9-11.犯人の居場所

 三人は病院を出ると、駅の方に歩き出した。

 昨日の影響か、往来に一般人の姿は少ない。その補填をするかのように、軍人や制御機関の魔法使い達が巡回を行っていた。

 雪が降り続けているためか、それが往来の静寂を更に助長している。フィンでは雪が降っている時に傘を差す者は殆どいないため、すれ違う人たちは皆寒そうな表情を寒空の下に晒していた。


「爆発が起こる前に、店の外で物音がした」


 アリトラは白い息を吐き出しながら話し始める。


「ここ一週間ぐらい、店の前にゴミを捨てて行く人がいたから、またそれかと思った」

「そんな奴いるのか」

「もう少し続くなら、何か対応を取ろうってマスターとも話していたところ。音が聞こえてすぐに外に出ようとしたんだけど、どうせゴミがあるなら捨てなきゃいけないし、掃除道具を持って行こうと思った」


 そのおかげで、アリトラは直撃を免れた。

 咄嗟の判断でシンクの下に入り込めたのは、生まれつきの反射神経の成せる技としか言いようがない。


「爆発が収まるのを待っている間は、鼓膜が痺れてて何も聞こえなかった。頭を下げていたからよかったんだと思う。下手したらどっちも破れてた」

「じゃあ何も聞こえなかったのか」

「もし聞こえていたとしても、無我夢中だったから覚えてないと思う」

「まぁ、そりゃそうか。何か覚えていることはないか? 爆発が起きる前でもいい」


 ヴァンの問いに対してアリトラは少しの間考え込む。そのまま何歩か歩いたところで「そうだ」と呟いた。


「犯人はマスターが店にいない時間を狙った。そのために近くでずっと店の様子を伺っていたはず」

「何でそう言える?」

「昨日、爆発が起こった時刻はいつもなら営業時間だった。マスターが三十分早く店を閉めて、アタシだけ残っていた。もし爆破の直前に犯人が制御機関の近くに現れたとすれば、店が閉まっていることに不審を覚えると思う」


 しかし爆破は行われた。

 もし犯人がカルナシオンを狙ったのだとすれば、閉店後の店は避けるはずである。実際、店にはアリトラしかいなかった。二人は遠目に見ても見間違えるような容姿ではない。


「恐らく犯人は店の様子を伺っていて、マスターが出て行ったことを確認してから爆破を仕掛けた」

「単にどうでもよかった可能性はないのか? 開店していようと、客がいなかろうと、先輩がいまいと、爆破だけしたかったとしたら?」

「ディードはバドラスを手駒にするために脱獄させたんでしょ? 年単位で流通ルートを復活させて挑発するような人が、そんな粗雑な真似を許すとは思えない」

「……確かに。だがそれが何を意味する?」


 リコリーがその時、自然な流れで口を挟んだ。


「バドラスが脱獄したことは、既に軍にも制御機関にも伝わっていました。いくら彼がオルディーレの死神の言いなりだったとしても、不用意に制御機関に近づき、ずっと店を監視するとは思えません」

「それは俺もわかってる。だから店をずっと見ていたというのは……」


 反論をしようとしたヴァンは、双子の言いたいことが何かわかると、その場で立ち止まった。

 病院を出た時よりも雪の量はいつの間にか多くなり、気温も下がっている。吐き出される白い息は言葉よりも雄弁に、その動揺を示していた。


「制御機関の近くにアジトを持っていたのか?」

「そこから店の様子を見ていたんでしょう。バドラスは昨日脱獄したので、そのアジトを事前に用意していたのはオルディーレの死神と考えられます。恐らく、店にゴミを捨てていたのも彼の仕業です」

「アタシもそう思う。あのゴミのせいで、外の音には敏感になっていたし。そうじゃないと、音がした程度で外に出ようとしないもん」

「じゃあディードは、制御機関の目と鼻の先にアジトを作って、そこにバドラスを匿ったのか!?」


 双子が揃って頷くと、ヴァンは頭を抱えて呻くような声を出した。


「冗談じゃないぞ。そんなの刑務部……いや、制御機関の恥だ」

「恥とか言ってる場合じゃない」

「そのアジトに何か残っているかもしれません」

「くそっ」


 舌打ちをしてヴァンは制御機関の方に走り出したが、数メートル進んだところで振り返ると、険しい表情で二人に人差し指を向けた。


「セルバドス! お前はその一般人の妹の世話をしてろ! くれぐれもこっちに首を突っ込むんじゃないぞ!」

「え、でも」

「いいから大人しくしてろ! お前が動くと仕事が増えそうだから!」


 それだけ言い残してヴァンは颯爽と走り去って行った。

 取り残されたリコリーは釈然としない顔で「えぇ……」と呟く。


「僕、そんなにあの人に迷惑かけてないつもりだけど」

「新人を巻き込む事件じゃないってことでしょ。ねぇ、それよりもお腹空いた」

「商店街で何か食べようか。ライチに預けてるお前の靴とか回収しなきゃいけないし」

「じゃあパスタがいいな。『森の木陰』のスープパスタ食べたい」


 片割れのねだる様な口調に、リコリーは眉を寄せた。


「僕がお金払うの?」

「当たり前。アタシのお財布は爆破された店の中だもん」

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