3-4.カフェ店員
「あれ、ミソギさんとカレードさんだ」
大きなバスケットを抱えた青髪の少女が、弾んだ声を出して近づいてきた。制御機関から駅までの間を繋ぐ商店街には、今日も買物や商売をする人で賑わっている。
「やぁ、アリトラ嬢。何をしているの?」
「サンドイッチの配達。お昼までに届けなきゃいけないんです」
「お店はまだ再開してないよね?」
一ヶ月前に起きた事件で、制御機関一階にある喫茶店『マニ・エルカラム』は爆破された。国の代表機関の一つである制御機関の一部が爆破されたままでは都合が悪いからと、目下大急ぎで改築が進められている。
そこの店員の一人であるアリトラは、現在仕事はない筈だった。
「別にお店の修理終わるまで、仕事してなくてもいいって両親は言うんですけど、性分に合わなくて。幼馴染の店を間借りしてサンドイッチの宅配サービスしてるんです」
「なるほどね。配達しながらでいいから、ちょっと話を聞いてもいいかな」
自分に用事があると思っていなかったアリトラは大きな目を何度か瞬かせた。
「何かあったんですか?」
「道すがら話すよ。大剣、荷物持ってあげな」
カレードは素直にそれに従い、アリトラから荷物を受け取った。
身軽になったアリトラは申し訳なさそうに感謝を述べてから、配達先に向かって歩き出す。
「お話ってなんですか?」
「メーラル・アルコ、ロゼッタ・オードラって名前を知っている?」
「アルコとオードラは学院時代の友達ですけど」
「今は交流はない?」
「剣術部の繋がりだったんです。アタシ、あの二人と違って道場とか通ってなかったから」
「でもセルバドス家って軍人の家系だよね? 軍に入るように言われなかったの?」
アリトラはそう聞かれて「あぁ」と思い出したような声を上げた。
「一度考えましたよ。アタシ、正魔法使いじゃないから就職先なんて限られてるし。でも伯父に相談したら、反対されちゃったんです」
「どうして?」
「軍の食べ物が美味しくないから、お前には向いてないって」
それを聞いたミソギは思わず吹き出した。フィンは総じて食べ物が美味しいと評判だが、軍のレーションだけは何年経っても不味いし、基地の中で出される食事もお世辞にも美味とは言えない。
食い意地が張っていて、食べることが大好きなアリトラが軍に入ったら一ヶ月で根を上げるに違いなかった。
「まぁ確かに、軍人よりは喫茶店のほうが似合ってそうだね。じゃあ、バセルーやコンセラスって子も知ってるかな?」
「知ってますけど……」
アリトラは首を小さく傾げてから、眉を寄せた。そして数秒後に合点がいったような表情になるとミソギに視線を合わせる。
「百回記念?」
「そう。その時にストラップを貰った人に話を聞いているんだよ。よくわかったね」
「だってその四人だけなら兎に角、アタシが入ってるとなると結構限られる。アタシが公式試合に出たのは学院時代の三年間だけで、今言った二人はアタシより一つ上だから、五人がそろっていたのは二年間。思い出すのは難しくない」
「じゃあストラップのことも知っているかな?」
「持ってたけど、無くしちゃったんです。可愛いデザインだったから精霊瓶に巻き付けていたんだけど」
肩を竦めたアリトラに、ミソギは労わるような口調で質問を重ねた。
「残念だったね。それはいつかな?」
「えーっと、四日前。その日も配達に行ってたから、どこかで落としちゃったと思うんだけど。それがどうかしたんですか?」
ミソギは一瞬、答えるのを躊躇う。アリトラは生まれも育ちも中央区であり、地理にも詳しい。それに加えて剣術の腕前も確かであれば、容疑者として含まれる。
だが、勝気で好奇心が強い他は至って人畜無害であることをミソギは知っている。第一、アリトラの伯父の一人は軍の上層部であり、下手な疑いをかけるわけにはいかない。
悩んでいたミソギの、その苦労を台無しにしたのはサンドイッチを抱えたカレードだった。
「「猟犬」に殺されたやつがいてさ。そいつが持ってたんだよ、ストラップ」
「大剣!」
「で、そのストラップ持ってるやつに話聞いてるんだ」
文字も読めなければ空気も読めないカレードが、躊躇うこともなく全て言ってしまったため、ミソギは頭を抱えた。一方のアリトラは、それがどういう意味か理解すると、眉間を寄せて口を尖らせる。
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