3-7.伯父の愚痴と双子の不満
翌日の夜、制御機関まで双子を迎えに来たルノが連れて行ったのは、駅から少し離れた場所にあるバーだった。
バーテンが一人いるだけの小さな店で、天井に巨木を梁として使い、そこから色とりどりの小さな照明を吊るした内装が洒落ている。
一つだけあるテーブル席で、ルノと双子は向かい合って座っていた。
「ったく、とんだ災難だった」
度の強いウイスキーを少しずつ飲みながら、ルノは愚痴を零す。
リコリーは少しは飲めるので度数の低いカクテル、アリトラは殆ど飲めないのでノンアルコールカクテルを頼んでいた。
双子の間には、この店の自慢だというマロングラッセが一皿分置かれている。栗の表面を覆う艶が店内の照明をぼんやりと反射していた。
「散々騒いでおいて、犯人が軍の人間なんてお笑い種もいいところだ。周りからは変に疑い持たれるし」
「疑いって、伯父様の指示と思われたんですか?」
「まぁな。あとは知っていて庇っていたんじゃないかとか。ゼノの兄貴には、お前のところは問題児ばかりだとか怒られるし。そんなのは俺のせいじゃないと思うんだが、どうだ?」
マロングラッセに手を伸ばしかけたアリトラは、その動きを止める。
「伯父様のせいじゃない。強いて言えば運が悪い」
「だろ?」
慰められて少々機嫌をよくしたルノは、ウイスキーの入ったグラスを軽く揺らして、中の氷を回す。
「大体、自分の部下があんな馬鹿な理由で馬鹿な犯行をする奴だなんて思わないだろう。リコリー、動機はなんだったと思う」
今度はリコリーが指を止める。
行き場の無くなった親指と人差し指を、意味もなく近づけたり離したりしながら、首を傾げた。
「伯父様の事が気に入らない、という意味のことを言っていたと思いますが、軍隊の方針の話でしょうか」
「銃器の持ち出し許可だよ」
ルノはグラスをテーブルに置いてから、話し始めた。
「あいつが以前、非番の日も訓練をしたいから銃器を持ち出したいと言ったんだ。俺は当然、却下した。ゴム弾の訓練ならとにかく、あいつが申請したのは実弾だ」
「熱心な人だったんですね」
「熱心なのはいいことだが、訓練がしたいなら軍でやればいい。生憎俺は、仕事をプライベートに持ち込む主義じゃない。非番の日にランニング以上の訓練をするのは御免だね」
「彼女は銃器を持ち出したかった。それであんな事件を?」
「有事の際は銃器の持ち出し制限が緩くなる。要するにあいつは有事を作って、非番の日も持ち歩きたかったというわけだ。国を守る軍人が有事を作るなんて、馬鹿な話があるか!」
急に語気が荒くなった伯父に、双子は皿に伸ばしかけた手を思わず引っ込めた。
ルノはグラスを掴むと、中の液体を一気に胃の中に流し込む。
「伯父様、一気飲みは危険」
「我が国が徴兵制でないのは、真に国を守りたいと願う者を集めるためだ。中には剣を振るいたい、銃を撃ちたいやつもいるだろうよ。それでも国を守るためなら大いに結構」
三男のリノも感情的な人間だが、まだ普段から気難しい性格だから納得も出来る。
だが次男のルノは普段が軽い人間だけに、怒った時に周囲に与える影響が違う。
「だが言うに事欠いて、国民を不安に晒すとは何事だ」
「伯父様、落ち着いてください」
「俺はなぁ、これでも軍人としての誇りもあるし、やることはちゃんとやってるんだ。セルバドス家は軍人として代々、国を守るために武器を手に取り、それを使わずに済むことを目標としてきたんだぞ。あいつにはそういう誇りってものがない。銃を好き勝手撃ちたいなら、犯罪者になって撃ってろ」
酒は好きだが酒癖が悪いルノが、二杯目のウイスキーを注文する。
双子は不安になって、互いに目くばせを交わした。
「そうだな、どうせあいつは除隊処分だから今後も銃を撃ちたいなら他国に移るか、傭兵となるしかないだろう。そこを狙って……」
「あ、伯父様!アタシ、お代わりが欲しいな!」
言ってはいけないことを口走ろうとしたルノを、アリトラが慌てて制止した。
リコリーも、慌てて中身が残っているグラスを手に取って飲み干す。
「ん?そうか、そうか。好きなものを注文すればいい。昨日は美味しいものも満足に食べさせてやれなかったからな。これと言うのも全てあいつが悪い。今度から入隊する人間は一ヶ月ぐらい監視してから入れた方が……」
呪うように呟くルノを見ながら、リコリーは眉を寄せ、アリトラは溜息をついた。
目の前にある美味しそうなマロングラッセを食べられるのは、まだまだ先になりそうだった。
END.
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