9-8.魔術師の考察

 その日の深夜、ミソギは制御機関の建物の前に立っていた。

 既に最低限の現場検証は終わり、店には立ち入り禁止のテープが張り巡らされている。


「無関係、ではないよね」

「どちらとも言えないな」


 ミソギの右隣りに立ったホースルが、煙草を口に咥えながら呟く。大事な娘が巻き込まれた割りに、表情はいつもと変わらない。


「フィンの治安が良いから異常事態にも見えるが、西ラスレでは日常茶飯事だ」

「あんな場所を基準にするなよ。というか、アリトラ嬢のところに行かなくていいのかい? あんたならてっきり、心配して駆けつけると思ったけど」

「リコリーと医師が適切な対処をしている。鎮痛剤を飲んで寝たということだから、わざわざ行くほどのことではない」

「相変わらず、可愛がってるのかいないのか、わかりにくい奴だね」


 ホースルはライターもマッチも使わずに煙草に火を点けると、煙を吸い込んでから宙に吐き出した。

 冬の深夜ということもあり、空からは粉雪が降り注いでいる。


「此処で心配して過保護になってもいいのだが、あの子達の性格を考えた場合、私の目を潜り抜けて事件を調べに行ってしまうだろう。だったら少し自由にさせておけば、動向を隠すこともない」

「なるほど。父親としての経験則かい?」

「十八年育てていれば、大体の行動パターンはわかる。まぁどこかの不届きな輩がうちの子に手を出したら消し炭にしてやるから問題はない」


 それは問題以前の話だと、ミソギは喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。ホースルとは長い付き合いであるものの、未だに価値観が合わない。


「で、あんたのことだ。可愛い娘を傷つけた輩を調べるために情報屋に接触したんだろう? 俺にもその情報を分けてくれる?」

「何故」

「うちの馬鹿を止めるため」

「では今回は特別価格にしておこう。まず使われたのは魔法陣だ。闇ルートで売られている爆破用のものだな。よくある、特殊な紙に書かれたもので、魔力を注ぎこむことで起動する。店の外に使用済みのものが転がっていた」


 ホースルがその値段を言うと、ミソギは肩を竦めた。


「上等なものではなさそうだね」

「爆破軌道は直線で、威力の調整も出来ない。ただ、十か二十でも仕掛ければ郊外の村程度は壊滅出来るだろうな」

「爆破軌道が直線……。放射状ですらないのか。アリトラ嬢がシンクの下に滑り込んで、軽傷で済んだのはそのためかな」

「放射状だったら、今頃片足ぐらいは吹き飛んでいたかもしれないな。この魔法陣の出所については正直わからない。どのルートでも手に入る上に、西ラスレでは子供でも買えるような代物だ。しかしそんなものを「オルディーレの死神」が使うだろうか」


 ホースルの問いに、ミソギは首を横に振った。


「あの歌舞いた奴が安物なんかで満足するもんか。あの外道は全てを楽しみながらやっている。全部が自分の思い通りになると思ってるような奴だ。あんただって知ってるだろう」

「まぁ面白い男ではあったな。紳士的で物腰も柔らかく、だが自分以外の全員を見下した目をしていた。頭もキレたし、剣技は言わずもがな。彼が瑠璃の刃にいたら、もっと私は楽しめただろう」


