9-11.回り道と失策

 いつもは混雑する商店街も、今日は随分と静かなようだった。一応通行人もいるし店も開いているが、活気というものがあまり感じられない。双子は他愛もない話をしながら駅に向かって歩いていたが、途中で何かに気が付くと足を止めた。


「人が集まってるよ、リコリー」

「そうだね、アリトラ」


 駅前のロータリーに人だかりが出来ていた。「異邦の門」以外にも似たような団体はいくつか存在する。どうやらどこかの団体が決起集会を行っているようだった。あまり耳に入れたくない不快な単語が風に混じって微かに聞こえる。


「ちょっと遠回りしよう」

「賛成」


 中央区育ちの二人にとっては、このあたりは勝手知りたる土地だった。どこの角を曲がっても、どうすれば家に辿り着けるか知っている。

 見た目がフィン人の標準的容姿から外れていても、二人は生まれつきのフィン人だったし、そのことについて強く意識したこともなかった。駅前の集会を見て道を変えたのも、自分達の容姿を考慮したのではなく、単に「道が混んでいるから回避しよう」としたに過ぎない。


 だがそれが間違っていたことに気が付いたのは、三つ目の角を曲がった時だった。

 アリトラが突然、リコリーの左腕を引いた。中途半端に足を上げていたタイミングでのことで、リコリーは危うく転倒しそうになる。しかしそれに文句を言うより先に、二人の前方に何かが音を立てて落下した。

 それは土の塊だった。落下の衝撃で細かく砕けていたが、元々は泥を固めたものらしく、割れた断面には濡れた土が顔を覗かせている。アリトラが何かを言いかけたが、遠慮も何もない大声が割り込んだ。


「そこを動くな!」


 その言葉は刑務部が逃走する犯人に掛ける言葉に似ていたが、それより数段憎悪がこもり、かつ素人じみた抑揚が目立つものだった。物陰から出て来たのは、合わせて十名足らずの男女で、特徴的な模様のハンカチーフを身に着けていた。

 戸惑っている二人を取り囲むようにして彼らは輪を作り、リーダー格と思しき銀髪の男が前に出る。無遠慮に二人の容姿を確認した後で、その態度に相応しい言葉を吐いた。


「お前らが火を点けたのか!」


 双子が意図を汲みかねて唖然としていると、彼らは好き勝手に喚くように喋り始めた。リコリーがすっかり萎縮して何も出来ずにいる一方で、アリトラはなんとか状況を理解しようと聴覚に意識を集中する。脱線や重複が多くてわかりにくいが、彼らはどうやら「商店街に放火する犯人」を探しているようだった。


「俺の家も、オルバンの店も放火されたんだ。どうしてこんな真似をする!」

「アタシ達じゃない。何で証拠もないのに決めつけるの?」


 気丈に言い返したアリトラだったが、それは興奮している集団にとっては火に油だった。口々に非難の言葉を放ち、中にはヒステリックに声を裏返す者もいた。


「報復だなんて卑怯だわ!」

「大体、移民が商売なんかするから私達の客が取られるんだ」

「ほんの少し思い知らせただけで放火だなんて、頭がおかしいんじゃないか!?」


 双子はあまりの剣幕に気圧され得ながらも、どこか冷静にそれらの言葉を分析していた。察するに皆、移民に対して嫌がらせを行っており、その報復に火を付けられたと解釈しているようだった。


 自分たちの加害は許されるが被害は絶対に許さない。あまりに自分勝手な理屈を喚きたてる姿は、醜悪を通り越して最早恐怖でもあった。これまで、純粋な悪意というものに無縁であった双子は、理解が追い付かずに言葉を失う。一方、取り囲む集団は互いの言葉に血を昇らせて、同じ内容を何度も繰り返していた。

 やがてリーダー格の男が痺れを切らしたかのように荒々しい息を零した。


「なんとか言ったらどうなんだ。謝罪の一つもないのか」

「だって、アタシ達何もしてない……」

「言い訳をするな!」


 男はアリトラの肩を突き飛ばした。まさか直接手を出されると思わなかったアリトラは、バランスを崩して地面に倒れ込む。


「アリトラ!」


 リコリーが慌てて助け起こそうとしたが、その手を近くにいた壮年の男が掴む。その目は熱に浮かされたかのような輝きを持っており、かさついた皮膚と窪んだ眼窩にはあまりに似つかわしくないものだった。


「シラを切るなら、考えがあるぞ」

「そうだ、思い知らせてやれ!」

「さっさと白状しなさいよ!」


 最後の女の声はヒステリーによる金切り音と化していた。それを聞いたリコリーは朧気ながらも彼らが自分たちに向ける感情の正体に気が付く。もはや犯人が誰であろうと関係なく、その体の奥底に溜まった「憂さ」を晴らしたいだけなのだと。

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