さんは昔から優しすぎるくせに強いから、たぶんもう、覚悟は決めていることだろう。
兄さんはいつ気付いたのかな?
僕にあったとき?
部屋に入ったとき?
施設に入ったとき?
それとも、施設に入る前?
まあ、そんなことはどうでもいっか。
僕は、いま僕が使っている部屋の前に立つ。
そこは俗に貯蔵庫と呼ばれる部屋で本当なら一般人である僕が入ることがないはずの部屋だ。
ドアノブに手を置き、ゆっくりとひねる。
カギはかけていない。
だって僕以外に入る人なんているはずはなかったのだから。
ゆっくりとドアを開け、しっかりと前を見据える。
「やあ、兄さん。僕の部屋にようこそ」
僕はニッコリと笑って言うと、
「おう、弟。先に入ってたぜ」
兄さんはここの住民の死体の山に囲まれながら、悲しそうな顔でそう返してきた。
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