9-5.軍人として

 十三剣士の詰所に、苛立たし気な声が上がった。それはヤツハ語であり、生憎とそこにいる誰も意味を知ることは出来なかったが、何らかの呪詛であることは発声した者の表情を見れば明らかだった。


「落ち着け、クレキ」


 十三剣士隊の隊長であるランバルト・トライヒは部下である男に静かに声をかける。二人の間にある執務用のデスクの上には、いくつかの辞令が置かれている。


「今言った通りだ」

「だから、何で今更こんなのが出るんだい? 明らかに俺達を動かさないためのものじゃないか」

「上層部の指示だ」

「それを唯々諾々と受け取ってきたわけだ、我らが隊長は」

「クレキ中尉」


 ランバルトが階級付けでミソギを呼ぶ。その声に含まれた冷たいものを感じ取り、ミソギは口を閉ざした。他の隊員たちは、固唾を飲んで二人を見守っている。


「今更お前が駄々を捏ねても結果は変わらない」

「だって、今更すぎるだろ。こんなのどう考えたって……」

「お前たちが問題を起こしたのは事実だ。王城での私闘ならびにレプリカとは言え美術品の破損、一般人に不安を与えたのは誰だ? 加えてラミオンにはいくつかの規律違反がある。一ヶ月の謹慎で済んだのは奇跡だと思え」


 デスクの上に置いてあったのは、ミソギとカレードに対する謹慎処分を知らせるものだった。だがミソギを始めとして、他の隊員達もそれが建前上のものであることを知っている。

 その通知書の下には十三剣士隊への「当面の活動自粛」を要請する書類もあった。ランバルトがそれらの書類を受け取って戻ってきたということは、即ち隊としての行動を大幅に制限されることを示していた。


「……移民排除運動に、俺達が介入するのを阻止したいってわけ?」

「排除運動を起こす連中を制圧するのは、私達にとっては容易なことだ。しかしそこに、どう見ても移民であるお前や、見方によっては最も正統なフィン人に見えるラミオンが出て行ったらどうなる。無駄に両者の神経を逆撫でするだけだ」

「上層部はそう判断したってこと? それとも隊長も同じ意見ってわけ?」


 殺気めいたものを口調に滲ませたミソギだったが、ランバルトはそれを真正面から受けても眉一つ動かさなかった。平素は自分勝手な部下たちに振り回されているが、長年十三剣士隊で生を賭して戦ってきた胆力は伊達ではない。


「それをどうしてお前に言う必要がある」

「また何か隠してるんじゃないかって思ってね。五年前にあいつが逃走した時みたいにさ」

「五年前の隊長は私ではないし、今も昔もお前は上の真意を問える立場にはいない」


 ミソギは舌打ちをしてデスクの上にある書類を乱暴に手に取った。自分の所業に対する処罰そのものに不満があるわけではない。ただ、軍の思惑によりそれが歪んだ形で使われることが我慢出来なかった。

 五年前も、ワナ高原で起きたことが伝わってすぐに犯人を追えば、少なくとも制御機関と連携を取っていれば、黒騎士事件は起こらなかった。上層部はディード・パーシアスを軍籍から外すことだけに執着し、制御機関刑務部の言葉に耳を貸そうともしなかった。


「移民排除運動が俺達を謹慎させることで収まるなら、何か月でも謹慎してあげるけどね。そうじゃないことぐらいわかってるだろ?」

「軍人とはそういうものだ。嫌なら辞めろ。命令に従えない奴は要らん」


 ランバルトの言葉は酷く冷たいものであると同時に、正論でもあった。それを十分理解しているミソギは、下唇を噛んで言葉を飲み込む。喉元まで迫り上げた言葉を放ってしまえば、自分が軍人でなくなることを知っていたためだった。

 書類を握りしめ、部屋から出て行こうとしたミソギだったが、扉に手を掛けた時にランバルトが声を投げかけた。


「自宅謹慎だけは勘弁してやる」

「帯刀は」

「さぁ。上層部から受け取ったものには軍刀に関する指示しかなかったからな。お前が軍刀や軍支給のものさえ持ち歩かなければ、ヤツハ刀でもなんでも持ち歩いて構わない」

「……何をさせたいわけ?」

「軍の目的は十三剣士隊を機能させないことだ。お前たちの処分はあくまでそのきっかけに過ぎない。こちらの機能を完全停止させられる前に、逃げ道くらいは作っておくべきだろう」


 ミソギはそれを聞くと口角を吊り上げた。ランバルトは堅物ではあるが、決して軽々と権力に対してその頭を垂れる男ではないと再認識したためだった。


「なるほどね。大剣には?」

「あいつについては中央区に残しておくと色々面倒だから、ワナ高原に墓参りに行かせた。暫くは帰ってこないだろうが、帰ってきた時に自分の処分内容を知っているかは別問題だな。わかったら、さっさと行け」

「イエス・サー」


 敬礼を返して、ミソギは部屋を出る。腰に下げた片刃剣が持ち主の心情を表すかのように甲高い音を立てた。

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