第8話 私は知りたい
部屋を出て行くときにしたゆっきーさんの無理やりの作った笑顔。
あの顔は見たことがある。
前の施設で私が怯えてしまったとき、私に対して無理やり作った笑顔と同じ笑顔。
あのときはゆっきーさんの無表情、というよりも、怒りも悲しみもすべてを捨てたような、急に能面をかぶったような顔に恐怖を感じた。
あのときは私が怖がったことで怒らせてしまったのかと思った。
でも、違った。
あのときはよくわかってなかったけど、今回のことではっきりした。
あれは、何かをこらえている笑顔だ。
笑顔は元凶といわれたことではなく、私を怖がらせてしまったことでもなく、何かもっと昔の、ずっと引きずっているものを出さないようにするための笑顔だった。
今の私には、あの笑顔が痛々しくて、悲しくて、今にも壊れそうに見えた。
だから、私はゆっきーさんを一人にしてはいけないんじゃないかと思った、追ったほうがいいんじゃないかと思った。
……でも、ふと、ゆっきーさんに言われたことを思い出す。
『……すまん、なんか疲れたみたいだわ。隣の部屋で寝てくる。あと頼んだわ』
この言葉の最後の部分。
『あと頼んだわ』
そういえば、あれは私に対して言っていた。
つまり……もしかして……この状態の正司さんを頼んだ、ということでしょうか?
ぼっち歴=年齢といっても遜色ないぐらいの私に今日初めてあった人を頼んだと申したのでありましょうか!?
え? どうしよう!?
さっきまでゆっきーさんのこと考えてたのに今はそんなことどうでもいいとか思ってる!
ゆっきーさんに何があったのか、とかいろいろと思うところはあったのにあいつもしかして最悪なことを押し付けていったんじゃないかという気持ちのほうが大きくなってしまっている!?
正司さんは何を思っているのか椅子に座ったままずっとうつむいている。
おお……神よ……私にどうしろというのですか……?
さっきとは違う意味でゆっきーさんのところに行きたい!
というか戻って来い!
「……桜さん」
そんな私に正司さんは話しかけてきた。
「はい!?」
私は緊張から声が裏返る。
何!? 何でしょうか!? 急に面白いことやれって言われても私何もできませんよ!?
なんてとんちんかんなことを考えてしまう。
「……なんで桜さんは兄さんと一緒にいるんですか?」
「え?」
なんで? なんでといわれましても……えーと、なんでだろう?
この世界に来て最初に会った人だから?
私を助けてくれた人だから?
んー……。
「えーと……なりゆき……ですかね?」
それしか思いつかなかった。
……それにしてもどうしてこんなことになってしまったのだろうか?
さっきまでの楽しそうな雰囲気はどこにいったんだろう?
なんて重苦しい空気なんだろう……。
「なりゆきだとしても知っているでしょう? 兄さんのしてしまった、いや、巻き込まれてしまった事件のことを……」
すいません知りません。
私はこの世界に来てからまだ一ヵ月もたってないんです。ごめんなさい。
えーと、この感じだとゆっきーさんのことを知っていて当たり前みたいになってるんだけど……たぶん知らないって言ったら怪しまれるかも……?
えーと……どうにかごまかさないと……。
「いえ、なんといいますか……私、えーと、田舎から来ていまして、ええ、電波すら来ないような、ええ、なのでテレビとか見たことなくて……ええ、新聞とかも読まなかったので……ええ、よくわからない、といいますか……」
これでどうだ!?
「……そうだったんですか」
よかった……大丈夫だった。
「なので、教えてくれるとうれしいです」
私は話の流れを利用してさらりと聞く。
たぶんこれからもこの手の話を振られることが多くなるだろう。
そのことを考えると知っていたほうがいいし、何より、私は気になるのだ。
どんなことがあれば『元凶』なんて呼ばれるのか。
どんなことがあればこんな世界の地上で生きなければならなくなってしまったのか。
そして、なんであんな笑顔をするようになってしまったのか。
「……僕もその場にいたというわけではないので詳しくはありません……いや、そもそもあの場にいたのは兄さんだけだったみたいなので本当のことを知っているのは兄さんだけなんです」
そういう切り出しで正司さんは話し始めた。
この世界がこんな世界になってしまった始まりを。
ゆっきーさんの悲劇の始まりを。
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