6-6.窓硝子の謎
「どうしてそう思う?」
「今までのことを踏まえたうえで、どうやったら硝子が飛び散らないか考えただけ。小さい頃にしたブロック遊び、横から殴ったり蹴ったりすると飛び散ったけど、下の段のブロックを抜いたら、殆ど飛び散らず崩れた。それと一緒だと思ったの」
「良い着眼点だね。俺もそう思うよ。でもどうしてそんなことが可能だったんだろう?」
「それは……」
「元々壊れていたものを結合していた」
口ごもるアリトラの代わりにリコリーが言う。
「結合魔法を使用したと考えられます。治癒魔法の応用、破損したものを一時的に修復するためのものです」
「結合魔法はいくつか種類がある。凍結、接着、時間遡行。オーソドックスなのはこの三つかな。あとはこれらの応用に過ぎないし。どれを使ったと思う?」
リコリーは答えかけて、しかし傍らで全く理解が追い付いていないアリトラに気付くと、一つずつ説明を始めた。
「消去法で行きます。まず時間遡行は除外出来るでしょう」
「何故」
「高位の魔法使いでなければ出来ないというのも一つの理由ですが、時間遡行により修復した窓は、「割れていない窓」になります。崩れ落ちるような動作を導くことは出来ない」
時間を操る魔法は非常に高度な技術となる。制御機関やアカデミーの人間ですら、出来る者は限られており、それほどまでの能力を持つ者が、それを嫌がらせに使うとも思えない。
リコリーのその考えに対しては、リムも反対意見はなく、黙って頷いた。
「次に凍結魔法。これも除外出来ます」
「氷で物体を凍結させることで、ひび割れなどが広がるのを阻止する魔法だね」
「これは簡単な代わりに継続時間が短い。僕は氷魔法が得意なのですが、いくら頑丈な氷を作っても、屋外にある場合には太陽光などで溶けてしまいます。自然融解ですから、正確に時間を読み取ることは不可能。それに、もし凍結魔法を使ったのであれば、氷が散乱することになりますから、窓の周りが水浸しになるはずです」
「氷なんてなかったよ」
アリトラが口を挟むと、リコリーはそれに同意を示した。
「うん。だから凍結魔法では有り得ない。となると最後に残るのは接着魔法です」
「木材や繊維などを使い、破損した物体同士を結合する魔法だね。バラバラになった硝子や陶器を繋ぎ合わせるには、繊維質……糸などが有効とされている。でも室内にそんなものあったかな?」
首を傾げながら問いかけるリムに対して、リコリーは少し俯き気味ではあったものの、明確な言葉で返した。
「ありました。アリトラが怪我をしたのが、その証拠です」
「ふぅん? どういうことかな?」
リムは何やら面白がっている様子だったが、説明しようと必死になっているリコリーはそれに気付かない。一歩引いた場所から見ているアリトラは気付いていたが、指摘することでもないと判断して黙っていた。
「硝子の殆どは粒みたいな大きさにまで砕かれていました。でもその大きさでは、人の肌を裂くことは難しいです。アリトラの右手にはいくつかの裂傷がありましたが、粒のような硝子では不可能な傷だと思います」
「うん、そうだね。鋭利な断面がなければ硝子で人体を傷つけることは、ほぼ不可能だ」
「つまり、アリトラの腕にかかったのは、それなりの大きさのある硝子だったということになります。小さな硝子の破片を、それよりも大きな硝子の破片を使って接着したんです」
「窓枠のところに、少し大きめの破片もあったから、君の考えは概ね正しいかもね」
リムはそう認めたが、納得した様子ではなかった。麗しい双眸には不釣り合いな、意地の悪い光を宿してリコリーを見る。
「しかし、あれだけ細かくなった破片を寄せ集めて接着したとして、透明度が失われることについてはどう考える?」
