3-5.五つの花

「アタシが通り魔って言いたいんですか」

「いや、違う。そういうわけじゃないけど、念のため」

「相手は剣術家だったらしいぜ。相当な手練れじゃねぇと殺せないって、疾剣が」

「お前は黙ってろ!」


 ミソギは思わず相手を怒鳴りつけると、黒髪を掻きながら溜息をついた。未だに不機嫌なアリトラに対して、なるべく丁寧に話しかける。


「少し話聞きたいだけだから。別に疑っているわけじゃないよ」

「アタシ、攻撃された時にしか剣は振らない。リコリーやロンを殴ろうとした不良とか、拳銃で撃ってきた怪盗とかには反撃したけど、それだけ」

「わかってるよ。でもほら、こっちも仕事だからさ」

「まぁ、それはわかりますけど」


 アリトラは渋々とながらも納得したような返事を返す。依然としてその表情はいつもと同じとは言えなかったが、ミソギは一先ず、聴取をすることにした。


「念のため聞くけど、昨日の夜はどこに?」

「家にいました。今、リコリーが二十日熱で寝込んでて、父ちゃ……父も商売でハリの方に行っているから、アタシが看病してるんです。母は夜遅くに戻ってきた気配はしましたけど、顔は合わせてません。一か月前の事件の後始末で忙しいみたい」


 アリバイは無いに等しいことになる。アリトラの言う「商売で不在の父親」はミソギにとっても馴染み深い人間であるが、今この国にいないことは幸いだった。

 愛娘に殺人容疑がかかっているなどと伝われば、非常に面倒なことになりかねない。


「ストラップのことはロゼッタ嬢から聞いたんだけど、五つしかないことに間違いないね?」

「昔のトロフィーについていた飾りらしいです。北、西、南、東、中央。地区の数を示したものだから、五個。同じものは他にないって言ってました」

「五人というのは上位入賞者なのかな?」

「審査員賞だから、必ずしもそうじゃなかったみたい。確かあの時はメーラルが三回戦で負けたし、敗者復活で勝ち上がってきたオードラも準決勝で敗れたから」

「アリトラ嬢は?」

「あの時は……準優勝。最後にバセルーに負けた。もうちょっとだったんだけどな」


 そこでミソギは、ふと違和感を覚えて首を傾げた。


「苗字で呼ぶんだね、君たちって。ロゼッタ嬢やアルコ二等兵もそうだったけど」

「だって試合だと苗字しか呼ばれないですもん。対戦表にも名前なんか書いてないし」

「なるほどね」

「表彰式で名前を呼ばれるから、その時に初めてわかることが多かったです。そもそも、アルコの名前もさっき言われて思い出したぐらい」


 アリトラは「右」と言って路地を曲がると、そのまま話し続けた。


「ストラップ持ってたって言いましたけど、手に握っていたんですか?」

「うん。左手にしっかりと握りこんでいた」


 ミソギが死体の状況と身元を説明する。アリトラは小首を傾げて考え込んでいたが、被害者の名前を聞くと足を止めた。


「キース・ネイルって人は知ってる」

「ちょっと名の知れた剣術家らしいね」

「それは知りませんけど、プライドの高い人だったのは覚えてます」


 アリトラは再び歩き出し、自分が知っている被害者のことについて話し始めた。

 王宮剣術倶楽部に属する一方で中央区学院の男子剣術部に所属していた経歴のあるキースは、卒業後も何度か顔を出していた。そのため、年が離れているアリトラも面識はあった。

 後輩たちに多少疎まれながらも指導自体は真面目で、憧れを抱く部員も数名いた。若くて涼し気な風貌から女生徒からも注目を集めていた。


「ただ、女子剣術部のことをあまりよく思ってなかったんです」

「どうして?」

「女子が剣術をするのが気に入らなかったみたいですよ。多分、オードラが彼より先に師範になったからじゃないですか? 「世の中には親の力で能力以上の段位や評価を持つ人間もいる」とか言ってましたから」


 アリトラが弱小剣術部に「個人戦優勝」という華を添えた時、それを聞いたキースはアリトラに絡んできた。表面上はあくまで「指導する先輩」という顔で、それでいて言葉の端々からは、実力を認めず幸運が続いただけの結果だと言いたいのが透けて出ていた。


 だがキースの計算違いは、アリトラが見た目以上に勝気で豪胆な性格をしていたことだった。その態度を剣を教えてくれた伯父達への侮辱だと受け取ったアリトラは、セルバドス家の名誉を賭けて決闘を申し込んだ。


「結果は?」

「アタシが勝ちました。それから因縁つけてこなくなったけど。そんなに強いって訳じゃなかったと思いますよ」


 そこから数歩先で、アリトラはカレードの方を振り返って手を出した。


「アタシの話せることは終わり。バスケット、持ってくれてありがとう」

「配達先まで持ってくぜ?」

「いいの、此処だから。それにこの中に二人が会いたい人もいると思う」


 アリトラが指さしたのは新築三階建ての家だった。門は開かれており、中の細長い庭には木箱やロープが積まれている。窓にはまだカーテンすらかかっておらず、引っ越し作業の真っただ中であることが伺えた。

 庭で作業をしている若い男たちに近づいたアリトラは丁寧な挨拶をして、そして明るい声で言った。


「ご利用いただきありがとうございます。バセルー様宅にサンドイッチ十五セット、お届けにあがりました!」

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