1-8.考察とカクテル
リムが上から覗き込むようにして、二人のグラスを見る。紫色の美しい髪が肩から滑り落ちて、まるで虹のようにカウンターにかかった。
「匂いからしてノンアルコールだね」
「リムさん、その距離でわかるの?」
「職業柄、匂いには敏感でね。俺にはヴァイオレット・フィズをくれるかな」
バーテンダーはリムの美貌に呆気に取られていたが、我に返ったように動き始めた。そんな反応には飽きたと言わんばかりに、美しき狙撃手は顔を上げる。
「色々話を聞いてきたよ」
「ありがとうございます」
「俺も気になっていたから気にしなくてもいい。今は何の話をしていたの?」
リコリーが説明すると、リムは「ふぅん」と呟いて考え込む。
「良い着眼点かもしれないね。政府官僚である彼が、会長の話も聞かないで会場を出て、一人で歩き回っていた。確かにちょっと妙だ」
バーテンダーが美しい紫色の液体が入ったグラスを、カウンターの上に差し出す。リムはそれを受け取ると、何も言わずにその場を離れて、プールサイドのソファーへ向かった。途中で一度立ち止まって振り返ったのを見て、双子もそれに従う。
リムは向かい合わせになった二脚のうち一つに腰を下ろすと、双子にもう片方を薦めた。
「人が近くにいると話しにくいこともあるからね。君達の会話にも聞き耳を立てていたようだし、用心したほうがいい」
三人のすぐ傍を、軍人が通り過ぎて外へと出て行く。足音が聞こえなくなると、リムはカクテルを少し飲んでから、改めて口を開いた。
「さて、此処で俺が情報を提供するのも簡単だけど、折角だし双子ちゃんの見解を聞こうかな」
「見解、ですか」
「情報というのは、いわばただの事実の集合体に過ぎないわけだよ。そこから価値のあるものを引っ張り出すには、きちんとした目的がないとね。初めて会った時の君達にはそれが欠けていたけど、今ならどうかな?」
挑戦的な物言いに、リコリーは困ったように首を傾げた。
「どうかな、と言われても」
「何も考えていないなんて言うんじゃないだろうね。どこぞのゴミ雑誌の記者みたいに、噂話をただ集めて「不思議不思議」と連呼するようでは興覚めだよ」
早口の嫌味と挑発に、元来の気質がおっとりとしているリコリーは、処理が追い付かずに黙り込む。だが、勝気なアリトラは即座に切り返した。
「そんなことを言うってことは、リムさんには或る程度の真相が見えているはず。まさか、クイズの答えを知ってから「全部わかってた」なんて言うほど落ちぶれてないでしょ?」
「言うね」
リムは気分を害した様子もなく、緩く腕組みをして含み笑いをする。
「勿論だよ、アリトラちゃん。俺にもライラック家の当主としての誇りがある。正直に言うと、朧気ながら輪郭は掴めているけど、あと一歩届かない。この事件にはそんなもどかしさがある。だから、君達の意見も聞いてみたいと思ってね」
「だって、リコリー」
「……要するに考えを話せと、そういうわけですね?」
漸く理解が追い付いたリコリーが顔を上げる。平素から鋭い目にリムの姿が映る。気高き傭兵を前に、その視線は揺らがない。普段は気が小さくて臆病であるが、好奇心が伴えば話は別だった。
「この事件には不確定事項が多い。それを埋めることで全体像が見えると思います」
「じゃあまず何から埋める?」
「自殺か他殺か事故か。それが重要だと思います」
「そうだね。前提条件をどうするかで、思考は分岐する。魚が口から出るという異常な状況を、どれに当てはめればいいだろうね。ではそれを確定させるには?」
リムの問いかけにリコリーはすぐに返答する。
「死因で絞り込めます」
「うん、俺も同じ考えかな。遺体保管所でレグナードさんがいたから話を聞いてみたら、船医と軍医による遺体検分の立ち会いをしたそうだ」
「医師が二人で?」
「どちらも遺体検分に慣れているわけじゃないから、二人がかりのほうが都合が良かったんだろう。それに、どちらか一方だけだと後で「隠蔽したんじゃないか」って疑われたりするからね」
「なるほど。それで、ブラントンさんの死因は?」
「溺死だよ。肺の中に水が詰まっていた」
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