リコリーはその反論に押し黙ってしまった。
ある程度の大きさを持つ硝子同士を接着するのであれば、透明度は失われない。だが非常に細かく割られた硝子片を寄せ集めて繋げても、白く濁ったような状態になるだけだった。
だが、訪れかけた沈黙をアリトラの声が打ち砕く。
「二枚あったとしたら?」
二人分の視線を向けられたアリトラは、臆することもなく言葉を紡ぐ。
「例えば、一枚の硝子を割って大きな破片を用意して、もう一枚を割って細かい破片を作る。細かい破片を大きな破片の接着で使ったら、余ったものは床にまとめて置いておく。剣の柵の下にあった硝子は、窓硝子が割れる前から置いてあった」
「じゃあもう一枚は何処から来たのかな?」
リムが問うと、アリトラの瞳が一瞬だけ愉快そうな色を帯びた。それに気が付いたのは、片割れであるリコリーだけだったが、何か異様な雰囲気を感じ取ったリムも、わずかに唇を噛む。
アリトラは微笑を浮かべると、迷いもない声で言い放った。
「本当に嫌がらせを受けていた場所から!」
「あ、僕と同じ考え」
リムはアリトラの発言に驚いたように目を見開いたが、続いて同意を示したリコリーを不思議そうに見つめる。
暫しの間を挟んだ後、リムは唐突に笑い声を上げた。それまでの、何処か見下したような笑みとは違って、心底可笑しくて堪らないと言わんばかりに、口角を吊り上げて歯を見せていた。
「なんで笑うんですか」
アリトラが馬鹿にされたと思って頬を膨らませる。
リムはそれに対して、謝罪するかのように右手を揺らし、咳き込みながら笑みを喉奥に仕舞い込む。
「御免ね。馬鹿にしたわけじゃないんだよ。面白くなっちゃって。あの馬鹿が可愛がってるって聞いてたから、同じレベルかと思ったけど、存外頭いいじゃないか」
「あの馬鹿?」
「って、誰?」
揃って首を傾げる双子に、リムは「ほら」と意味のない接続詞を挟んでから言った。
「カレードだよ。十三剣士のカレード・ラミオン」
「ラミオン軍曹を御存知なんですか? ……あっ、もしかして」
リコリーはカレードから聞いた話を思い出して、それをそのまま声に出した。
「いけ好かない貴族気取りのスナイパー野郎ってライラック軍曹のことですか?」
「リコリー、そのまま言ったら駄目だよ!」
アリトラが止めるが、既に遅かった。リムはその美しい顔を強張らせ、こめかみを痙攣させていた。
「へぇ、あの頭空っぽの無神経大男、そんなこと言ってたんだ。ちょっと殺してこよう」
「え、あの、ごめんなさい」
「カ、カレードさんからアタシ達のこと聞いていたんですか?」
アリトラが慌てて話題を変えると、リムは少し落ち着きを取り戻した。
「うん。「仔犬みたいな双子」を可愛がってるって聞かされててね。一度見てみたいとは思ってたからさ。確かに仔犬っぽいけど、それ以上に面白いね」
「面白い、ですか?」
「君達、正反対に見えるけど根っこの部分は似通ってる。それに二人でいるほうが頭の回転が速くなるタイプみたいだね。過不足を上手く補ってるよ」
リムは褒め言葉を口にするが、双子は全く実感がないのできょとんとしていた。これが悪口や揶揄の類であれば反応のしようもあったが、二人とも今のような褒められ方には慣れていなかった。
「まぁ、それは置いておくとして、だ」
両手を打ち鳴らし、芝居がかった調子でリムは話を元に戻す。
「君達の意見は一致しているようだし、是非俺に教えてくれよ。「本当に嫌がらせを受けていた場所」という意味をさ」
「どうしよっか、リコリー」
「どうしようか、アリトラ」
双子は顔を見合わせ、そして言葉を交わすこともなく発言者をリコリーに決めた。
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