7-7.カンティネス工房の証言

「子供達は元気だな。俺達が食う分がなくなっちまいそうだ」


 ライツィが鷹揚に言う傍らで、双子は苦笑をする。


「仕方ないよ。こういうのは子供が優先だし」

「そうそう。アタシ達はあとからどうにでも出来るから」

「だな。サラダは子供が手をつけないだろうから、そういうのを摘まんで行こうぜ」


 手つかずのものをいくつか皿に取って、双子は空いている椅子に腰を下ろした。

 白身魚のフライに、ボイルしたエビ、サラダ、という珍妙な組み合わせではあるが、文句は言わない。それぞれ、フォークを手に取って食べようとした時に、低い声がかけられた。


「それで足りるのか」


 双子が顔を上げると、一人の老人が立っていた。切るのも面倒だと長く伸ばした髪は白いが、元は燃えるような赤毛である。背は高く、体格も良い。身なりと髪とヒゲをどうにかすれば、実年齢より十歳は若返るだろうと思われた。


「カンティネスのおじい様」


 リコリーがそう呼ぶと、老人は数歩二人に向かって距離を縮める。

 イザングル・カンティネスは、この商店街でも老舗に入る、革工房の店主だった。カルナシオンの父親であり、目元のあたりは非常によく似ている。


「あの馬鹿息子が、家に忘れていったから届けに来たんだが、丁度よかったな。子供向けでもないし、お前たちが食ってしまえ」


 そう言いながら、イザングルは腕に抱えていた包みを双子に差し出した。魔法陣の書かれた厚手の紙で、簡易的な保温が出来るようになっている。

 包みを開くと、まず最初に柑橘類の爽やかな香りがした。続けて香辛料の効いた鶏肉の匂いが追いかけてくる。


「肉?」


 リコリーが首を傾げて呟く。確かにそれは、肉にしか見えなかった。照りの入った鶏むね肉が玉ねぎと共に横たわっており、微かに湯気が立っている。

 だがアリトラの方は、肉に切れ込みが入っているのを見ると、明るい声を出した。


「チキンライスだ」

「へ? お米?」


 不可解そうな顔をしているリコリーの前で、アリトラは肉の一片をフォークで刺して持ち上げた。切れ込みが入っているためにあっさりと露わになった断面は、リコリーの予想に反して真っ白だった。


「これ……肉の中に米入れてるの?」

「当たり〜。鶏むね肉の中にお米を入れて蒸しあげた、ランティアス国の伝統料理だよ」


 はい、と皿に入れられた肉を、リコリーは恐る恐る口に入れる。

 フィンは寒いために米が栽培されない。そのため、食べる習慣も調理法も殆ど無く、食い意地が張っている双子にせよ、それは同じだった。だが、胸肉を口に入れるなり、リコリーは表情を明るくする。

 肉から染み出した鶏のエキスが染み込み、柔らかくなった米。香辛料がその味を引き締め、やや固く焼かれた肉の表面が、ともすれば柔らかすぎる傾向にある米に食感を与える。


「美味しい」

「でしょ? この前、マスターに作って貰った。肉の内側にマスタードが入ってるから、大人向けだよ」

「表面に絞っているのはライムかな」

「残念でした、青レモン。本場では柚子を使うらしいけど、こっちじゃ採れないから、代用品」

「なんて名前の料理?」

「なんだっけ……? 外国の料理って覚えにくい」

「セリ・ラバ、とか言ってたぞ、あいつは」


 それまで双子が食事をするのを黙って見守っていたイザングルが口を挟んだ。

 二人は、思わず食べることに没頭していたことに気付いて顔を赤くする。


「す、すみません。お礼も言わないで」

「美味しそうだったから、つい」

「別に気にしなくていい。俺が作ったわけでもないからな」


 イザングルは近くのテーブルに手を伸ばして、そこにあったチーズを一切れ口に入れた。


「そういえば、飾りが壊れたとか言っていたが、原因はわかったのか?」

「いえ、全く」

「おじい様は昨日は何か見た?」


 そう問われた老人は、短く返事を返した。


「白い犬みたいなのを見た」

「それ、いつぐらい?」

「四時ぐらいだな。風が強くて目が覚めて、その時に時計を見たから間違いない。この年になると、もう一度寝るのも億劫でキッチンで酒を一杯飲んでから寝直したんだが、丁度窓から見えたんだ」


 イザングルは顎で、制御機関の方を示す。

 カンティネス家は商店街の中でも、制御機関側に位置している。双子は小さい頃からよく知っている場所だが、目立たない店であり、殆どの魔法使いは素通りして制御機関に向かう。

 長いこと改築もしていない古い建物で、店舗の前面をガラス張りにした、雪国にはあまり適していない構造をしている。店じまいの時に、その硝子の部分を木の板で覆ってしまうため、傍目には店かどうかもわからなくなる。

 カルナシオンが何度か改築を進言したが、イザングルは自分の跡を継がない息子の意見など、全く聞き入れるつもりがなかった。


「俺が見た時は駅の方に向かって歩いていたが、すぐに寝たから後の事はわからん」

「雪は降ってた?」

「あぁ、積もっていたな。街灯は、キッチンからは見えないから、その時に飾りが落ちていたかどうかは知らないが」

「ワンちゃんがね、灯篭を落としちゃったんだよ!」


 急に甲高い声が割って入った。

 双子が驚いてそちらを見ると、五歳くらいの子供が口の周りをケチャップで汚した状態のまま立っていた。

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