7-8.残された釈明

 悲鳴のようなものが聞こえたが、ヴァンはもはやそれを見に行く気力もなかった。展示室は散々な状態で、刑務部の何人かは腰を抜かして起き上がれずにいた。


「……トライヒ准将」


 穴の上に問いかけると、少し間をおいてから返事が返ってきた。


「念のためお聞きしますが、先ほどの二人はどちらか偽者でしょうか」

「……どちらも間違いなく私の部下でございます。大変申し訳ございません」


 准将の肩書などどこへやら、低姿勢でランバルトが謝罪する。

 その様子にヴァンは思わず嫌味を口にした。


「あのような部下ばかりでは、さぞかしお疲れでしょう。どうぞ、お帰りになって休んでください」

「私だって好きで部下にしているわけではない……」

「何か」

「いえ、何でもありません」


 ランバルト・トライヒと言えば、元は西区一帯を治めていた大貴族の末裔であり、父親はフィン国軍西区の総督も務めた経歴を持つ。エリート候補として入隊した後は、その天賦の剣の才能により十三剣士隊に配属され、五年前のある不祥事の後に隊長となった。

 だが数々の輝かしい経歴と軍功も、今この場では何の意味もなさない。


「いいから、あの二人を連れて帰ってください」

「帰りたいのはやまやまなんだが……。どうも落ちたらいけないところに落ちたみたいだな、あいつら」

「はぁ?」


 そこから見えるのか、と言いかけたヴァンはその言葉を飲み込む。十三剣士の身体能力に関して、普通の感覚で判断してはいけないことは、先ほどの件で骨身に染みている。


「肥溜めにでも落ちましたか」

「それなら別に良いのだが、多分あいつら、セルバドスの甥姪せいてつの上に落ちたぞ」

「セルバドスの……?」


 ヴァンの頭の中で様々な情報が結合される。

 ランバルト准将の同期入隊者には、ゼノ・セルバドス准将がいる。二人はライバル関係にあるので、今口にしたのは、ゼノのことだと判断出来る。その甥姪にあたるのは、次男のルノの子供か、長女のシノの子供。

 ヴァンが知っているのは、シノの子供である双子だけだったが、恐らく間違いないと思われた。さきほど聞こえた悲鳴も、思い返せばリコリーによく似ていた。


「……あいつもつくづく巻き込まれやすい奴だな」


 同情混じりに呟くヴァンの言葉を、他の誰も聞いてはいなかった。


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