 煙草の煙を吐き出して、ホースルは可笑しそうに言った。人間と異なる価値観を持つ男にとっては犯罪者であると言う事実は大きな意味を持たない。


「あの男であれば、もっと華々しい爆発を仕掛けるだろう。十三剣士には珍しく、魔法もある程度出来たしな」

「同感。となるとバドラス・アルクージュかな。此処のマスターには恨みがあるだろうしね」


 ホースルはそれにはすぐに答えず、情報屋から入手したデータを口にした。


「バドラスはディードにより薬物汚染された、元二等兵。今は三一歳。随分早くに道を踏み外したものだ。身寄りはなく、逮捕された時にはクスリによって財産を失っていた」

「カレードと同じで、あの男の玩具にされた可哀想な人間だけど、同情は出来ないかな。クスリに自ら手を出したんだし」

「五年も投獄されていて、財産もない男が、脱獄してすぐに裏ルートから魔法陣を買えるだろうか?」

「……無理だろうね。バドラスは素行不良ではあったけど、表の世界の人間だった。もし接点があったとしても、五年ぶりに手を出そうとは思わない」

「つまり、魔法陣の用意をしたのはディードだろう」


 ホースルは真上を見上げると、制御機関の各窓に未だ明かりが点いているのを見て溜息をついた。あのどれか一つに、妻であるシノがいるはずだった。


「そうなると、少し不可解だ。バドラスが黒騎士事件を起こした時に用いたのは、軍で支給されている長剣だった。彼は前衛部隊に身を置いていたから、獲物にそれを選んだのは至極当然と言えるだろう。なのに今回は爆破魔法陣を使った」

「ディードがバドラスに、魔法陣を手渡したんだろう。あんたがさっき言ったんじゃないか」

「私が気にしているのは、そこではない。なぜ爆破魔法陣を渡したのかということだ」


 雪が二人の上に降りかかり、そして互いの体温によって溶けていく。ミソギの着ている軍服はまだしも、ホースルの着ているセーターは雪の水分を含んで濃い色となっていた。

 しかし寒さなど微塵も感じていない様子で、ホースルは言葉を続ける。


「少し考えれば、ディードが手引きをしていることがわかるような仕組みになっている。五年前と同じように、バドラスが操り人形にされていると、あの事件に関わった人間であれば悟れるように」

「確かにそうだね。でもわざわざ誇示しなくたって、バドラスがディードによって逃げたことは皆知ってる。つまり自分の存在を認めさせたいというだけじゃなくて……」


 ミソギはその時、脳裏に過ぎった金髪の影を追うかのように視線を動かした。実際にいたわけではなく、思考を巡らせる際の眼球運動が偶然に幻影と重なっただけだった。


「疾剣?」


 黙り込んでしまったミソギに、ホースルが呼びかける。


「どうした」

「……カレードと戦おうとしているんじゃないかな。あいつが五年前に果たせなかった欲求を満たすために」

「なるほど。十分にあり得るな。表面上のことしか捉えない者はバドラスを追うだろう。そしてその裏にいるディードは、邪魔者を排除した状態で、大剣と戦えるというわけだ」


 可笑しそうに笑ったホースルだったが、煙草が随分と短くなってしまったのに気付くと、それを手で握り込んだ。火が点いたままにも関わらず熱がる様子もなく、それどころか再び手を開いた時に煙草は塵芥チリアクタと化していた。


「そういえば、他にも手に入れた情報があった」

「なんだい?」

「カルナシオンが裏ルートで私と同じ情報を手に入れたようだ。今までも彼があの界隈に手を付けていたことは知っているが、入手情報が完全に被ったのは、これが初めてだ。それも、彼の方が早い」


 驚いて目を見開いたミソギに、ホースルは至って平坦な口調で告げた。


「疾剣。事は私達だけでどうにか出来る範疇を越えようとしている。下手な立ち回りは出来ないぞ」


 それに対してミソギが何か言おうと口を開く。

 だが言葉となる前に、遠くから聞こえた爆発音がそれを遮った。


「……またか!」


 音の方向、駅の向こう側に二人は視線を向ける。闇に紛れて判然としないが、煙が上がっているのが見えた。


「あちらは確か、公園だったな。黒騎士事件が起こった」

「そこを爆破したのか。ふざけたことするね」


 制御機関の中から、人が出てくる気配がする。ホースルはそれに気付くと舌打ちをした。


「私は消えたほうが良さそうだな。お前は現場に向かえ」

「そうするよ。あんたもヘマして、正体がバレないようにね。ディードはあんたの正体、知ってるんだからさ」

「わかっている。だがあの男はズル賢い俗物だ。私に自分の舞台を台無しにされたくはないだろう。恐らく黙っている筈だ」


 それから数秒後に、建物の中から刑務部の魔法使い達が出てきたが、その頃にはホースルもミソギもその場から消えていた。

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