4-8.限定アイスクリーム
北通路にある軽食エリアで、二人は大いに頭を悩ませていた。
目の前にはライトアップされた看板があり、そこにアイスクリームの画像が並んでいる。
「アタシは焼き林檎味と塩バニラ味が気になる」
「僕は紅茶味とヤツハ茶味かなぁ」
平素双子はお互いに気になるものか被ることが多いので、互いに違うものを頼んで半分ずつにして食べる。だが今日のように全く合わないことも偶にあった。
だがどちらも食べたいものを譲る気もないし、かといって相手の食べるものを制限するつもりもない。従って、悩むに悩んだ挙句に二人は思いのほかあっさりと諦めた。
「流石に二個は食べられないもんね」
「今日は片方我慢して、オープンしたらもう一回来ようか」
「そうしよう」
焼き林檎味と紅茶味のアイスクリームを買って、売店の前にあるテーブルに向かい合わせで座る。売店は通路の一角にあり、飲食しながら水族館の一部を見ることが可能になっていた。通路を挟んで向かい側にある大きな水槽には、大小様々なクラゲが泳いでいる。
「雪クラゲ」というフィン独特のクラゲで、零下の海でしか生息できない。まるで雪のように真っ白な体と生態からそう名付けられている。クラゲを見やすくするためか水槽の壁は濃紺で塗り潰されていて、それが幻想的な雰囲気を出していた。
「おしゃれだね」
「おしゃれって言うの、こういうの……?」
紙のカップに入った球体型のアイスクリームは、どちらも十分に大きい。アリトラにはイルカの、リコリーにはペンギンのクッキーがそれぞれ刺さっていた。
まず最初にアリトラがアイスを一口頬張る。途端に表情を緩ませて、口元に笑みを浮かべた。
「すごい、本当に焼き林檎の味。生じゃなくて煮詰めた林檎とシナモンを使ってる」
それに少し遅れて紅茶のアイスを口に入れたリコリーは、満足そうに頷いた。
「こっちは甘みを抑えた紅茶を使ってるみたいだ。雑味がなくて爽やかな味だよ」
「頂戴。紅茶と焼き林檎は合うと思う」
「確かに」
二人は互いのアイスを掬って、そこに自分の分を重ねてから口に運んだ。
どちらからともなく、幸福そのものの溜息が零れる。
「美味しいね」
「うん、美味しい」
「……イルカ、何処に行ったと思う?」
リコリーがそう口にすると、アリトラは首を傾げた。
「結局、水槽の中にはいなかったんだよね?」
「うん。魔法陣を解読してみたけど、光の照射によって生じる影を逆変換して、人間の目には見えない「障害物」を検出する仕組みになっていた。動作は正常だったし、水槽の中に何もいなかったことは間違いないと思う」
イルカがいないとスタッフが騒ぎ始め、招待客達は慌ただしくドームから締め出されてしまった。客たちは当初は困惑や怒りを見せていたが、すぐに諦めたように方々へ散ってしまい、双子が気付いた時にはドームの前にはもう誰も残っていなかった。
「あんな大きな生き物が急にいなくなるなんて、信じられない」
「僕も同意見だよ。透明イルカは自分の姿を外敵から見えなくするために魔法を使うけど、存在まで消せるわけじゃないしね。それにパニックになって姿を消したなら多少暴れたりするはずだけど、水槽の中は極めて静かだった」
「じゃあどうしてイルカはいなくなったの?」
「音」
リコリーは短く呟いた。
「あの破裂音、何処で鳴っていたと思う?」
「上の方で鳴っていた気がするけど」
「そう。だからアリトラは咄嗟にしゃがんだ。足元で鳴っていたなら、部屋の隅へ飛びのいたりするはずだ。そして火薬の匂いや破片などが無かったことから、あれは音響魔法だと考えられる」
音響魔法は子供でも出来る簡単なものであり、双子は今までそれが犯罪に使われたのを二回ほど見たことがあった。
「スタッフの慌てぶりから考えて、装置の不具合や予め仕掛けてあったものじゃなさそうだ。となると招待客の誰かが仕掛けたものだと考えられる」
「何のために?」
「イルカを驚かせるためかもしれない。ちょっとした悪戯のつもりで」
その意見に、アリトラはスプーンを咥えて眉間に皺を寄せる。
「招待客にそんなことして得する人はいないと思う。それに音響魔法だけでイルカを消すことなんて出来るの?」
「出来ないよ。イルカが転移魔法を使えるなら話は別だけど」
「転移も使えるわけ?」
「わからないけど、あり得ない話じゃないよ」
透明イルカの生態については殆ど研究が進んでいない。そのため、転移出来ないと断ずることは出来ない。
だが、双子がドームを出てから既に十分以上経過している。今のところイルカが別の水槽で見つかったなどの話は出ていなかった。
「でもイルカが消えるのはあくまで自分の意志というか、反応によるものだからね。人が自由に消したり出したり出来るわけじゃない」
「ショーでは映像に合わせてイルカが消えたりしてた。あれはどうやってるの?」
「イルカが消えていたのは、投影魔法でイルカの映像がドームに映し出されていた間だけだよ。何を映すかは予め決まっているから、裏を返せばその間だけイルカが見えなくなればいい」
「どういう意味?」
片割れの言いたいことが理解出来ずにいるアリトラは、首を傾げて赤い目を何度か瞬かせる。それでもしっかりとアイスを食べ続けているあたりは平常運転だった。
「単純な話だよ。水槽に向けて「イルカのいない水槽」の映像を投影すればいいんだ。ドームは暗くなっていたし、他の映像もあるから水槽の中に注視する人はいない。「イルカが消えている」時間だけそれを投影して、「イルカが水槽に戻る」時に解除すればいいだけ」
「あ、なるほどね。でも解除した時にイルカが透明化していたらどうするの?」
「それで誰か困る?」
ショーの見せ場の殆どは投影魔法によるものであり、イルカ自身に何かさせているわけではない。もしイルカが姿を隠していたとしても、観客からすれば貴重なシーンが見れるだけである。多少、がっかりする観客もいるだろうが、致命的な損害とも言えない。
「あれ? じゃあもしかして水槽の中にイルカがいなくても投影魔法で誤魔化せたりする?」
「そういう考え方もあるね。でも動かない水槽と動き回るイルカは全くの別物。流石に最新の投影魔法をもってしても、実物と見間違うほどの映像は出せないんだ」
でも、とリコリーは焼き林檎のアイスを勝手に掬いながら言葉を続けた。
「同じことを考えた人はいるかもね。「あの水槽にイルカなんていないんじゃないか。透明イルカなんて嘘じゃないか」って」
「……音響魔法でそれを確かめようとした?」
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