1-9.死に至る経路
その言葉に、双子は揃って目を見開いた。
「溺死、ですか」
「水は詳しく調べないとわからないけど、少なくとも海水ではなかった。一緒に吐き出された淡水魚が生きていたから、毒性のある水でもない」
「ブラントンさんの精霊瓶は?」
「彼は精霊を所持していたけど、魔力は低かったようだね。瓶の五分の一までの保有量しかなく、しかも全く減っていなかった」
「つまり魔法は使っていない?」
「そういうことになるね」
リコリーは一度口を閉ざして、思考を巡らせる。再び声を発するまでは数秒と掛からなかったが、その間にいくつもの選択肢が浮かんでいた。
「まず最初に除外出来るのは、事故です。魔法にせよ、何等かの道具を使ったにせよ、事故で人の口の中に水を注ぎこみ、あまつ肺に流し込んでしまうようなことは考えにくい」
「噴水用の魔法陣をうっかり喉に詰まらせでもしない限りは無理だね」
「次に自殺か他殺か。これを解くには、まず彼の死因となった溺死が魔法を使われたか否かが問題だと思います」
「魔法でしょ」
アリトラが横から口を挟んだ。手にしたグラスの中身は半分ほどに減っている。
「ブラントンさんは、グラスしか手にしてなかった。しかも死ぬ直前までアタシ達と会話していたし、倒れた時に他の人の影はなかった。何かの魔法を使わないと溺死なんて出来ないよ」
「じゃあ、どんな魔法が使われたかわかる?」
リコリーが問うと、アリトラは言葉に詰まった。視線を左右に彷徨わせた後で、自信なさげに口を開いた。
「水を転移させた、とか。よく噴水ショーとかで使うじゃない」
「肺の中に魔法陣を描かないといけないけど、それはどうするの?」
「あ、そっか。じゃあ大気中の水素を水に変換して口の中に流し込むとか……無理?」
「不可能じゃないよ。簡単な魔法だから。でも人の口を狙うのは「固定化」の問題がある」
魔法を放つには、その標的に対してマーキングを行う必要がある。人を狙って放っているように見える魔法も、実際は相手の立っている地面や接触している壁など、動かないものに対して固定化を行っている。
「ブラントンさんが動いていなければ可能だけど、もしそんなこと出来る状態なら、わざわざ溺死なんかさせないよ。毒でも飲ませれば終わりだし」
根が臆病なリコリーは、自分でそう言ってから怖くなり、喉を摩る仕草をした。
「固定化が行えない以上、ブラントンさんに直接魔法を仕掛けたという仮定は成り立たないよ」
「じゃあ他の物! 持っていたグラスはどう?」
アリトラは自分が持っていたグラスを少し持ち上げるようにして示す。
「グラスを口に含んだ時に、水の転移魔法が発動するようにすれば、水を飲ませることが出来るんじゃない?」
「それは無理だね」
否定を挟んだのはリムだった。自分のグラスを傾け、紫色の液体越しにアリトラを見る。
「仮にグラスの飲み口に仕掛けがあって、口に含んだ瞬間に水が流れ込むような仕掛けだったとしよう。アリトラちゃんはそれを素直に飲み込むの?」
問いに対してアリトラは小首を傾げた。頭の中でその状況を思い浮かべ、そしてどこか落ち込んだ様子になると、溜息混じりに返答する。
「……びっくりしてグラスを落とすと思う」
「水も吐き出すだろうね。飲み込むにしたって、その場合に通るのは食道で、気管じゃない。俺の経験から言うと、自分で気管に水を入れるのは難しいよ」
「水を転移させただけじゃ溺死は出来ない……。それなら、あの魚は?」
「彼が口から吐いた魚かな?」
「そう。魚が水を転移させたとしたら、辻褄が合うかも。魚を押さえつけて魔法陣を仕込むのは難しいことじゃないし、それを簡単な魔法陣で転移させることも可能なはず」
水を転移させる魔法陣はグラスではなく魚に仕掛けられていた、というのがアリトラの次の推理だった。
グラスには魚を転移させるための魔法陣だけ作り、口に接触した時に発動するようにする。発動すると口の中に魚が入り込み、そこで魚本体に仕掛けられた魔法陣が動き出す。
「口の奥で水が転移されたんだと思う。吐き出す暇もなく気管に水が入って、ブラントンさんは溺死する。魚は水を転移させるためのもので、グラスはあくまでその仲介をしていた……というのは?」
「なるほど、良いアイデアだね」
リムは褒めるように言ったが、言葉はまるで小さな子供に対するような揶揄の籠ったものだった。アリトラはそれを悟ると、小さく首を傾げる。
「間違ってる?」
「残念なことにね。まず、グラスには魔法陣が仕掛けられていなかった。まぁ簡単な転移魔法程度なら魔法陣は要らないけど、近くにいなければ発動出来ないからね。次に、魚にも魔法陣などが仕込まれた形跡はなかった」
「嘘。何もなかったの?」
アリトラは両手で頬を抑えると、困惑気味に眉を寄せた。
「絶対そうだと思ったのに」
「俺も似たようなことを考えていたから、結果を聞いて愕然としたよ。お陰でこうして行き詰まっているというわけ。でも」
リムの指が数度宙を掻きまわした後に、双子を指さした。
「君達には俺にはないアドバンテージがある。死ぬ直前の彼に会ったという、ね。あんなに奇怪な死に方をしたんだ。何かしらの兆候があったはずだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます