9-20.軍用列車の中
軍専用の鉄道に、装甲列車の黒い車体が横たわる。中には軍人が腰を下ろし、発車の時刻を待っていた。
「北分岐点Aにおいて、後部車両を分離」
「国境軍への連絡は?」
「試みていますが、この雪で全ての指示が的確に伝わらない恐れがあります。第二ゲートで再度通信を」
騒がしい車内の一角に、十二人の剣士が座っていた。いずれもその誇りであり命でもある剣を携え、ある者は窓の外を、ある者は剣の鞘を見ながら時間が流れるのを待っていた。
「大剣は来ないか」
ふと呟いた声を拾ったミソギは、右側に座る男を見た。
「何言ってるんですか。隊長があいつを遠ざけたくせに」
「正確にはお前の進言に従っただけだ」
辺りは騒がしく、二人の言葉を聞いているのは同胞たちしかいない。しかし誰も口を挟む真似はしなかった。
「いっそあいつの好きにさせたらいいんじゃないかと思うことがある」
「穏やかじゃない発言ですね」
「あいつの絶望を理解出来るほど、俺は出来た人間じゃない。国境軍にいた頃のあいつは希望に満ち溢れていた。こっちに来てからはずっと死んだ目をしている。俺達がそれを無理に生かして、あいつのためになるんだろうか?」
「隊長はあいつを生かしているつもりだったんですか。それはご立派ですね」
男はミソギの揶揄に眉を寄せる。
「お前は違うのか。一番肩入れしているのはお前だろう」
「あいつは誰とも深く関らないように生きて来たのかもしれませんが、俺はあいつが死んだら本気で悲しむ人間や、悔しがって憤死しそうな人間も知っています。だから死ぬべきじゃない」
「随分乱暴な考えだな」
「命なんてそんなものでしょう」
ミソギはそこで言葉を止めると、車内を見回した。座席の数は多いが、中にいるのは通信部隊と十三剣士隊、それと魔法部隊の役職付きが数名だけだった。
大人数で動けば、犯人が事前にそれを察知して逃げてしまうかもしれないし、またいくら地図に二つの印しかないと言っても、他が爆破される可能性も残っている。従って犯人の捕縛は少数精鋭で向かい、他の軍人は各区の警戒にあたることになっていた。
「途中で後部車両を切り離すんですよね。古戦場跡地とワナ高原で方角が違うから」
「そうだ。後部車両には制御機関の精鋭たちが乗っている」
制御機関は軍と異なり、全ての職員が中央区に集中してしまっている。彼らを全て軍用車両に載せて各地に配置すると時間がかかるうえ、不要なトラブルを生みかねない。
「他の職員は公共鉄道で移動することになっている。もしかしたら鉄道に爆破物があるかもしれないしな」
「精鋭というのは刑務部の人間ですか」
「何人かは法務部や管理部らしい。しかし魔法の知識はあっても、戦闘技術はないからな。我々が前衛、彼らが後衛という布陣になるだろう」
「それが妥当でしょうね」
軍と制御機関で二つのチームを作り、それぞれ別の場所に向かわせる。その他の軍人と職員は各地の警戒態勢に当たり、万一の事態に備える。一見すると合理的であるが、制御機関の人間は総勢でも三百人程度。殆どの戦力を軍に頼ることになる。
「制御機関からしたら、面白くはないでしょうね」
「面白かろうとなかろうと、犯人逮捕が最優先事項だ。これ以上、被害を出すわけにはいかない」
漸くいつもの調子を取り戻した上官を見て、ミソギは安堵する。十三剣士という特殊な部隊をまとめる立場にある以上、不安などを誰かに見せるべきではない。
五年前の一連の事件は、十三剣士隊の最大の汚点である。ディードを捕らえない限り、隊の汚名は完全には漱げない。
「頼みますよ、隊長。カレードを故意に置き去りにしたんだ。それ相応の結果は出さないと、本当にあいつは死んでしまう」
発車ベルが鳴り響く。ミソギは口を閉ざして、座席に深く腰を沈めた。
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