7-10.飾りは雪と舞う

「幻獣は天候を操る。フレアちゃんの証言から、あの幻獣は雪を操れる能力を持っていることがわかる」


 アリトラはニーベルト商店の奥の部屋に戻ると、作りかけだった灯篭を組みなおしながら話し始めた。魔法陣を一通り描き終えたリコリーは、その手伝いをしながら相槌を打つ。


「元々、雪の予報は出ていたから、幻獣がやったことはその時間を早めた、あるいは遅くしたかのどちらかだと思う」

「うん、僕もそう思う。でも雪が降る時間を操ることで生まれる利益ってなんだろう」

「恐らく人が通らない時間帯を狙ったんだと思う」

「誰かに見られたくないから?」


 アリトラは綺麗な曲線を描いた枠を、床に並べつつ首を振った。


「誰にも見られたくないんだったら、通りを歩く必要なんてない。どこかの路地裏とか、屋根の上で力を奮えばいいんだから」

「じゃあ……人が通らなくなるのを待っていた?」

「そう。此処の通りは十二時を越えると人通りが少なくなるとは言え、駅前で飲んでいた人が家に帰るのに使うこともある。幻獣は人がいなくなるのを待っていた」

「人目を避けているわけじゃないけど、人がいるのは避けたい……」


 一見矛盾した行動に、リコリーは疑問符を上げた。


「何でそんなことを?」

「リコリー、幻獣だって考えるからややこしくなるんだよ。人間の行動として考えてみればわかる。例えば大掛かりな魔法の実験をする時には、人に見られてもいいけど、近くに来ることは阻止するでしょ」

「つまり、人がいたら危険なことをしようとした」

「その通り。幻獣は人に危険が及ばないように、誰も通らない時間を狙った」


 並べた枠を一つずつ組み立てていき、球体に成型していく。手先は器用だが計算は苦手なアリトラにとって、全ての骨組みが正確かどうかは賭けに近いものがあった。

 今回の賭けは成功し、枠につけられた窪み同士が寸分狂いもなく結合していく。去年は接着剤を使ったことでバランスが崩れたため、今年はそれを一切使わない技法に変更した。


「雪を降らせた理由だけど、飾りを落としたかったんだと思う。で、さっきの人を避けた件と併せて考えると、飾りが落ちるのが危ないってことだと思う」

「飾りが落ちたらどうして危ないんだろう? まぁ、確かに落ちた衝撃で燃えた飾りもあったみたいだけど、小火に過ぎないだろうし……」

「ちょっと此処押さえてて」


 枠組みを片割れに押し付けたアリトラは、用意していた紙に糊を塗り、一つづつ丁寧に枠に沿って貼っていく。紙は非常に薄い、軍で機密書類を保管するのに使われるもので、見た目と軽さに反して頑丈に作られている。


「ライチの話、覚えてる? 飾りは全て真ん中あたりで千切れていた。そして飾りの紐は、灯篭による巻き込み事故を防ぐために脆く作られている」

「覚えてるけど、それが何?」

「あのさ、脆く出来ている飾りの魔法陣が、落ちた程度で燃えたらダメだと思うんだよね。リコリー、法務部でしょ。そういう規約あるんじゃないの?」


 アリトラの指摘に、リコリーは頭の中の記憶を探る。

 融通は利かない代わりに記憶力の良い頭は、すぐにその項目を探し当てた。


「照明魔法陣はその四方と底辺に、硝子または金属により強固に結合した場合、発火型を使用出来る。これに該当しない物は発光型のみを許可する。……そうか。あの飾りは紙や布で出来ているし、密閉されてもいないから、発火してしまう魔法陣は使えない」

「そう。そしてカンティネスのおじい様が言った「強い風」。あのお店はこの商店街の中でも相当古い建物で、一階がガラス張りになっている。お店を締めた後にも木の板で硝子を覆うだけ。だから他の家に比べて外の音が響きやすい環境だと思う」

「ロンがそんなこと言ってたね。勉強に集中できないことがある、とか」


 それを同じ環境で育ったカルナシオンに、気のせいだと一蹴されたロンギークが不貞腐れていた時期もあるが、それはまた別の話だった。


「恐らく、あの木の板が煩く鳴るようなことがあったんだと思う。それをおじい様は風が吹いたと思って起きた」

「違法性のある飾り……落ちた時に発火した痕跡……。そしておじい様の証言を組み合わせると」


 リコリーは緊張を含んだ声で呟いた。


「爆発?」

「そんな気がするんだよね。あの飾りは一定の重さとか力が加われば落ちる仕組みになっていて、落ちたら小規模の爆発が起こるようになっていた。恐らく雪を操る幻獣は、その力を利用して全ての飾りに雪が多く積もるように仕組み、飾りを落とした。下を雪で埋めておけば、爆発が起こってもすぐに消し止められる」

「祭の最中でもしそんなことが起きたら、大惨事じゃないか」

「そう。幻獣はそれを食い止めようとした」


 紙が貼られた灯篭は、最初の状態から比べるとすっかり見違えて、このまま飛ばしたとしても他の灯篭と遜色はなさそうだった。

 無論、此処から魔法陣を組み込んで装飾を重ねていくが、基礎が出来てしまえば後の工程は難しくはない。


「はい、魔法陣入れて。でもわからないのが、なんで幻獣は二回も駅に向かって歩いてたのかってこと」

「幻獣の動機がアリトラが言った通りなら、一つ仮説を立てられるよ」


 リコリーは一部だけ紙を貼っていない灯篭を抱え込むようにして、魔法陣用の筆記用具を右手に持った。傍らに置いた製図紙の内容を確認しながら、灯篭の中に魔法陣を書き込んでいく。


「最初に幻獣は、制御機関の方面から現れた。そしてこの通りを散歩して、異常事態に気付いた。それで問題の飾りがどこまであるか確認しながら、駅前まで来た。そして人がいないのを確認してから雪を降らせた。マスターが見たという爪痕は、灯篭の高さと重さを確認したのかもね」


 爪痕については、駅前の灯篭で発見されただけだが、灯篭を落とすのに強度を確認したと仮定しても不自然ではない。


「うん。それで雪が降った後は?」

「おじい様が「風の音」で起きた後に幻獣を見たってことは、既にその時に飾りは落ちていた。幻獣は、自分が操った雪で飾りが全部落ちたか確認するために、来た道を引き返したんだよ。おじい様のお店は制御機関のすぐ手前だ。幻獣は確認が終わったので、また駅の方に引き返し、それをおじい様が見たってわけ」

「なるほどね」


 双子は手を止めると、揃って同じ方向を向いた。そこには椅子に座ったまま、呆然としているライツィがいた。特に意味もなく握りしめた新聞紙が、二つに裂けそうになっている。双子の説明に一応耳は傾けていたものの、理解が追い付かなくなった結果だった。


「そういうわけなんだ、ライチ」

「皆に説明してあげて?」


 突然始まった双子の推理を聞かされていたライツィは、数秒考えた後に、首を左右に激しく振った。


「覚えられない。自分たちで言え」

「だって僕達、此処の商店街の人間じゃないから」

「信憑性が高い人間に説明してもらうのがいいかと思って」

「だったらせめて、ロンギークにしろよ! 俺がそんな長ったらしいこと覚えられたら、学生時代に良い点数取れてたっての!」


 ライツィの悲鳴じみた叫びが、店の外にまで響きわたった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る