1-10.水の在り処
「兆候って言われても」
「何か変わったことなんてあったかな?」
双子は顔を見合わせて首を傾げる。双方の脳裏には、甲板での記憶が最初から再生されていた。
やがてあることに気付いて声をあげたのは、直感的に記憶しているアリトラではなく、細部まで記憶するリコリーだった。
「もしかして」
「何?」
「えーっとね、ちょっと待って」
リコリーはアリトラの問いに答えるより前に、自分の中で情報を整理する。鋭い目は自分の手にあるグラスを見つめていた。
「僕達が挨拶をした時、ブラントンさんは手にグラスを持っていたね」
「うん」
「それは僕達が今飲んでいるカクテルと同じだって、バーテンダーさんが言ってた。覚えてる?」
「アタシ達と会った時に持っていたのは二杯目って話だったよね」
「うん。でもそれは嘘だと思うんだよね」
アリトラはそれに反応を返そうとして、慌てて口を押える。左右を見回してから声を小さくし、リコリーに顔を近づけた。
「嘘って、バーテンダーさんの?」
「だと思う。……まず、着目すべきは、今回の事件が「水」に関わっていることだよ。そしてここは海の上だ。言いたいことわかる?」
「えーっと、水なら海水が沢山あるのに、どうして淡水が使われたかってこと?」
単に溺死をさせたいのであれば、方法は何であれ海水を使った方が楽だし、手間も少ない。海水魚なら料理用に沢山持ち込まれているし、当然海中にもいる。
「パーティの料理に淡水魚のメニューはない。従ってブラントンさんの口から出た淡水魚は、その目的のために持ち込まれたと考えられる。このことから、これは計画的殺人であった可能性が高いんだ」
「でも魚には魔法が使われた痕跡はなかった。わざわざ持ち込んだ理由は何?」
「海水だと飲めないから」
あまりに当然の言葉が答えとして出されると、アリトラは数度瞬きをした。
「飲めないけど、別に肺の中に入れるなら何でも……。あ、そうか」
リコリーに比べると記憶力では劣るが回転数の早い脳が、これまでの証拠や証言を次々に組み合わせて同じ答えへと辿り着く。
「魔法陣は水に仕掛けられていて、被害者が口の中に入れることを想定していた。だから海水だと成立しない」
「そういうこと」
「ちょっと待って」
制止を掛けたのは黙って聞いていたリムだった。
「水に魔法陣を適用することは出来ないはずだけど?」
「その通りです。魔法陣はその幾何学模様と呪文が定型に当てはまることにより発動する。従って液体や気体には適用出来ません。しかし、固形だったらどうですか?」
「固形?」
リムは疑問符を上げたが、その手に持っているカクテルに目を落とすと、すぐにリコリーの言わんとすることに気付いた。
「氷か」
「氷なら固形ですから魔法陣が描けます。少々難しいですが、アイスピックなどで溝を掘ってしまえば良い」
「でも氷が使われたなんて、どうしてわかる?」
「このカクテルです」
リコリーは自分達が飲んでいたカクテルを少し掲げる。中身は半分ほどに減っていた。
「バーテンダーさんは、ブラントンさんが僕達と同じカクテルを二杯頼んだと言っていました。一杯目はここで飲み、二杯目は僕達と会った時に持っていた。その時、確かに氷が中に入っている音がしました」
「アタシも聞いた。カラカラ鳴ってたもん」
アリトラも同意するが、リムはそれに対して渋い表情を浮かべたままだった。
「でもそれだと、カクテルに氷が入っていたことしかわからないよ。それでどうやって人を殺せる?」
「噛んだんです」
相手の語尾に重ねるように、静かな口調でリコリーが言った。
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