2-3.サボりの理由
思いのほか強い主張に、アリトラは目を瞬かせた。
何も本気で言ったわけではない。アリトラだって決して真面目な生徒ではなかった。魔法使いとしての才能がないとわかったあたりから、魔法の授業は上の空だったし、得意な剣術の授業ぐらいしか積極的に取り組まなかった。
だからこそ口調も完全に冗談のそれだったし、表情も笑顔で言ったにもかかわらず、返ってきた言葉は本気そのものだった。
「何もそんな大声上げなくても……。その反応からして、ただのサボりってわけじゃなさそう。何か事情がある?」
「……えっと」
口ごもるロンギークに、ライツィが面倒そうな口調で問いただす。
「おい、ロンギーク。正直に言えよ。お前昔からアリトラには世話になってんだろうが。今更隠し事なんて男らしくねぇぞ」
「ニーベルトさんには関係ないです」
「うわ、可愛くねぇの。ニーベルトさん、だとよ」
「……アリトラ姉ちゃんに話しても仕方ないし」
「話しても、ってことは言葉で説明出来るってこと。つまり体調不良などではない」
アリトラが指摘すると、ロンギークは表情を強張らせた。
「い、いや……そういうことじゃなくて、アリトラ姉ちゃんには相談するつもりがないってことで」
「相談。つまり何かしらの悩み?」
「だから、そうじゃなくて、俺は自分の力で解決したいだけなんだ。姉ちゃんたちが首を突っ込むことじゃない」
「首を突っ込むというのは、何かしらの事件になっている場合の表現だね」
言えば言うほど不利になっていくロンギークを見て、ライツィは「ほらな」と肩を竦めた。
「お前、リコリーとアリトラに隠し事なんか出来ないって小さい頃からわかってるだろ。諦めて吐いちまえよ」
「……で、でも」
「別にそんなに話したくないならいいけど、多分ここで素直に言わないと、アリトラはマスターに言いつけに行くだろうな」
その言葉に、とうとうロンギークは諦めたように肩を落とした。
「……父さんには内緒にしてくれる?」
「そもそもどういう内容か聞いてないのに、それは出来ない」
「別に犯罪だとかイジメられてるとかじゃないんだ。俺、光る猫を探してるんだよ」
「はぁ?」
素っ頓狂な声を出したのは、ライツィだった。
「何言ってんだ、お前」
「ほら、絶対そういう反応すると思った」
「光る猫って何?どういうこと?」
アリトラが尋ねると、ロンギークは右手で頭を掻いた。そういう仕草は父親であるカルナシオンとよく似ている。
「俺、学院で兎を飼育しているんだ」
「あぁ、動物好きだもんね」
「最近、兎が食い殺される事件があって、俺悔しかったから夜中に小屋の近くで張り込みしてたんだよ」
「お前、夜中に学院に忍び込んだのか?」
ライツィが呆れ顔で言うと、ロンギークは子供っぽく頬を膨らませた。
「だって先生に言っても何もしてくれないんだもん。でも大事に育てた兎が食い殺されるの見ていられなくて」
「まぁいいや。それで?」
「二日目に、何かが小屋に入るのが見えたんだ。俺、追い払ってやろうと思って棍棒を持って追いかけたんだよ。真っ黒な猫だったからよく見えなかったけど、後ろ脚を叩いたら逃げて行ったんだ」
「叩いたってどのぐらいの強さで?」
「ちょっと掠っただけ。いくら兎を食べる猫でも、動物を無暗に傷つけるのはよくないと思うし、状況証拠だけだと冤罪の可能性があるって言うから」
「刑務部みたいなこと言うなよ」
茶化すように言うライツィに、ロンギークは複雑な表情を一瞬見せた。しかしすぐに元の表情に戻ると、話を続けた。
「叩いた時にね、猫がパッて光ったんだ。最近、ランプシェードを触ると灯りがつく、接触式魔法陣を使ったランプが出たでしょ?あぁいう感じ」
「猫がランプみたいに光ったって言うのか?」
信じられない、と言いたげなライツィに対して、アリトラは興味津々だった。
「何色に光ったの?」
「緑色。全体が光ると言うよりは、まだらだったよ」
「緑色の猫なんて可愛い。ねぇねぇ、元の色は?」
「うーん……。暗かったからよくわからない。白くはなかったと思うけど。猫が光ったから、俺びっくりしちゃって、逃がしちゃったんだ。だから探してるんだけど……」
「どうしたの?」
急に黙り込んでしまったロンギークを見て、アリトラが声をかけようとした時だった。
「ロン。お前、こんな時間に何してるんだ」
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