9-34.守るべきもの

「ロンギーク!」


 軍に連れていかれるバドラスには見向きもせずに、カルナシオンは学院の門の傍にいた息子の方に駆け寄った。


「父さん」

「怪我は無いか?」

「大丈夫。兄ちゃんたちが守ってくれたから」

「良かった……」


 カルナシオンは息子を抱きしめると、安堵の溜息をつく。普段なら反抗的なロンギークも、それを黙って受け止めた。


「お前まで失うところだった」

「父さん、精霊瓶空っぽだけど何してたの?」

「……喧嘩だ」

「息子が危ない時になにしてるんだよ。大体、父さんの魔力が尽きるほどの喧嘩って、最早戦闘だよね」

「向こうが大砲を作った時には死ぬかと思った」

「大砲!?」


 驚くロンギークの髪を、カルナシオンの手が撫でる。


「後で教えてやるよ。馬鹿な父親を思いっきり笑えばいい」

「父さんは馬鹿じゃないだろ」

「喧嘩相手には大いに罵られた」


 カルナシオンは体を離すと、周囲を見回した。

 乗ってきた戦車は、まるで軍の持ち物のような顔で門の前に控えている。すぐ傍で四兄妹が何やら話しているのは、今後の対策や報道規制などを考えているに違いなかった。


「リコリーとアリトラも来ていたのか?」

「うん。バドラスが俺を狙うって気付いて、来てくれたんだ。さっきまで……」

「ロン!」


 学院の中から、双子が出て来た。その手には湯気の立つマグカップが二つずつ握られている。中身は珈琲のようで、それが冷えた空気を掻き混ぜた。


「飲み物持って来たよ。……って、マスター」

「あ、漸く戻ってきた。大変だったんだから」


 アリトラが頬を膨らませながら、マグカップを親子に差し出す。カルナシオンは突き付けるように渡されたそれを受け取ると、一口飲み込んだ。温かい珈琲が冷えた身体を溶かしていく。


「……アリトラにしては味が濃いな。リコリーが淹れたのか?」

「よくわかりますね。流石喫茶店のマスター。淹れる珈琲は泥みたいだけど」


 リコリーは笑いながら、自分が持っていたマグカップのうち一つをアリトラに渡す。


「ナズハルト教官が良い豆を持っていたので借りたんです。その代り、今日のことを後日説教されに行きますが」

「なんだそりゃ。怒られるようなことしてないだろ」

「名目上ですよ」


 その時、アリトラの腹部から大きな音が上がる。三人が注目すると、マグカップを持った両手で顔を隠すようにして、アリトラが小さな声を出した。


「……お昼食べるの忘れてた」

「そういえば、そうだったね。僕もお腹空いた」


 片割れの腹の音に触発されたように、リコリーも同じ音を出す。


「マスター、何か作ってよ」

「お腹空きました」

「何で俺……。まぁ腹は俺も減ってるし構わないが」


 カルナシオンは双子を見て、その向こうにいるシノを見た。


「偶にはホームパーティでもするか? 俺とホースルで作ってやるから」


 その提案に、双子とロンが顔を輝かせた。


「それいい! だったらもうちょっとご飯我慢する!」

「皆でご飯食べるの久しぶりですね」

「父さんの料理食べたい。あれ作ってよ」

「肉団子か。いいぞ、何でも作ってやる。それに店があの通りだからな。暫くは一緒にいられるぞ」


 頭を撫でられてロンギークは笑顔になるが、それにアリトラが割り込んだ。


「でも早く復帰してよね。アタシの職場でもあるんだから」

「わかってるよ。他の従業員もいるしな」


 ついでとばかりに双子の頭も撫でると、カルナシオンは明るい笑みを浮かべた。バドラスへの復讐心よりも、ロンギークが生きていることへの喜びが勝った瞬間だった。

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