3-6.傭兵の末裔

 リッタ・バセルーは手入れも中途半端なオレンジ色の蓬髪を一つに束ね、男が好むような幅広のパンツとシャツを身にまとっていた。鼻が高く、彫りの深い顔立ちをしているが、化粧もお洒落も興味がないようで、粗雑に切られた前髪の奥で黒い瞳が獣のような輝きを帯びていた。


「セルバドス、あんた怪我でもしたのか?」

「してないよ」

「じゃあなんで剣の道に行かなかったんだ?」


 男言葉で話しながら、リッタは林檎を丸かじりする。腰かけているソファは上等な代物だったが、それに果汁が落ちるのも気にしていない様子だった。


「喫茶店のほうが好きだから」

「変わった奴だな。今からでも遅くないから、うちに来いよ」

「遠慮しておく。バセルーのところ、お洒落出来ないし」

「勿体ねぇな。あんたならいつでも大歓迎なんだが。食うか?」


 傍のテーブルの上から林檎を一つ取ったリッタは、それをアリトラに差し出した。礼を述べて受け取ったアリトラは、表面を袖で磨いてから口を開いて噛り付く。


「美味しいね。北区の林檎?」

「中央区のよりは北区のほうが美味いからな。わざわざ、もぎたてを持ってきたんだよ。二日経ってるから、丁度蜜が染み出して美味くなってるだろ」


 リッタは更に二個の林檎を取り、ミソギ達に手渡す。


「セルバドスが十三剣士連れてくるから、何事かと思った。夢かと思って、思わず自分の頭叩いちまったよ」

「驚かせてすまないね」


 ミソギは林檎を受け取ったが、それに口を付けぬまま話を始める。一方、することがないカレードは素直に林檎をかじりだした。


「アリトラ嬢とはちょっとした付き合いでね。でも剣が得意だとは知らなかったよ」

「セルバドスが初めて大会に出たときの初戦の相手がアタイなんだ。あっという間に負けちまってさ。周りもアタイが勝つだろうって思ってたから、滅茶苦茶驚いてたっけ」


 白い歯を見せて笑うリッタの傍らで、アリトラは林檎を食べるのに夢中になっている。口には出さなくても、表情や雰囲気が幸福を滲ませていた。


「アタイ達は学院の高等部にならないと全国大会ってないんだけどさ、もうその年齢になると道場の試合とかで結構仲良くなってるんだよ。だから誰が勝ち上がってくるか、とか対戦表みながら考えるわけ。でもそんな中で誰も知らない子が出てきたんだから、全員唖然としたんだよ」

「要するに、油断していた」

「恥ずかしながら、その通り。親父殿には怠慢だって怒られた」


 リッタは言い訳もせずに認めると、肩を竦めた。女性にしては幅広で筋肉がついている。

 バセルー流は北区を中心に栄えている剣術道場であり、他国にも支部がある。元を辿れば、今は亡きラスレ王国の一兵団で、そこに属していた者たちが作り出した剣術を世に広めるために作られたと言われている。バセルーとはラスレ古語の「傭兵」を意味する言葉であり、他の流派に比べると粗野な面が多く目立つ。


「でも久々に会えてよかったよ。他の連中と違って、全然名前聞かなくなっちゃったからな。親類の引っ越しってのも偶にはいいもんだ」

「君はいつから中央区に?」


 ミソギの問いに、リッタは指を一本ずつ負って日数を数える。


「二日前だな。その日の昼の列車でこっち来たんだ。うちじゃ誰かの家で引っ越しや婚礼があると、全員で手伝うのが習わしでさ」

「こちらは親類ということだけど、元は北区に?」

「中央区に支部を作ったんだけど、バセルーの家の人間がいないせいか、道場が上手く回ってなくてさ。誰か中央区に住もうってことになったんだ。そんでこの家の奥さんが里帰りで中央区来てるから、ちょうどいいってことで」


 そこでリッタは口を一度閉ざすと、舌を出した。


「いけね。目上の人には丁寧な言葉を使うように言われてたんだった」

「気にしなくていいよ。他の隊と違って、俺たちのところはそこまで厳しくないし。……そういえばアリトラ嬢は、どうしてリッタ嬢が中央区にいることを知ってたんだい?」


 ミソギが純粋な疑問を口にする。本来北区にいる筈のリッタが中央区に来ていることを、連絡先も知らないアリトラが把握しているのは少々不自然なことだった。

 両手で持った林檎を小さくかじっていたアリトラは、口の中にある分を飲み込んでから答える。


「大したことじゃないです。注文を受けたのは今日の朝。此処の人が直接店まで来て注文しに来たんですけど、新築の家だから住所が把握出来なくて、地図を描いてもらった。その間、色々話してたらバセルーが来ていることがわかったから」


 アリトラは視線をリッタの方へと動かした。


「バセルーは「猟犬」のこと聞いてもあまり驚かなかったね」

「だってアタイ、朝に事件現場見たからな」


 その返答にミソギが「へぇ」と呟く。


「通りかかったのかい?」

「どうもさぁ、朝に体動かさないと一日中ボーッとしちゃうんだよ。朝の散歩ってやつだ。中央区には詳しくないから、迷子にならない程度にだけどな」


 この家から現場までは直線距離で数百メートル。家の前の道を真っすぐに進んで十字路で左折するだけなので、リッタの言う「迷子にならない程度」に十分該当する。


「バセルーは百回記念のストラップ、まだ持ってる?」

「百回記念?」


 リッタは少し考え込んだ後で、気の抜けたような声を出した。


「あれか。捨てたかもしれない」

「だと思った。貰った時も興味なさそうにブンブン振り回してて、アルコに怒られてたもんね」

「花じゃなくて剣とかだったらまだしもなぁ。デザインが好きじゃなかったし。オードラやアルコなんてすぐに仕舞いこんでたけどさ、よくまぁトロフィーのリサイクル品で喜べるよな」


 蓬髪を掻いて、リッタは悪びれもせずに言う。物に執着のない性格のようで、ストラップの行方を知らないというのも嘘とは思えなかった。


「バセルーは昨日の夜は何してた?」

「引っ越しの準備で朝から晩までこの家だよ。夜は雑魚寝してたから、途中で抜け出したりすれば誰かわかるんじゃねぇの」

「そうかもね。……コンセラスが何処にいるか知ってる?」


 アリトラがそう尋ねる。最後の一人の名前を聞くと、リッタは首を傾げた。


「あいつ、今ハリ国だろ? 制御機関の研修だかに護衛として付いていったから、当分戻ってこないはずだ」

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