9-19.駅での一服

 中央区から北区に向かうにはいくつかのルートがあるが、古戦場跡地へ直接繋がるルートはない。王政時代より前の遺跡であるため極端に交通の便が悪く、週に何度か観光用の送迎馬車は出ているが、それも夏場だけである。冬にわざわざ好き好んで行く者はいない。

 カルナシオンはその最寄りとなる小さな駅に下りると、誰もいない駅舎の待合室に入った。制御機関の魔法使い達より早く乗り込むために行動したものの、思った以上に列車の到着が遅れた。爆発騒ぎが起きていて、しかも次の場所が決まった後ともなると、公共機関への影響は避けられない。


「まぁ、これなら制御機関も到着が遅れるな。軍の方も不用意に動くわけにはいかないだろうし」


 シガレットケースを取り出して、中から煙草を取り出す。少し冷たいフィルターを口に挟んで、魔法で火を点けた。

 この場に及んで思い出されるのは、死んだ妻のことではなく、息子のことだった。五年前、カルナシオンはシスターの流通経路を全て潰したが、それは容易なことではなかった。母親を失い、怪我を負ったロンギークの傍にいたい気持ちを押し殺し、冷静に冷徹に事を進めた。命を削り取りながら働くかのようなカルナシオンを見て、幾人もが止めようとしたが、それすら全て振り切った。

 全て終われば、臓腑の奥で燻る犯人への殺意が止まると信じていたからだった。


「……シノは怒ってるだろうな」


 幼馴染の顔を思い浮かべて、カルナシオンは苦笑する。

 ある意味で家族よりも大事な存在、親友とも言える好敵手。魔法使いとしての単純な力量で言えば、カルナシオンの方が大きく勝るが、シノの才能はそんなものに縛られない。

 今朝、店でシノが言った言葉を思い出しながら煙草の煙を吐き出す。


「一度決めたことは死んだってやり遂げる。あいつらしいなぁ」


 シノの言葉の信憑性を、カルナシオンは身に染みてわかっている。シノはそのままでも十分に優秀な魔法使いだった。だがカルナシオンに並ぶために努力を重ねた。シノの毅然とした立ち姿の後ろには、一握りの成功した努力と、数えきれないほどの失敗した努力が積み上げられている。


 並大抵の精神力で出来ることではない。

 だからこそカルナシオンは、シノに気付かれないように制御機関を出た。止めようとしても力が及ばないほど距離を取れば良いと信じて。


「鉄道は軍用ルートを使えば俺より早く到着出来るが、あいつは制御機関だし、軍用ルートを動かせるほどの力はない。水上ルートは北区の手前まで。この雪じゃ馬車は役に立たないし、戦車は軍の所持品だから借りるなんて論外。あいつが俺に追いつくのは物理的に無理だ」


 煙草を灰皿に入れて、待合室から外に出る。足跡一つない銀世界が目に痛い。カルナシオンは全てに決着をつけるために、そこに足を踏み入れた。

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