7-6.消えた展示物

 ヴァンはその声に、今まで額縁から目を逸らしていたことに気が付いた。恐らく、部屋にいた殆どが同じだったに違いない。軽いざわめきの中、ヴァンは壁に目を凝らす。

 つい数分前までそこに存在した筈の白い額縁は跡形もなく消え失せて、ただの空白が出来ていた。


「な……、何で」


 刑務部の面々が戸惑いの声を上げる中、二人の剣士は瓦礫の中心から抜け出して壁の方に近づく。


「すげぇな。これ全員王様?」

「だろうね。此処に厩番はいないと思うよ。ほら、あれなんて中央広場の銅像と同じじゃない?」

「そうかぁ?」


 世間話を始めようとする二人を見て、ヴァンは慌てて呼び止める。


「勝手に動かないで下さい!」

「何でだよ。いいじゃねぇか」

「貴方達が入ってくるのと同時に額縁が消えました。これが何を意味するかわかりますか」


 ヴァンが低く呻くような声で問うと、ミソギは少し考えた後で不機嫌な表情になった。


「俺達のどちらかが怪盗だって言いたいのかい?」

「その可能性が高いです。お二人とも別の場所を見回りしていたんですよね。そしてあの穴からそれぞれ別々に下りて来た。本物である保証は何処にもありません」

「仮にそうだとして、額縁は何処にあるんだい? 俺達の体のどこかに隠せるサイズとは思えないけど。何なら、身体検査でもする?」

「随分積極的ですね。ヤツハの人間はあまり身体を触らせないのでは?」

「触られたら死ぬわけでもなし、濡れ衣よりよほどマシだよ」


 ヴァンは床の上に広がる瓦礫を一瞥する。例えばこの瓦礫の下に額縁が隠されているとすれば、二人が持っていなくても不思議はない。以前も怪盗は、美術館の床を氷の蔦で満たしたことがある。盗んだ物を手に入れるためなら何でもするだろうと思われた。


「ではお二人の……」


 身体検査を、と言おうとした時に再び邪魔が入った。よく通る声が天井の穴からヴァン達に向けて降り注ぐ。その声は軍の演習試合に行けば嫌でも聞くものだった。


「二人のどちらが偽者か見分けるのは簡単だ」

「えーっと……トライヒ准将ですか。十三剣士の。出来れば下りてこないでくれると、話がややこしくなくなるのですが」


 ヴァンは穴を見上げて声を張る。逆光になっていて顔は見えないが、頷いたのだけはわかった。


「安心したまえ。私はそこの問題児どもよりは道理を弁えている」

「それはどうも。それで、見分け方とは?」

「二人に剣を抜かせろ。クレキのも、ラミオンのも、通常の剣とは形状が異なる。流派も、クレキのはヤツハのごく一部で使われているものだし、ラミオンに至っては滅茶苦茶だ。凡そ、人が真似出来るものじゃない」


 その助言は確かに的を得ていた。ヴァンには剣術はわからないが、少なくとも二人はお互いの太刀筋を知っている筈だし、穴の上からとはいえランバルトも見ている。


「でも危なくないですか? 怪盗が剣を振り回したりしたら、怪我をしますよ」

「その程度で怪我をするような能無しは、十三剣士には必要ない」


 それが、合図だった。

 空気が一枚板になったかのように、剣士二人とヴァン達の間を隔てる。それが互いの放つ殺気によるものだと気付けた者は、刑務部の中には僅かしかいなかった。

 唯一、上にいるランバルトだけが焦った声を出して二人を制止する。


「待て! 剣だけ抜けばいいんだぞ!?」

「やだなぁ、隊長。俺達に剣を抜けってことはさ」


 ミソギは体を半分引いて、腰に差した片刃剣の柄に手を掛ける。ヤツハの剣術の一つたる「居合」は、ミソギを疾剣と言わせる要因の一つでもあった。

 片やカレードは背中に背負った大剣の柄を右手で握る。その長身と殆ど変わらぬ大きさの剣は、カレードの人並外れた膂力りりょくが無ければ扱うことはおろか、鞘から抜くことも不可能だった。


「目の前の奴と仕合えってことだろ?」

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