8-2.容疑者の不遜
青い髪に赤い瞳、優し気な顔立ちをした男は困惑を浮かべながら商談スペースにやってきた。部屋の中を見た途端に、露骨に顔を歪める。
「うわ、何ですかこの死体」
「『パルフェスト』という店の店主だそうだ」
「あぁ、あの人……」
「何か言い争いをしていたと聞いたんだけど、本当かい?」
「え? いや……」
ホースルは野次馬を振り返りつつ、困ったような声を出す。
「もうちょっと人の耳がないところでお願いしますよ。変な噂立てられちゃ敵わない」
「それもそうだね。あっちの個室を使おう」
殺害現場の反対側、左側の最奥の部屋を示す。
「ラミオン軍曹。……お前だよ、お前。いい加減自分の名前を覚えてくれるかな。そこでちゃんと見張っておきなよ」
「あぁ」
ミソギは部屋に入ると、扉を閉める。
誰の気配も近くにないことを確認してから、ホースルを見た。
「あんたの仕業?」
「冗談じゃない。殺人を犯すほど、私は暇じゃない」
家族にすら出さない素を曝け出し、ホースルは否定する。
「この前、殺したじゃないか」
「誰のことだ? あぁ、魔導書喰いの娘か」
本気で忘れていたらしい口調に、ミソギは溜息をつく。
「あれは双子に危害を加えたのだから当然だ。だがあの男は何もしていない。それに私の得物は刃物ではない。ショットガンだ。それぐらい知っているだろう」
「あぁ、そりゃ勿論知ってるよ」
ミソギは嫌味っぽく返した。
二十年前に壊滅した巨大犯罪組織「瑠璃の刃」。その幹部の一人、キャスラー・シ・リンであった男は、今はホースル・セルバドスとして一般人に紛れ込んでいる。
普段は如何にも普通の商人を装っているものの、それが本来の姿でないことをよく知っているミソギには、逆に空恐ろしいものに見えた。
「人間が人間を殺す理由は千差万別だろうが、私にはそれらの動機は理解出来ないし、携わりのないことだ」
「それもそうだね。被害者と言い争っていたというのは本当かい?」
「……私はお前達と取引をするだろう? 軍とのパイプを利用させろと煩く言って来たので、それは私の一存では出来ないと突っぱねただけだ」
「随分激しく?」
「そんなつもりはないが、奴があまりにしつこいから長引いた。それが周りの目に止まっただけだろう」
商人としてのホースルは、物腰が柔らかい。
丁重に断ろうとして、思わず長引いたであろうことはミソギも予想がついた。
「誰が発見したんだ」
「此処の管理人。掃除の時に見つけたらしいよ。泡食って外に飛び出したところで、丁度俺達に出くわしたってわけ」
「殺害されたのはいつ頃だ」
「血の乾き具合から見て、二時間ぐらい前かな」
「二時間前か」
ホースルは壁にかかった時計を見ながら呟いた。
「この会場が開いたのは十一時。彼は確か最初からいたはずだ。私と彼が揉めたのが一時頃だから、それから間もなく殺害されたことになるな」
「念のため聞くけど、その間何してた?」
「さぁ、特に誰とも話さなかったからな。彼にまた絡まれては厄介なので、会場の隅の方を回っていたと思う」
ホースルは背が高く、髪の色も非常に珍しい。恐らく、会場にいたことを覚えている人間は多いだろうが、誰とも話さなかったとなると有意な証言は取れないと思われた。
ミソギは別段、ホースルの疑惑を晴らしたいとも何とも思っていないため、淡々と質問を切り替える。
「そもそも被害者は、どういう商売を?」
「レンタルのシーツやタオル……要するにリネンを扱う業者だ。軍にシーツなどを卸したいのだろう。元々、老舗だったのだが、最近同業者が増えて来たために業績が非常に悪いらしいからな。倒産も時間の問題だと言われていた」
「ふーん。結構問題の多い人だったのかな?」
「それなりに。だが殺される理由があるとも思えないな。業績不振のリネン業者を殺して得をする者はいない」
その時、個室の扉が開かれてカレードが顔を出した。
「えー、クレキ中尉。制御機関の連中がおいでになさっておりますが」
「使えない敬語を無理して使わなくていいよ。馬鹿が露見する。もう到着したの? 刑務部に通報したの、さっきだよね?」
「いや、法務部」
「……法務部ぅ?」
ミソギは眉を寄せて疑問符を発する。
「なんで法務部が来るんだい?」
「それが此処、今日が点検? とかだったみたいで。偶然来ただけっぽいんだけど、どうする?」
「どうするって……。いいよ。俺が行くから」
カレードに任せたら何をするかわからないので、ミソギはその役を引き受けた。
個室から出ると、野次馬に混じって制御機関の腕章をつけた人間が二人立っていた。一人が上司らしい年配の男で、もう一人はまだ若い。だが若い魔法使いを見て、ミソギは思わず驚愕を顔に浮かべた。
「ご苦労様です。制御機関法務部の者ですが、何かトラブルがあったとか」
上司らしい男が先に口を開いたので、ミソギはそちらに目を向ける。
「十三剣士隊の者です。えぇ、人が一人死亡しました。今、簡単な調査をしながら刑務部の到着を待っていたところです」
「わかりました。何か協力出来ることは?」
「あぁ、現場保存の魔法が使えるならお願いします。俺達は魔法が使えないので」
「承知しました。セルバドス、頼めるか」
「はい」
黒髪の若い魔法使いが返事をする。
ミソギは現場である部屋に案内すべく先に立ったが、数メートルほど離れたところで振り返ると、小さい声でその相手に囁いた。
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