9-18.壊れた靴

「おーい、アリトラ」


 煙草屋から出て来た三人の元に、何かを抱えたライツィが走り寄った。


「これ、渡そうとして忘れてた」


 新聞紙で包まれた不格好な塊がアリトラに手渡される。


「何これ? あ、アタシの靴?」

「そうそう。昨日預けて行っただろ。さっき渡そうとしたんだけど、手元になかったから」


 新聞紙の中から出て来たのは、アリトラの靴だった。

 右足だけなのを見て、カレードが首を傾げる。


「片方だけか?」

「左足の分が吹き飛んじゃって。多分お店にあるんだけど。じゃあこれ借りてた靴ね。ありがとう」


 引き換えるような形で、アリトラは病院からずっと持っていた紙袋をライツィに渡す。


「今度お礼しに行くね」

「気にしなくていいっての。それより、靴底は定期的に変えたほうがいいぞ」

「え?」


 突然の言葉にアリトラは目を瞬かせる。


「何で?」

「包む時に踵が削れてるのが見えたから。歩き方が悪いのか?」

「そんなことないよ。多分爆風で……」


 アリトラがそう言いかけた時、リコリーが横から手を伸ばして新聞紙の中の靴を取った。

 ローヒールの革靴の踵は内側が低く、外側が高くなっていた。この国で売られている靴は、冬の雪道を基準としているので、ヒールだろうとサンダルだろうと、深い滑り止めがついている。アリトラの靴にも当然あってしかるべきだが、殆ど削り取られていた。


「アリトラ、カウンターの中に戻る時に吹き飛ばされたんだよね?」

「うん、そうだよ」

「飛ばされる時にシンクの下に入り込んだんだよね?

「そう言ったよ。それがどうしたの?」


 アリトラは不思議そうに聞き返したが、リコリーの視線を追うと「あれ?」と呟いたきり黙り込む。


「双子ちゃん?」

「おい、どーしたんだよ?」


 カレードとライツィが声を掛ける。特にカレードは、ただならぬ二人の様子を見て、その場を早々に立ち去ろうとしたことすら忘れてしまっていた。


「……外に面した出入り口から入って左側がカウンターだから、アリトラが一度外に出て引き返した場合、爆発に近かったのは左足だよね」

「靴の踵は何かで勢いよく削がれているから、爆撃で直接吹き飛ばされた可能性が高い。となると右足を後ろに上げていた時に爆発が起こったことになる」

「爆撃は直線型だったから、この軌道を元にアリトラの立ち位置を考えると……」


 双子は顔を見合わせ、そして同時にマニ・エルカラムを見た。吹き飛んだ壁穴から、中の様子が見える。カウンター側が大きく破損しているのに対して、他の客席は比較的無事だった。


「カレードさん」

「行くの、もう少し待ってもらえませんか?」


 カレードの腕を掴んで、双子は懇願にも似た声を出す。それは単純な引き止めではなく、縋る様なものだった。

 驚いたカレードが反応しかねている間にも、双子はその腕を引っ張るようにして道を横断し、喫茶店の方に向かう。


「おい、双子ちゃん? 俺は……」

「お願いです。僕達の推理が正しければ、皆とんでもない勘違いをしていることになります」

「勘違い?」

「でもアタシ達に軍や制御機関の行動を止める力はない。カレードさんだけが頼りなの!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る